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修行4:たくさん甘えろ
シモンと出会って、半年が経った。
「師匠!昼飯食ったら手合わせしてくれ!」
シモンは教会の子供達にパンを配る俺の横にベタ付きながら、キラキラとした目を向けてきた。いつもの事だ。
「あいあい、分かったから。まずはメシを食えー」
「じゃあ、四個食う!」
「四個か……なんか四って数字は苦手だから、五個にしろ!」
「分かった!五個食う!」
シモンは、俺の心底適当な言葉に大きく頷くと、俺から五個パンを笑顔で受け取った。既に一個は口の中だ。その隣では、一番末っ子のヤコブがシモンの真似をして、小さな口に一個まるごとパンを放り込もうとしていた。
いやいやいやいや、無理だろ!
「ふぐぇ」
「おら、ヤコブ。お前は一気に食うな!また喉に詰まらせるぞ」
俺を見て爆笑しても窒息死する事はないだろうが、パンを喉に詰まらせたら窒息死する可能性がある。俺はヤコブの前に腰を下ろすと、口に詰まったパンを引き抜いた。
「……おれも、しもんみたいに、たべたい!」
「大きくなったらな」
いや、大きくなっても普通に一口一口確実に食べて欲しいが。
ヤコブにとっては、ともかくシモンが憧れの存在なのだろう。それに、この年頃の子供は何かにつけて上の真似ばかりをしたがる。
「ほら、口開けろ。あーん」
「あーん」
「ほい」
一度口に突っ込んでいたせいでパンはベタベタだ。正直、触りたくはないのだが、またパンを喉に詰まらせたヤコブに血の気を引かされるのは御免なので、ちぎったパンをその小さな口へと放り込んでいく。
「おいしい?」
「おいしー!」
満面の笑みを浮かべながらおいしそうにパンを頬張るヤコブも、半年前と比べると大分ふっくらしてきた。良い傾向だ。
「師匠……」
「ん?どうした、シモン」
声のする方を見てみると、既に五つのパン全てを平らげてしまったシモンが不機嫌そうな表情で此方を見ていた。
「修行は、いつすんの?」
「皆のごはんが終わったらなー」
「じゃあ、先に外で……素振りの修行してた方が良い?」
どうやら早く修行がしたくて堪らないらしい。
俺はムスッとしたシモンの頭に手を置くと、グシャグシャとその頭を撫でた。髪を切って痛んでいた部分が無くなったせいか、シモンの髪の毛は以前とは異なり、ツヤツヤと金色の光を帯びている。
「そうだな。先に素振りしててくれ。ご飯が終わったらすぐ行くから」
「すぐ来てよ!」
「あいあい」
俺が頷いてやると、シモンは「絶対だからな!」と、その場から弾かれたように飛んで行った。あれだけ“修行”を嫌がっていたのに、今では“修行”大好き少年になってしまった。いつの時代も、どの世界でも男の子は「強くなる」のが大好きだ。
「しよー、おれも、しもんみたいに、しぎゅおしたい」
「ヤコブがもう少し大きくなったらなー」
「えー」
シモンの走り去って行く背中を、ヤコブは羨ましそうに見ていた。それはまさに、弟が兄の背中を見る時の目だった。
〇
シモンは、やっぱりホンモノの勇者だった。
「今日こそ師匠に一太刀浴びせる!」
しかも、かなりド直球な熱血主人公タイプ。
「あぁぁぁっ!畜生!もう少しだったのに!」
こういう真っ直ぐで明るい主人公は、最近のソードクエストじゃ、あんまり見なくなった。
「師匠!新しい技教えて!」
多分だけどプレイヤーに感情移入しやすいように、どちらかというと平凡そうな主人公が増えた感じの印象だ。
「師匠、師匠、師匠!もう一回!もう一回!」
でも、俺はどちらかと言えば“コッチ”の方が好きだ。やっぱり勇者は、明るくて、元気で、優しくて、強くあって欲しい。
俺の憧れる勇者っていうのは、そういう奴だ。
「分かった分かった」
「よーし、約束だからな!一発でも俺の攻撃が師匠に入ったらっ」
「あいあい。口は良いから手を動かす!」
——
名前:シモン Lv:24
クラス:熱心な見習い勇者
HP:1980 MP:289
攻撃力:150 防御力:81
素早さ:61 幸運:15
——
シモンのレベルは日に日に上がり続けている。レベル30の俺が、シモンに追い抜かれるのも、もう間近だ。
