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3:[好きピ 魅力]【検索】

 脱毛は、一週間に数回のような、頻繁に通うモノではない。  「毛周期」とかいうヤツを意識して脱毛しないといけないので、基本、次の予約が一カ月半後だったりする。  正直、あんなに痛い思いをするのであれば、ひと思いに終わらせてほしかったけれど、それだと意味が無いらしい。 『次は一カ月半後ですね。宮森さん。次は麻酔クリームを使うんですけど、保湿も大事ですからね。そうすると痛みが和らぎますから。あ、来週の“好きピ”も楽しみですね』  ひとしきり泣いた俺に、そう言って背中を撫でてお店で取り扱ってるクリームまでお勧めしてくれたアオイさんには感謝しかない。優し過ぎる。  しかも、施術が終わった後、ちょっとだけアオイさんと好きピの話が出来た。アオイさんの話は上手だし、好きピの事良く分かってるし、話してて凄く楽しかった。 『次は五月二十五日かぁ。先だなぁ』  そんなに先の予約なのか。長いなぁ。出来ればアオイさんの先週の好きピの感想が聞きたいなぁ。  なんて思っていたのだが。 ———— ——– —- 「もう、五月二十五日だ」  気付けば、俺はまたあの脱毛サロンに来ていた。もちろんジャージで。凄く先だと思っていたのに、何て事はない。仕事をしていたらあっという間だった。  大人の時間の流れとは、尋常ならざるモノがある。早い早い。待って待ってー。いや、別に待たなくていいけどね。 「宮森さーん」 「っ!」  まだ、二回目だけど、もう知ってる場所だし、知ってる人が居るのでこのサロンも今や俺の庭だ。アオイさんの呼ぶ声に、俺は待合室からパッと立ち上がると、前回同様白いスクラブを着たユルフワなアオイさんの元に向かった。 「今日もよろしくお願いします。宮森さん?」 「あっ、あお……高梨さん。今日もどうぞよろしくお願いします」  ずっと心の中で「アオイさん」と呼んでいたせいで、思わず名前で呼んでしまいそうになる。危ない危ない。距離感の分からないキモオタだと思われる所だった。  すると、そんな俺にアオイさんは前回同様、目元にニコッという擬音が聞こえそうな程の笑顔を俺に向けて言った。 「あはは。名前で呼んでくださって大丈夫ですよ」 「い、いいんですか?」 「はい、もちろんです」  「だって、葵ちゃんと同じ名前ですもんね?」という言葉に、俺は恥ずかしくて思わず俯いた。すると、その瞬間、信じられないモノが目に飛び込んで来た。 「あっ、あっ!ソレ!」 「気付きました?」  アオイさんの腰のポケットからは、前回俺のあげた葵ちゃんのキーホルダーが見えていた。 「宮森さんに貰ったキーホルダー。あんまり可愛いので、ロッカーのカギに付けちゃいました」 「っあ、あ、あ!」 「さ、今日も頑張りましょう?宮森さん」 「は、はい!」  正直、あの時は勢いに任せて渡したので、後々、家で悶々としていたのだ。迷惑じゃなかったかな、とか。キモいと思われなかったかな、とか。  でも、そんな事なかった。 「が、がんばります」  アオイさんは、ちゃんと喜んでくれていた!  俺は、目の前を歩くアオイさんのポケットから覗く葵ちゃんのキーホルダーに、表情が緩みそうになった。あぁ、良かった。俺、感情があんまり表に出るタイプじゃなくて。 「先週の好きピも面白かったですねぇ」 「はいっ」 「原作の流れとちょっと演出が違ってて。結末は分かってるのにめちゃくちゃドキドキしましたよねー」 「うんうん!」 「舞台に上がった瞬間、泥水をぶっかけられた時の葵ちゃんの表情、凄かったなぁ。原作のまんまっていうか……それ以上?