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第86話 特別な日②
恐る恐る、箱を拾い上げた僕は律に断って包装紙をめくり、蓋をあけた。
みごとに、マグカップの取っ手の部分がナイフで切ったように綺麗に取れていた。
僕は破片を手に取り呆然とした。
「うわー……」
人はほんとうにビックリすると何も言えなくなるらしい。
律の、誕生日プレゼントが……。
「わ、わぁ、この猫、チーに似ていますね」
落ち込む僕を励まそうとしているのか、律は一際あかるい声で言う。
うう、と泣きたい気持ちを堪えて僕は頷く。
「似てるよね……律が使ってくれたらいいなと思って買ったんだけど……」
まさか1度も使わずにゴミ箱行き?
喫茶店には1個しか置いてなかったけど、同じものは売っているだろうか。
「ごめん。今度同じの買ってくる……」
「いいえ、これを使いますよ。直せばいいんです」
「へ、直せるの?」
「たとえば、金継ぎとか」
どうやらそれは、割れたり欠けたりした欠片を漆で接着し、継いだ部分を金で装飾しながら修復する方法なのだという。
しかしそれって結構、時間もお金もかかるのではないだろうか。
「いまは不完全な姿をしていますけど、これは大切にしたいです。せっかくきみが俺を想って選んでくれた、初めてのプレゼントですから」
僕はふわりと抱きしめられて律の胸に埋まった。
今日も安心する、律の体温。
「ご、ごめんね、誕生日も勘違いしてたし、プレゼントもダメにしちゃって」
「いいんですよ。今日はいつも以上に特別な日になりましたから」
「特別な日?」
「この先きっと、今日のことを忘れないと思いますよ。そういえば昔きみは、俺の誕生日を勘違いして、マグカップをうっかり割ってしまったよねって、未来の俺たちは笑いながら話していると思います」
そんな未来が僕も想像できて、「そうかも」と笑った。
10年後も20年後も、律とそんなふうに過去を振り返られたらいい。
なんでもない日は、律といると特別な日にかわる。
しあわせが日々積み重なっていく。
心のコップが満たされていく。
となりに律がいれば楽しい。うれしい。
どちらからともなく、キスをしていた。
猫にするみたいなちいさなキスを繰り返して見つめ合うと、律はマグカップをテーブルに置いて僕の手を引く。
「それで、そのあと俺にたくさん意地悪されたよねと、未来のきみは恥ずかしそうに言うんです」
僕は、む、と唇をつぐんで、顔を熱くさせる。
たくさんの意地悪は数え切れないほどされてきたし、この先もされる予定だから覚えていられないよ。
寝室に入ってドアを閉めようとした直前、白いもふもふが滑り込んできた。
僕は今日も、聴覚が鋭すぎる愛猫の前で、たくさん甘い声を上げるのだ。
おわり☕𓈒𓏸︎︎︎︎ฅฅ*
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