◇◆◇
「おらっ、っし!うりゃ!」
シモンから繰り出される攻撃を、俺は木刀の先が肌に触れるか触れないかという所で全て避けていく。
「シモン、お前攻撃のスピードが速くなってきたなっ」
「っしゃ!っだろ!?」
攻撃後の立ち直りも早い。こうして手合わせを始めて半年ほど経つが、シモンの成長には目を見張るものがあった。
「でも、まだ一太刀浴びせるのは無理そうだなー?」
「クソッ、見てろよ!」
その瞬間、俺の動きを見越していたように、シモンが一気に俺に距離を詰めてくる。それと同時に、木刀を降り下ろした。直後、左足を軸に右足で蹴りを放ってきた。
「っっうお!ヤバッ!」
予想外の蹴りに、俺はそれまで単調に避けていた体の動きを止め、シモンから一気に距離を取った。
「あっぶねぇ……」
あと少し避けるのが遅かったら、モロで蹴りを受ける所だった。まさか、予備動作無しであんな蹴りを繰り出してくるなんて。
「あぁぁぁっ!クソッ!あと少しだったのにっ!」
確かに、本当にあと少しだった。
しかし、そうやって心底悔しがりながらも、その視線が俺から外れる事はない。戦闘中は相手から目を離すなと言った教えも、きちんと守っている。
「今日こそは、絶対師匠に一太刀浴びせるっ!」
「っうお!」
シモンは俺に向かって勢いよく叫ぶと、再び俺との間合いを詰めてきた。
木刀同士の鈍い殴打音が耳を刺す。シモンの攻撃は、この半年で日に日に重みを増している。今では、攻撃を受けた際の衝撃で腕に強い痺れを覚えるようになった程だ。
「そんでっ、夜のダンジョンで一緒にモンスター狩りをするんだっ!」
「っく」
そう、これがシモンと俺の交わした約束だ。シモンが演習で俺に一発でも攻撃を加える事が出来たら、夜のダンジョンで実地の訓練に入る、と。
それは、シモンからの提案であり、この提案を受け入れてからシモンの成長スピードは格段に上がって行った。
「師匠、忘れてないよなっ!?」
「忘れてねぇよっ!」
こんだけ毎日、一振り毎に叫ばれたらな!?
俺はシモンの攻撃を木刀で受けながら、先程より少しばかり重くなった攻撃にふとシモンの脇にあるステータスに目をやった。すると、そこに映し出された情報に、俺は思わず息を呑んだ。
——
名前:シモン Lv:25
クラス:熱心な見習い勇者
HP:2012 MP:297
攻撃力:159 防御力:81
素早さ:69 幸運:17
——
「……やっぱり!」
さっきまでレベル24だったのに。
この一瞬で、いつの間にかレベルが上がっている。ただ、これもシモンには“よくある事”だ。しかも、レベルは俺よりまだ下の癖に「攻撃力」と「素早さ」は俺の数値を越えてしまった。道理で攻撃を受ける度に腕が痺れる筈だ。
「シモン、お前はやっぱり凄いな!また、強くなってるぞ!」
「そう!?」
シモンは変わった。それはもう劇的に。
その変化がこの急激なレベルの上昇に繋がっている事は、火を見るよりも明らかだ。
食事もしっかり摂るようになったし、休む事も修行のうちだと、しっかり睡眠も摂るようになった。
そして、やっぱり一番の変化は――。
「俺、師匠の弟子の中で何番目に強い!?」
俺への態度だ。
シモンは、ともかく俺の言う事を何でも素直に聞くようになった。これが、今のシモンの成長を形作っているのは間違いない。
「俺にはお前しか弟子は居ないよ」
「そっか!」
俺が答えた瞬間、シモンはその顔にパッと満面の笑みを浮かべた。半年前と比べ、その顔つきは大分精悍になった。成長期も相成って、出会った頃の幼さは今や見る影もない。
「昔も今も!?破門にしたとかじゃなくて!?」
「ああ、昔も今も。俺の弟子はお前だけだ」
しかし、この質問。ここ最近毎日されている。そして聞かれる度に同じ答えを返しているので、シモンも俺には弟子が自分しか居ない事を分かっている筈だ。
「じゃあ、俺が師匠の弟子の中で一番強いって事だよな!?」
「そうだよっ」
一人しか居ない弟子の中で一番もクソもないだろ、と思わなくもない。
ただ、そんな当たり前の質問をしてくるシモンに、俺は遠い記憶の中で似たような質問を繰り返してきた相手を思い出した。
—–兄ちゃん、弟の中で俺は何番目にすき?
