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第15話 部屋にふたり
「いらっしゃいませ。ご予約はされてますか?」
「はい。幡野 と言いますが」
「あぁはい。お待ちしておりました。どうぞお上がりください」
母親よりも上の年齢くらいの宿の人にスリッパを出されたので、状況が把握できないながらも履き替える。
律が受付で説明を受けている間、僕は端っこが擦り切れて中の綿がちょっと見えている合皮のソファーへ腰を下ろした。
ここに泊まるの? 全然聞いてないんですけど。
戻ってきた律を問い質しても「まぁ気にしないで」と濁された。
いつの間に予約をしていたのだろう。
僕がぼうっと夕陽を見ている間だろうか。
「大浴場あるって。行ってみますか?」
泊まる部屋は2階に上がってすぐの部屋だった。
決して大きくはなく、8畳くらいの畳の部屋で、窓際にはミニテーブルと2つの椅子が置いてあった。
窓の外は真っ暗だったけど、ガラス戸を開けると風に乗って潮の匂いも入ってきて、隅に飾られていた風鈴がチリンと鳴った。
「りっちゃん。あの……」
僕があんなことを言ったからここまでしてくれたんだろう。
嬉しい反面、心苦しくもあった。
今日1日、のんびり過ごせて幸せだった。
一生こんな日が続けばいいとさっきまで思っていた、けれど。
「部屋にもお風呂が付いてるから、そっち使う?」
「うん。りっちゃんが先入っていいよ」
「一緒に入ろうか?」
風呂場を覗くと、どう見ても男2人で入るには狭すぎる空間だった。
それに律に裸を見られるだなんて、なんかちょっと恥ずかしい。
この時はまだ、どうして同性同士なのに恥ずかしいと思うのか、分からなかった。
「やだよ。順番で入る」
「じゃあ、女将さんから晩御飯の時間の確認の電話が来るから、ちゃんとそこで待っていて下さいね」
律は念押しして、脱衣所の扉を閉めた。
僕は窓際の座椅子に座って電話を待ったが、電話が鳴る前に律は風呂場から出てきた。
あんまりちゃんと拭いていないのか、髪の毛先から雫がぽたぽたと肩に落ちていた。
律は僕が急にいなくなるかもしれないと危惧したのだろう。
女将さんからの電話は、きっと嘘だ。
死にたいと言ったことは本当に冗談だったって、あとで伝えよう。
魚だけじゃなく、肉料理や野菜もてんこ盛りな夕飯の定食は量が多くて食べきれなくて、律に分けてあげた。
建物の外観からは想像できなかった豪華さだった。
食後に布団を2組敷いてもらい、浴衣姿の僕達はゴロンと転がった。
「あー、食べたねぇ」
「そうですね」
「美味しかったね。茶碗蒸しとか、オクラと人参が入ったゼリーみたいなやつ」
「うん」
天井を2人で仰ぎ見て、沈黙が流れる。
他に宿泊客はいないのか静寂だ。
誰にも邪魔されないのは心地良いはずなのに、多忙な毎日を過ごしているからか、慣れずに少しソワソワする。
「りっちゃんの親は、りっちゃんが帰ってこなくて心配してるかな……」
独り言のように呟くと、隣でシーツの擦れる音がした。
「大丈夫ですよきっと。元々、あまり心配してこない親ですから」
「そうなの? まぁりっちゃんはしっかりしてるから、心配する必要は無さそうだけど」
「いえいえ、そんなことは無いですが、実は俺、父とは血の繋がりがなくて、母の連れ子なんです」
「えっ、そうなの? 全然知らなかった……」
「昔は少し戸惑いましたが、今は関係は良好だと思ってます。まぁ、迷惑をかけないようにと先回りする癖がついたからだと思いますが」
なるほど、初めからしっかりとして親の期待に応えていれば、何か文句を言われる筋合いもないだろう。
僕とは大違いだ。
僕も律みたいになれたら良かった。
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