みたいな」 「分かります!」  さすが、アオイさん。分かってらっしゃる!  施術の準備をしながら、先週の好きピの話をしてくれる葵さんに俺は首がもげる程頷いてしまった。嬉しい。俺も全部同じように思ってたから、話しててスッキリする。  でも、どうしてアオイさんは、こんなにイケメンで若いのにオタクの俺と話が合うのだろうか。不思議だ。 「あ、あの。アオイさん」 「どうしました?宮森さん」  フワリと揺れる柔らかい髪の毛と、笑顔の絶えない顔。そして腰のポケットで揺れる葵ちゃんのキーホルダーに、俺は勇気を出して尋ねてみた。 「ど、どうして。アオイさんは若くて、そ、んなに格好良いのに……その、好きピが好きなんですか?」 「へ?」  俺の問いかけにアオイさんは一瞬だけ戸惑ったような目で此方を見つめた。  あ、コレ完全に困らせてしまってる。どうしよう。そう、俺が思った時だ。アオイさんはその顔に、いつものふんわりとした笑みを浮かべた。 「ははっ、『好きピが好き』ってなんか面白いですね」 「っ!」  その屈託のない笑顔に、俺は頭の片隅でコツンと何かが落ちた音がした。 「好きが重なり過ぎて、頭痛が痛いみたいな?あ、でもこの場合。どっちかというと「大好き過ぎ」って意味になるのかな……?あぁ、なんかワケ分かんなくなってきた。っはは」  わかる!「好きピが好き」って「推しを好き」って言ってるのと同じだから、好き過ぎてたまんなくなってる人みたいだ。  それ、前ブログに書いた時、俺も思ったんです!アオイさん! 「わっ、わかるぅっ!」  まだ二回しか会ってない筈の人なのに、アオイさんは「分かるぅ」って事ばっかり言ってくれるので、昔からのオタ友みたいな錯覚を覚えてしまう。いや、最近は学生時代のオタ友も皆、結婚したり転勤したりしたせいで全然話せてないんだけど。いや、だからこそめちゃくちゃ嬉しくて。 「……うれじい」  多分アオイさんは二十代前半で、十個くらい年が離れてる筈なのに。それに、俺と違ってイケメンだから俺とは全然違う遊びとかを沢山知ってるだろうに。友達もいっぱい居るだろうに。 「ね?好きピが、そもそも“好きな人”って意味なのに」 「う、うん!」  コツン、コツンと、頭の片隅で沢山ナニかが落ちる音がする。  そう、これは俺が「推し」に出会った時にいつも聞こえてくる音だ。俺は、まだ二回しか会っていないアオイさんに、完全に落ちてしまったのだ。  そう、“推し”の沼に。 「まぁ、一応質問に答えておくとですね」  アオイさんは何でもない事のように言いながら、カチャカチャと、今度は脱毛の機械を準備し始めた。やっぱりアオイさんの腰には、好きピの葵ちゃんが揺れている。  あぁ、推しが推しのキーホルダーをしている。好きピが好きみたいな状態だ。ん、はっぴーだ。 「宮森さん。好きになるモノに年齢とか顔とか関係ないですよ」  アオイさんがすっごく素敵な笑顔で、ド正論を口にしてくる。 「俺、普通に漫画とかも読みますし」  そうなんだ。アオイさんって他にも漫画とか読むんだ。他にどんなの読むんだろ。 「好きピは普通に面白いから好きなんです」  そっか、そっか。うん、確かに好きピは面白い。一見、絵が萌えアニメっぽいから嫌厭されがちだけど、中身はソレだけじゃない事は見ればすぐに分かる。 「戦闘シーンの迫力なんて、さすが“スタジオ工房”って感じだし。あのストーリーテリングはさすが平定監督って感じですし」  まさか、アオイさんみたいなイケメンの口からアニメ会社のスタジオ名や、監督の名前までもが出てくるなんて思いもよらなかった。  アオイさんは……ホンモノだ! 「ね、宮森さん……いや、タローさんもそう思いませんか?」 