「お前しか弟は居ないっての」
まだ弟が小学校低学年の頃、一時期毎日のように尋ねられていた。二人兄弟の俺達に、他に兄弟など居ないというのに。
「弟?」
「ん?弟子って言ったんだよっ!」
「っはは!そっか!」
また、シモンの攻撃のスピードが上がった。やっぱホンモノの勇者はスゲェな、と俺が思った時だった。
「しよー!」
遠くから、舌足らずに俺を呼ぶ声が聞こえた。その声に、俺は思わず声のする方へと視線を向けてしまった。
すると、その瞬間先程まで数歩距離を取っていたシモンが、いつの間にか体勢を低くして俺の真下まで来ていた。速い。
「っ!」
鋭い金色の瞳がバチリと俺を捕らえた。
本能的に理解する。これは、もう避けられない。
下から払い上げられる木刀を避けても、シモンはそのまま刀身を右から左に払ってくるだろう。そして、それを避けても足元からはシモンの足払いが繰り出され……。
そうやって、攻撃が俺にヒットするまでの八つの工程を、瞬時に脳内で組み立てる。
そして、判断した。一発目の攻撃で受け身を取るのが、最もダメージを軽く済ませられる、と。
「っぐ!」
シモンの払い上げた木刀の刀身が俺の胸を突いた。体中に鈍い痛みが走る。やっぱり、レベル差があっても、攻撃が当たれば普通に痛い。
そりゃあそうだ。防御力というのは、HPに食らうダメージを減らす為のパラメータであり、痛みを軽減させるステータスではないのだから。
「……ふぅっ」
でも、ここで痛い痛いと騒いでは師匠の面目が立たない。まさか本当に攻撃を食らってしまうとは思っていなかったせいで、受け身もあまり上手く取れなかった。それだけ、あの一瞬の、シモンの集中力は凄まじかったという事だ。
少しだけ減ったHPの数量を横目に確認しながら、俺は胸に突き刺さる木刀に触れた。きっと、すぐにシモンの大歓声が上がるだろう。すぐにでも、シモン用の真剣を買いに行かねば。
「やるじゃん、シモン」
「……」
「シモン?」
しかし、俺が褒めてもシモンの表情は一切緩む事はない。喜ぶどころか、その表情はどんどん険しくなっていく。
「しもんー!しよー!」
「……ヤコブ」
「おれも、しぎゅおうするー!」
すると、それまで鋭い目をその目に湛えていたシモンの視線が、後ろから駆け寄ってくるヤコブへと向けられた。ヤコブの手には、その辺で拾ったであろう木の枝が握られている。
「ヤコ……」
「っヤコブ!」
俺がヤコブの名前を呼ぼうとした時だ。隣に居たシモンから、凄まじい怒声が上がった。
いつもとは異なるシモンの姿に、それまで楽しそうに木の棒を持って走っていたヤコブもピタリとその場で立ち止まる。
「し、もん?」
「おい、ヤコブ!言ったよな!?修行中には絶対に近寄るなって!?何で言う事聞かないんだよ!」
「ぁ、あぅ……だってぇ、おれも、しもんみたいに」
「だってじゃないっ!お前は小さいから修行なんて必要ないだろ!?あっち行けよ!」
「っぅぅ」
あ、ヤバイ。
そう思った時には、凄まじい泣き声が周囲の空気を揺らした。
「うぁああぁあんっ!じ、じじょーっ」
シモンに怒鳴られ、その目から大粒の涙を流し始めたヤコブが、持っていた木の棒を捨て俺の方へと駆け寄ってくる。
「あぁぁぁっ、しもんがぁっ、じもんがぁっ」
「あー、はいはい。大丈夫大丈夫」
足元にピタリとくっ付いてくるヤコブを、俺はひとまず抱き上げてやった。こういう時は何を言っても泣き止まない。ひとまず落ち着くまで抱っこしてやっていた方が良いだろう。
「あああっ!あああぁーーっ!」
「よしよし。大丈夫大丈夫」
「あぅぅうっ、うぇぇえっ」
耳元で響き渡る大音量の泣き声と、ギュッと首に巻きついてくる細い腕に、俺は「大丈夫大丈夫」と呪文のように同じ言葉を繰り返し口にし続ける。
すると、泣き声の隙間を縫って、カランと何かが地面に転がる音がした。足元を見ると、そこにはシモン用に買った木刀が転がっていた。
「シモン?」
「……いいよな、ヤコブは」
聞こえるか聞こえないかという狭間の声でシモンが俯きながら呟く。
「泣けば甘えさせて貰えるんだから」
シモンは吐き捨てるように言うと、その場から駆け出していた。最初から最後まで、俺とは一度も目を合わせてくれないまま。
「シモン!」
「うぇえええっ、うえぇぇえっ!」
シモンの背中に放った俺の声は、ヤコブの泣き声によって綺麗にかき消される。俺は足元に転がるボロボロの木刀を見つめながら、泣きわめくヤコブに「大丈夫、大丈夫」と繰り返す事しか出来なかった。
————
——–
—-
何度も何度も問われた。
『俺、師匠の弟子の中で何番目に強い!?』
—–兄ちゃん、弟の中で俺が何番目にすき?
