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第68話 取られたくない

「……なーんか、びっくりするくらい、普通だね」  ムスッとした表情をして、素晴くんはヤケになったみたいにそこをギュッギュと揉み始めた。 「えっ痛っやめてっ」 「このヤロー、俺じゃダメなのかよー」 「もうっ、痛いよ素晴くん」  終いには玉まで揉みくちゃにした後、床にごろんと大の字に寝転がった。 「……なんてね。俺だってきみじゃダメなのは分かってんのに、何やってんだろ」  天井を仰ぎ見る彼を、僕はじっと見つめる。  愛してはいない人に心の隙間を埋めてもらおうと目論んでも、何もならない。  いま悲しくて寂しいと感じるのは、好きな人と共有した時間が濃厚で楽しかったことを身をもって知っているからだ。  その空いた隙間を埋めるのは、僕にとっては素晴くんではなく、素晴くんにとっても僕ではない。  本当は好きな人同士でいられたら1番いいけど、現実は難しいのだ。 「素晴くん、今度、海に行こっか」 「海? いいね、行きたい! 俺免許あるから、レンタカー借りて行こうよ」 「うん。出来たらでいいけど、1泊したり」 「あ、楽しそうー」  横向きで頬杖をついて僕を見上げてした素晴くんは、子供みたいに無邪気に笑っている。  もうすっかりいつもの彼だ。  そうだ、互いに慰め合うより、楽しいことを共有していく方がいい。  明るい未来を頭で描いていた時、部屋のインターホンが鳴る。  客人を知らせる音に、素晴くんは特に反応せずに寝転がったままだ。 「いいの? 出なくて」 「いいよ。どうせ怪しい勧誘とかだし」  しばらくすると、もう1度鳴らされた。  また、もう1度。  立て続けに、5回、6回と鳴らされると、さすがに素晴くんは半身を起き上がらせ、玄関の方をうんざりした様子で見る。 「げ、な、何? しつこいんだけど」  音が鳴りやむと、今度は鍵が開く音がした。  え、と僕も目を丸くして玄関のドアを見つめていたら、そのドアが開いた。  合鍵を持っている人物といえば、だいたい親だ。  もしくは、素晴くんにとって大事な人。  玄関に入り込んできたのは背の高い若い男だった。  端正な美貌の持ち主の彼と目が合い、僕は石にされたように固まった。  この人はきっと、素晴くんの─── 「お前、何やってんだ」  部屋にいる僕らを無表情で一瞥した彼は、視線の矛先を素晴くんに向けた。  綺麗すぎる完璧な美貌も相まって、感情の読み取れないAIロボットのように見える。 「お、お前こそ何やってるんだよ! 勝手に入って来んな!」  素晴くんは狼狽している。  僕は事態が飲み込めず、ただ大人しく座っているだけだった。 「いつでも来いと、鍵を渡してきたのはお前だろう」 「唐突すぎるだろ! 今まで1度も使ったことなかったくせに……」 「だから今日使った。居留守をしてた方が悪い」 「友達が来てるんだからしょうがないじゃん!」  チラッと僕に視線を向けられて心臓が跳ねた。  この人の放つオーラが物語っていた。   たぶん、相当怒っている。  まるで感情を抑えるかのように黙り込んで何かを考えたあと、思いもよらぬことを彼は告げた。 「キスだけじゃなく、セックスもしたのか」  いちばん動揺したのは、素晴くんではなく僕だ。  さっき素晴くんに脱がされたままのスボンと、中からチラッと見えている下着。こんなの、事後だと思われても仕方ない。

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