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第73話 手放したくない

「そっか……しょうがないよ。律のせいじゃ……」  不注意だったことには違いないけど、律を責めたところで今更どうすることも出来ないし。  だが律は曇り顔から一転、安堵の表情を見せた。 「ですがこの猫、奇跡的に見つかっていたんです。似たような猫を保護猫センターで預かっていると連絡を受けて、見に行ったらこの子でした」 「えっ、そうだったの? なんだ、良かったじゃん。それで、またこの猫を引き取ったの?」 「いいえ、もうすでに新しい飼い主の元で暮らすことが決まっていました。寂しかったですが、どうすることも出来なくて、泣く泣くお別れをしたんです……辛くて、怖かったです。溺愛していたので」  律は今度は僕に視線を向ける。 「分かりましたか? 俺がきみに嘘を吐いていた理由」 「えっ? 今、猫の話しかしてなかったよね?」 「ですから、その猫の話を聞いて、千紘にも同じことが言えるのだと分かってくださいよ」  クスクスと困ったように笑われて、ますますはてなマークでいっぱいになる僕の脳裏に、ふと、いつか律とした会話が蘇った。  ───溺愛したら、二度と手放せなくなりそうだって。だったら最初から、何もはじまらない方がいいだろうと。  あれは、僕に向けての発言でもあったのか。  鈍感過ぎて全く気付かなかったし、そもそも僕は邪険にされていたのだから気付く訳もない。 「職場に僕に似た好きな女の人がいるっていうのは、嘘?」 「はい。適当に合わせただけです。俺に好きな人がいると分かれば、きみは俺を諦めると思ったから」 「じゃ、じゃあ、どうしてムサシさんなんかと付き合ってたの?」  むす、と不貞腐れる。  僕が好きでしょうがなかったなら、僕と付き合えば良かっただけの話だ。  僕は絶対にいなくならないし、律が手放せなくなっても全然平気なのに……むしろ歓迎だ。 「あの人には申し訳ないですけど、千紘を忘れるために付き合っていたようなものです。他人と触れ合えばきっと、すぐにきみを忘れられるだろうと」 「けどあの人、将来を誓い合った彼氏と別れたばかりだって僕に言ってたよ。律とは結構深い関係だったんでしょ?」  え、と律は瞠目した。 「誓い合うなんて、そんなことしていませんよ。そもそもあの人には、俺以外にもたくさん恋人がいましたから、きっと他の人でしょう。そんな彼に愛想を尽かしたので、俺から別れを告げたんです。もともと、そんなに好きではありませんでしたから」 「……」  けど、とまた否定しそうになって止めた。  ムサシさんと律がキスをした過去があるのかと思うと嫉妬してしまうが、どうにもならない。  それよりも、もう嘘を吐かずに真実を伝えてくれる今の律を見るべきだ。  大事なのは今、何をすべきか、だ。

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