その問いに対し俺は繰り返し、こう答えてきた。
「俺にはお前しか居ないよ」
相手がそう答えて欲しいのを分かっているから、何度問われても俺は繰り返し同じ答えを口にしてきた。飽きもせず、毎日、毎日。
だって、嬉しいじゃないか。「お前しか居ないよ」という答えを望む相手にも、俺しか居ないんだから。
◇◆◇
「シモーン」
俺は一向に帰って来ないシモンを探しに、スラムの街を歩いていた。視界の端に沈む夕日が、スラム街全体を濃い橙色に包み込む。
もうすぐ夕食の時間だ。
「シモン、帰ろう」
「……師匠」
まぁ、探すと言ってもシモンの居る場所は最初から分かっていた。だから、すぐにシモンは見つかった。
シモンはいつもの裏路地で体を丸めて蹲っていた。ただ、以前と違うのはシモンの体が成長して、もう俺の膝の間に納まるのは難しくなってしまったという事くらいだろうか。
「お腹空いただろ?今日の肉は……前より、ちゃんと味が付いてると思う」
「……俺、今日はいい」
「なんで?お前の為に作ったのに」
俺は以前のようにシモンの隣に座り込む事はせず、シモンの目の前に立った。今日はゆっくり話し込む時間はない。今日はこれからも忙しいのだから。
「シモン、お前用に新しい剣も買ったぞ。あ、木刀じゃないからな。ちゃんと真剣だ」
「は?な、んで?」
「だって、今晩から実践のモンスター狩りに行くんだろ?木刀じゃあんまりだ」
俺の言葉に、シモンの目が大きく見開かれた。何をそんなに驚いているのか、俺にはワケが分からない。
「約束したよな?俺に一太刀浴びせたらダンジョンに連れて行くって」
「で、でも」
「でも?」
そう言って、シモンは再び膝を抱える腕に力が籠った。つい最近までひょろひょろだったその腕は、今は筋肉がついて血管の筋が浮かぶ程ガッシリとしてきた。
「あれは、ヤコブが来たから……たまたま、当てられただけだ」
視線を逸らしながらそんな事を言ってくるシモンに、俺はそういう事か、と合点がいった。あれは邪魔が入ったからノーカウントだろ、と言いたいらしい。だから、あんなにヤコブに対して珍しくキレていたのか。
「シモン、戦闘に置いては“運”も実力のうちだ」
俺はシモンのすぐ脇に浮かび上がるステータス画面を見ながら言った。
——
名前:シモン Lv:25
クラス:熱心な見習い勇者
HP:2012 MP:297
攻撃力:159 防御力:81
素早さ:69 幸運:17
——
ロールプレイングゲームには「幸運(運)」という数値が存在する場合が多い。そして、この数値によって戦闘の勝敗が左右されるなんて事は、よくある話だ。そして、それはまさに人生と同じだと、俺は思っている。
「でもっ!」
「それに、あれは運じゃないよ。シモン、お前の実力だ」
「ウソだっ!じゃなきゃ、あんなに簡単に、師匠に一太刀浴びせられるワケないっ!」
うわ、簡単だったんだ……。
地味にシモンの台詞に肩が落ちてしまう。今やレベルに差はあれど、潜在能力の高さからシモンの実力は、俺より上を行っている。もう、俺はシモンに追いつかれてしまったのだ。
「これだからホンモノの勇者って奴は……」
「師匠?」
俺は周囲をキョロキョロと見渡すと、座り込むシモンの前に腰を下ろした。
「分かった。シモン、コレ見ろ」
「へ?」
裏路地とは言え、さすがに大っぴらに服を脱ぐのは憚られる。俺はシモンにしか見えないように服の前のボタンを外すと、中に着ていた肌着をたくし上げた。
「へ?」
俺の突然の行動にシモンが目を瞬かせている。いや、その反応は正しい。確かに、急に目の前で師匠が自分に対して肌を露出し始めたら、それは師匠チェンジの案件だ。変態の可能性もある。
でもちょっと待って!すぐ終わるから!
