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第1話

 だいたいさぁ……如何して第二ボタンなんだ?  掌の中に握られたボタンの感触を確かめながら改めて考える。  昨年の三月十七日。俺は先輩から突然の告白を受け、その先輩に第二ボタンであるそれを手渡された。半ば強引に。  彼の名は平野 守。彼のことはなんとなく耳にはしていた。美術部の幽霊部員……。部活動には参加しないのに何かしら賞だけは必ずとる。一体、そいつは何時、絵を描いてるのか……?部員は一度も彼のことを部室である放課後の美術室で見たことはない……そんな噂だった。まさかそいつが彼であり、平野 守だとは知らなかった。知ったのは一年前の卒業式が終わってクラスメイトの美術部員に俺が訊いたから。そんな彼が……何故?如何して?俺なんかにボタンを……?マジ、わけわかんねぇ。  そして、一年後の三月十七日。俺は自分の第二ボタンを握り締めて先輩であった……彼の家の前に立っている。  特別って言うのが苦手な俺は私学を勧める親に我儘を言い、高校までは公立の学校に進ませてもらっていた。だから……もちろん共学だったし、中・高とサッカー部だったし、生徒会長なんかもやってたからまぁ……それなりに女子から騒がれたりもした。そんな俺は卒業式が終わり、家路に着く頃には学生服の袖のボタンさえない状態だった。  その俺が何故、この……所謂、卒業式に本命の子に渡すと言う第二ボタンを態々自分でもぎ取ってまで彼の家の前にいるのか?しかも、ブレザーの……。普通、こう言うのって学ランでやるもんじゃねぇの?これって意味あんのかよ?そう思いながらも右手にボタンを握り締めてる……そんな自分が自分でも不思議で仕方なかった。  もしかしたら、一年前に落とされた「俺、糸井くんのことがすごく好きだったんだ」なんて爆弾に見事、ヤられちまったからか?などと考えてもみる。  いやいや、待て。ほぼ面識の無かった先輩に突然勝手に告白されて、そんな……。流石にそれはないだろう。なら、何故?俺は今、こんな夕暮れ時に自分でもぎ取った第二ボタンを握り締め、そのくせ一つもボタンの残っていない学生服を着て彼の家の前に立ってんだ?  だいたい、なんで彼が学校に来ないんだ?……普通、欲しけりゃそっちから取りに来るもんだろ?何で……来ない?  ああ……そうだった。彼は……学校には来ないんだった。在学中も殆ど学校に来てなかったみてぇだし、よくそれで卒業出来たよな?とは思うけど、それは……なんか……あるみたいな……そんな口ぶりだった。俺に彼のことを話してくれたクラスメイトは。理由は……そいつにもよく、わかんねぇみたいだったし、俺も……わかんねぇけど。……ってか、俺が知る必要もねぇし、別に知りたくもねぇし……。一年前の卒業式にボタンを渡されるまで、美術部に幽霊部員がいるってことぐれぇしかマジ、ホント知らなかったし。  一年前の卒業式も……確か、そうだ……俺が代表で送辞を読んでいた時、講堂の一番後ろの扉が開いて……そこに少し猫背の……そうだ、彼が立っていたんだった。そして俺達在校生がトンネルを作って卒業生を見送っている中、彼はその列に参加することなく、まだ満開には程遠い蕾がたくさん残る桜の木にもたれかかりその光景をぼんやりと見つめていたんだったっけ。  最後の卒業生が俺と幼馴染でクラスメイトの正樹とで作ったトンネルを通り抜けた瞬間を見計らうように俺の腕を引っ張ると、彼がいた桜の木の下まで俺を連れて行き「俺、糸井くんのことがすごく好きだったんだ」と徐に俺の名を口にしたかと思えば勝手に告白して、これまた勝手に俺に彼の第二ボタンを握らせたんだ。柔らからな……けど、ちょっと胸を締め付けるような笑みを見せて俺はボタンを握らされたんだ。  だから……なんか……俺もそれにちゃんと答えなくっちゃと思ったし……って言うかちゃんとした答えが彼から欲しかったのかもしんねぇ……。  それにしてもあんな告白一つと先輩の第二ボタン一つで俺が……と、そこまで考えて俺は思考をストップさせた。  どうせ考えたって答えなんか出ない。だって……これで何度目の三月十七日だ?確か……軽く百回は越えてるはず。五十回くらいまでは数えてたけど……いい加減このリプレイの日々に疲れて、それ以降は数えるのを止めてしまったから……わかんねぇ。  唯一、確かなことはこの後……俺は何故か告白してきたはずの彼に振られるってことだけだ。  理由?そんなもん、知るか!とにかく俺は第二ボタンを先輩であった平野 守に渡して何か言おうとしたら……振られんだよ!「ありがとう。でも、俺の事はもう忘れて」ってな。  何度聞いても理解不能な言葉と、その時も柔らかで……けど、ちょっと胸を締め付けるような笑みでさ。それがずっと俺の中でひっかかって。  けど……この何時終わるかもしれない、朝にはリセットされてリプレイされる三月十七日に俺はいい加減、マジで嫌気もさしていた。

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