「あっ、あっ」  わかるぅ!  アオイさんは両手に、前回俺が号泣した拷問具を持ちながらニコニコ笑っていた。正直、あの痛みに再び襲われるなんて考えるだけで背筋が冷えるけど、何故だろう。今の俺は体中がポカポカして仕方がなかった。 「さ、タローさん。今日も一緒に頑張りましょう!」 「は、はい!」  その日、俺は麻酔クリームを塗って脱毛に挑んだものの、やっぱり痛くて泣いた。でも、チラチラ見えるアオイさんの腰に見える葵ちゃんのキーホルダーのお陰か、前回よりは痛くない気がした。  アオイさんは「タローさんが、ちゃんと保湿してくれてるからですよ」って褒めてくれて嬉しかった。 「タローさん、頑張って全身綺麗になりましょうね!」 「はい!」  その日、俺は一番高額な全身脱毛コースを申し込んだ。  これから行うのは「脱毛」じゃない。「推し活」だ。 5月25日 【脱毛レポ②】二回目の髭脱毛! こんにちは、コタローです。 オタクが脱毛サロンを選ぶ時のコツって何だと思いますか? 結論から先に言います!(コレ、なんか仕事が出来る人みたいですね^^) 「推し」のやっているサロンに行く事です。 俺はオタクなので、正直、脱毛とかってお金がかかる割に、あんまり自分の中の価値観と見合っていない気がしてたんです。 このお金があったら、好きなアニメの円盤が買えるな、とか。ガチャが何回引けるな、とか。 (これ、共感してくれるオタクは多いハズ!) そんな事ばっかり考えてたので、今回まで実はコースを組まずに単発で髭の脱毛をやっていました。ほら、これだといつでも辞めれるじゃないですか。 でも、今回満を持して全身脱毛コースを一括払いで申し込みました!わーい!わーい! 何故かというと、担当をしてくれるアオイさん(男)が、この度、俺の「推し」になったからです! アオイさんは多分俺より凄く若くて、格好良いんですけど話が合うんです。好きピの話をしてても凄く盛り上がるし。 とにかく、格好良くて、優しくて、面白いです。まさに、葵ちゃんみたい! そんなワケで、俺はこれから脱毛に行くのではなく「推し活」の為に脱毛サロンに通う事になりました。 皆さんも、脱毛サロンが怖い場合や、続ける自信が無い場合はサロンのスタッフさんを「推し」にすると良いと思います! 推し活たのしー!はっぴー! ————- ≪名前:イケメンしゃちくん≫ コタローさん、いつも楽しく見ています!脱毛サロンに推しを作るって凄い発想です!さすが、コタローさん! ≪名前:ボンボン≫ 推しのサロンに行く事、確かにそれは真理かもしれません。俺も推しの居るサロンを探してみます!  これは、GWも終わり、夢も希望も失われた社内の一角での会話である。 「宮森さーん。もう完全にカモがネギ背負ってる所を一呑みされてんじゃん。笑うわ」 「っていうか、まだ全身コースじゃなかったんだな」 「だから、向こうも本気で落としにかかったんだろ。タローさんって見た目オタクだし、アニメの話でもしてりゃすぐ懐くと思ったんだろうな。さすが接客のプロだぜ」 「キャバクラみたいだな」 「同じようなモンだろ。ま、本人も推し活とか言って分かっててやってんだから幸せなんじゃね」 「……オタクって凄いなぁ」 「な。脱毛サロンのスタッフの……しかも男まで推しに出来るなんて、守備範囲広すぎ」  こうして、今日も今日とて誰とも会話をしない宮森タローは、フロアの一角で、自分が若手社員達から謎の憧憬の念を送られている事に、一切気付かずアニメを見て過ごしているのであった。

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