「よく見てろよ」
「あ、えと……」
それまでせわしなく視線を動かしていたシモンが、俺の声に従うようにソロソロと顔を上げた。その顔は、夕陽に照らされているせいか少しだけ赤く見えた。
「お前がどんな攻撃をしてくるか、俺は全部分かってたよ」
俺がシモンに見せたかったモノ。それは今日の稽古でシモンが俺に付けた傷だった。
「うわ」
思わずシモンの口から驚愕の声が漏れる。
その傷は既にうっ血して真っ赤に腫れており、俺の体の真ん中を見事に一刀両断するように付けられていた。
「な?しっかり傷が入ってるだろ?」
俺もまさかここまでハッキリと傷が残るとは思わなかった。避けはしなかったものの、ダメージは最低限になるようにした筈だったのに。それだけ、シモンの攻撃力が凄まじかったのだろう。
「よーし、じゃあ今から稽古の検討会に入る」
「検討会?」
「そう、シモンの攻撃のどこが良かったか。コレを避けていたら、どうなっていたか。師匠が解説してやる。ちゃんと聞いてろよ?」
「は、い」
「まずは、この傷」
俺はシモンの腕を掴むと、人差し指で俺の傷を下から上に、付けられたようになぞらせた。シモンの視線は、俺の傷に釘付けだ。
「この最初の攻撃。もし、コレを俺が避けても、お前の剣は右から左に……こんな風に、俺の体に傷を作ったと思う。そうだろ?」
俺はシモンの控えめに立てられた人さし指で、今度は右から左に肌の上を滑らせる。シモンが俺の問いに、小さく頷く。
「っは、っはぁ」
シモンの呼吸が荒くなった。俺の肌に触れる指先も微かに震えている。
「それを避けた場合、きっとお前は左足を軸にして右足で俺の足を払ってきたと思う。その動きに、俺はとっさに対応できず……」
あの時、シモンの驚異的な集中力の中で繰り出されたであろう技の流れを、俺は一つ一つシモンに説明した。俺がこう動いたら、お前の刀身は俺のこの部分に傷を付けただろう、それを避けても、お前はこう動いただろう、と。
まさに、検討会だ。
シモンは黙って俺の説明に耳を傾け、指の動きを目で追っている。自分の解説を聞きながら、俺は静かに一つの事実を受け入れた。
もう、シモンは俺より強い。
「俺がお前の攻撃を避けきったとしても、最終的には倒れた俺の心臓を、お前の剣が上から刺せるんだよ」
「……」
シモンの指が最後、俺の心臓の上で止まった。
「だから、俺は敢えて一太刀目を避けなかった。この傷が、お前の与える傷の中で最もダメージが少ないと思ったからだ」
「……じゃあ、師匠。俺は」
「ああ。だから、お前の攻撃が俺に一太刀浴びせたのはマグレでも運でもない」
実力だよ。
俺がハッキリそう言うと、傾きかけた夕陽に照らされたシモンの顔が真っ赤に染まった。少しだけ潤んでいる金色の目が、輝きを増して俺の体の傷を見ている。
「コレは、俺が師匠に付けた傷」
シモンは嬉しそうに呟くと、俺の体に走る傷を、今度は自分の意思で上から下になぞった。その瞬間、背筋にゾワリとした感覚が走る。
「っん」
思わず、変な声が漏れた。
「っあ、ごめ!師匠、痛かった!?」
「……大丈夫」
シモンの焦ったような声に、俺は視線を逸らしたままそれだけ答えた。ヤバ、恥ずかし過ぎる。
「……そういうワケだから、今晩から一緒に実践に入ろうぜ」
「うん!」
俺は、先程の自分を誤魔化すように手早く服を整えると、その場から立ち上がった。
「なぁ、師匠」
「ん?」
すると、それまで声を弾ませていたシモンが、再び言い辛そうに俺の腕を掴んできた。
「もし……ヤコブとか、他の奴らも……もう少し大きくなって、師匠の弟子になりたいって言ったら、みんな、弟子にするの?」
言い辛そうに口にするシモンの顔は、なんとも分かりやすい程に真っ赤に染まっていた。それに加え、眉間には深い皺。そして口角はヒクヒクと無理に表情を作ろうとしているせいか、妙に引きつってしまっている。
——いいよな、ヤコブは。泣けば甘えさせて貰えるんだから。
その表情に、俺は昼間のシモンの言葉を思い出した。シモンがヤコブに対して怒ったのは、修行の邪魔をされたからでは無かったようだ。
「……そういう事か」
——俺、師匠の弟子の中で何番目に強い!?
