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第17話 カタチがかわる

「やだよ。死なないでりっちゃん」 「うん、死なないです。けど、きみがいなくなった世界を想像したら、すごく辛くなった。いなくならないで欲しいです、俺のためにも」 「ふふ、何それ、告白?」 「ぽくなってるけど、どうなんでしょう」  律もふふ、と口元だけで笑い、じっと僕の瞳の奥を覗き込んでくる。  ……え、どうなんですか。  視線をどこにやったらいいのか分からず、宙にさ迷わせる。  しかし何処を見てもドキドキした。  幼なじみの端正な顔立ち、喉仏、少し尖った耳、鎖骨、血管が少し浮いている手首……。  強烈に、律という存在を意識した。  今までこんな感情はなかったはずだ。  単なるお隣さんで、久しぶりに会って喋ったのに、まるでずっと隣にいてくれたような感覚。 「見ないでよ恥ずかしいな」  僕は視線を外しているのに、変わらず覗き込まれているのが耐えられずに文句を言った。 「あんまり近いと、彼女に怒られるよ」 「いないです。きみは?」 「いるわけないじゃん。全然モテないし、作る暇なんてないよ」 「じゃあ、俺たちに何かがあったとしても、怒ったり嫉妬したりする相手はいないんですね」 「何かって何だよ」  どうしてこんな話になっているのだ?  クスクスと大袈裟に笑うのは、本音を悟られまいとする照れ隠し。  何かの拍子で、簡単に幼馴染みというカタチが変わってしまう気がした。  その耳にふれたら。  その髪にふれたら。  妄想が妄想を呼んで、めそめそ泣いたのが嘘のように、僕の頭の中は律のことでいっぱいだった。 「寝ましょうか」  僕が何かを言う前に、律は背を向けて離れていった。  僕は恐る恐る、背中に手を添えて上から下へ撫でてみた。 「僕だって、りっちゃんのいない世界は絶対に嫌だよ……」  これは、告白、ということになるのだろうか。  やけに緊張して言ったせいで本気度が増してしまう。  耳がものすごく熱くて、顔から火が出そうな思いだった。  けれどもう分かっていた。  律にこの後、何をされようとも決して嫌じゃないことを。 「参ったな」  律は仰向けになって、真顔で言った。 「何が?」 「言うとたぶん、引かれます」 「え、言ってよ引かないから」 「……」 「ねーえー」  律は観念したように、片手で両目を覆って本音をポツリと呟いた。 「今、千紘のことが可愛いって思いました」 「……っ」  たまらなくなって、僕は律の頬にキスをする。  唇から伝った肌の感触に背筋がゾクゾクする。  律は目を覆っていた片手を外し、虚をつかれたような顔で固まっていた。 「僕は、りっちゃんと、何かあっても、いいです」  ドクンドクンと激しく鼓動する音は、律にまで聴こえている気がした。 「明日には全部忘れてもいい。今日だけは、りっちゃんと……」 「忘れる?」 「あ……」  自分の頭の中を言語化するには難しくて黙り込んでしまう。  夜が明けて明日が来ることの心もとなさを、僕は律を利用して消そうとしていた。  律だったら綺麗さっぱり消してくれそうな気がしたから。  塾にも親にも何も言わずにここへ来てしまったのだ。  明日がどうなるかなんて分からない。  だからこのまま現実から目を背けたかった。  もしこれから「何か」をした場合、積極的に忘れて欲しいわけではないけど、変に気負わないでも欲しかった。  例えば責任を取って付き合えだとか重たいことは言いたくない。  律には律の人生があるのだから。  律は安心からか、それとも不安からか、僕に今1度確認を取ってきた。 「きみは忘れられるの? 明日には、全部」 「大丈夫」 「……そっか」  逡巡したのち、律は僕の頬にキスをした。  触れた律の唇はほんの少し熱を持っていた。 「後から文句を言うのは、無しですよ」  甘い時間は、そこから始まった。

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