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第29話 さがしもの

「ふーん。同じ職場の人?」 「もういいでしょう。さあ、遅くならないうちに帰って」  律に軽く促されて、僕は帰り支度を始める。  きっと好きな人は同じ職場の人だ。  聞かなきゃ良かったのかな、なんか胸がモヤモヤとする。  傷付いているのを見透かされるのが怖くて、顔を見られないようにした。 「……千紘は、いま」  律が言いかけたところでテーブルの上にあった律のスマホに着信が来た。  それを手に取った律は僕をちらりと見る。 「仕事の電話みたい」 「いいよ、出て。僕、帰るね」 「ごめん。じゃあまた」  片手を上げたあと、律は電話に出て、僕といる時とは違う仕事モードの声を出した。  電話がきてくれて安心した。  僕にも好きな人がいるのか、と問いたかったのだろう。  聞かれていたらうまく答えられたか分からない。  それに、また、と不意に出された言葉にしゅんとなっていた気持ちが一気に上昇した。   また、会ってもいいってことだよね。  律はこちらに背を向けて会話をしていたので、邪魔しないようにリビングの扉をそっと閉めた。  そういえばチーの姿が見えない。  またカーテンの裏に隠れているのだろうか。  探そうか、と思い立った時、僕の中の悪戯心が顔を覗かせてしまった。  寝室の向かいにある、もうひとつの部屋。  閉じられているドアの前に立って、リビングにいる律の声が止まないことを確認してから扉を開けた。  仕事部屋のようで大きなデスクと椅子の他に本棚があり、たくさんの図鑑や本、ファイルなどが乱雑に納まっている。  僕はそわそわしながら廊下の明かりを頼りにプライベートの写真を探した。  律が思いを寄せる相手の姿が、記録として残っていないか。  見つけるのは怖いのに僕はそれを見つけようとしていた。  ふと目に止まった、背表紙が白く細長いアルバムをめくってみた。  それはまさに僕の知らない律の過去。  旅行の写真のようだった。  律の友人らしき男の人が3人、大きなしめ縄をバックに笑顔で写っている。  撮られた場所はきっと出雲大社だ。  神社の鳥居に飾られた巨大なしめ縄は有名だし、ネットで見たことがある。  ファイルを閉じて本棚へ戻し、1番右端にあった白いアルバムを取り出した。  これが時系列に並んでいるとしたら──  表紙をめくると、今度は海の写真が出てきた。  波が幾重にも重なって寄せる様子。  白波が砕けているところ。  砂浜に埋まる貝殻。  感情が伝わる写真を撮る練習だったのか、海の写真は何ページ分もあった。  めくって、めくって。  見るのに夢中になっていた僕は、背後から近付く気配に全く気づいていなかった。  新たなページをめくろうとした時。 「こら。勝手に見るんじゃありません」  律は僕からアルバムを取り上げた。 「悪趣味ですね、盗み見なんて。  見たいなら見たいとはっきり言えばいいのに」 「あ……ごめ……」  盗み見と言われて、急激に体が冷えた。  喉が張り付いてしまったみたいに言葉が出てこない。  手が震えて、背中に嫌な汗までかき始めた。 「どうしました? 千紘。顔色が悪いですが……」  ぞっとするような寒気を感じる。  僕は手を引かれ、ベッドへ連れて行かれた。

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