シモンはヤキモチを焼いていたのだ。他の自分よりも幼い子供達に。そして、自分が俺にとっての“唯一の弟子”では無くなる事に焦りを覚えた。
「俺にはお前だけだよ、シモン」
「っ!」
俺の言葉に、シモンはガバリと勢いよくその顔を上げた。その目はキラキラと輝いており、期待と高揚で頬は更に赤く染まっている。夕焼けのせいではない。もう夕陽も大分傾いてしまった。
「俺の弟子は後にも先にもシモンだけだ」
「ほっ、本当に?」
「うん。俺、お前以外に弟子は取らないって決めてるから」
それだけ言うと、俺はシモンの肩を抱いてピタリと自らの脇に寄せた。シモンの頭は今、俺の肩の位置だ。きっとそのうち、身長もすぐに追い抜かれてしまうのだろう。
「シモン。俺には甘えていいからな」
「……え?」
——
名前:シモン Lv:25
クラス:熱心な見習い勇者
HP:2012 MP:297
攻撃力:159 防御力:81
素早さ:69 幸運:17
——
このたった半年足らずで、シモンは俺が三年かけて上げた実力を簡単に超えてきた。きっとレベル100の魔王に追いつくのも、そう遠い未来の話ではないだろう。
「……で、も。師匠は……皆の、師匠、だし」
「話聞いてた?俺の弟子はお前しか居ないんだって」
「でも、皆……師匠の弟子に、なりたがるかも」
「その時は、シモン。お前が弟子にしてやれよ。俺はお前だけだから」
俺がシモンを見つけるまで、シモンは十一人の子供達を、必死に一人で守ってきた。甘える相手なんか、居なかった筈だ。
「……師匠」
シモンが俺の体に抱き着いてくる。そして、そんなシモンもまだ子供だ。弟と同じ、十三歳の子供だ。
「たくさん甘えろ。シモン」
黙り込むシモンの頭に、俺はソッと手を乗せる。
「これからの訓練も、傍には必ず俺が居る。無理だと思ったら、頼る術も覚えて行かないと。シモンは全部一人でやろうとするからな」
まぁ、すぐに俺の手助けなど必要なくなるだろうが。
「……」
返事はない。返事はないが、シモンの頭が微かに頷くのを俺は静かに上から眺めた。その微かな肯定の仕草に、俺は勢いよくシモンを抱き上げた。
「シモン、俺は運が良かったよ!」
「ししょう」
シモンのゴツゴツとした体が、体の傷に当たってジワリと痛む。しかし、その時の俺はそんなの一切気にならなかった。
「こうして、お前に会えたんだからな」
「っ」
金色の瞳を大きく見開くシモンは、今にも泣きそうな顔をしていた。でも泣きはしない。泣けばいいのに、必死に耐えるあたりがシモンらしい。
俺はシモンを抱えたまま、教会の近くまでゆっくりと歩いた。
その体重は、半年前、真夜中に家出をしたシモンを抱えた時とは異なり、そりゃあもう重かった。もうそろそろ、抱っこは無理そうだ。
「シモン、一緒に魔王を倒そうなー」
「……ん」
その日から、シモンは「魔王を倒そう」という俺の言葉に対し、一切否定しなくなった。
「師匠が言うなら……じゃあ、倒す」
——
名前:シモン Lv:25
クラス:師の意思を継ぐ勇者
——
その日、シモンのクラスから「見習い」の文字が消えた。
え?何かコレ、俺が死んだみたいじゃね?
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