20 / 46
躾の時間:双子①
散々ランスに恋人ごっこをさせられた一月後、レインは留学という名目で隣国に来た。
「よろしくね~レイン」
「いっぱい楽しいことしような」
双子が体を傾げてニヤついた。無駄に背が高いのでどうしても見上げてしまう。
この国、エルレドに来て分かったのは、この双子が邪悪さとは真逆の天使のような扱いを受けていることだ。宗教色が強く、民は白い布を纏って生活している。神殿で双子の言葉を聞き民が安寧を得るというのだから驚きだ。
「せっかくだし仕事見てく?」
「オレらに惚れちゃうかもな」
一通り撫で回されたあと神殿の脇に置かれ、レインは渋々双子と礼拝する民の様子を観察した。
認めたくないが、それは荘厳な光景だった。光差す台座に腰掛けた双子が純白のローブを纏い、長い睫毛を伏せて微笑み言葉を授ける。ときに民の声を聞き、ともに悲しみ、手を取って労り、まるで慈母のように励ました。
「では此度の礼拝はこれにて」
「皆の心が安らかであらんことを」
堂々とした振る舞いだ。しかしそれもそうだろう、彼らは五百年同じことをしているのだから。
「さあ学びし者レインよ。我らの庭にて祝福を授けましょう」
「こちらへおいでなさい」
他の修道士がいるからか天使の仮面を被ったまま双子が手を差し伸べた。気色悪さに鳥肌が立つ。かろうじて手を取り双子のローブに包まれると、周囲が羨望の眼差しを向けた。
「どーよオレたちのギャップ」
「見とれてたな~」
「……」
「そんじゃあ祝福授けてやろっか」
ニタリと天使が悪魔の微笑みを浮かべた。
白く磨かれた石材と優しい植物の緑。密やかに思える庭園で二人の天使が罪人を貪っている。
「っ……ん……ッ♡」
庭園は静かだ。だから水音も喘ぎ声もよく通ってしまう。他の修道士に聞こえないようレインは必死で甘い声を噛み殺した。
「エロい顔」
「すげー締めつけてる。興奮してるんだ」
立ったままぐりぐりと奥を突かれ、腰の高さの違いでレインの足は地面に着いていない。縋りついた片割れには歯型がつくほど肩口を噛まれている。
「ひ、ぅ……♡」
「もっと声出しちゃえよ」
「やっ、────ッ♡」
良いところを突かれあえなく達する。体勢がキツいし二人同時に相手をするのでもうへとへとだ。
「ん、んん……♡」
「キス好き?」
断じて好きではない。だが双子の舌はまるで別の生き物のように動いて咥内を犯すため、どう足掻いても思考が蕩けてしまうのだ。
「は……は……っ」
「うちの民は怖いよ~? もしふしだらなことしてるってバレたら大罪人になるから」
「……犯してるのは、そっちだろ……っ」
「賢者を唆した悪魔になんだよお前が」
「くふぅッ♡」
抽送を再開され視界が弾ける。
「せいぜい無垢な顔して学んでいけよ」
「あ~出る。このまま講義受けてね」
「いや、ぁ、ッ♡ ~~~っ♡」
後ろからがばりと足を持ち上げられ、どくどくと精を注がれた。掻き出すのは大変だというのにどいつもこいつもすぐ中に出す。
その後身支度を整える時間もなく、レインは必死に余韻を隠しながら、中の精液が零れないよう厳かな講義を受けることとなった。
「はあ……」
隠さねばならないような環境の分ランス相手より疲れるかもしれない。二人いっぺんに相手をするのも重労働だ。
どうにか講義をやり過ごしトイレで身を清めたレインは、宿舎に向かう途中で若者たちに道を塞がれた。
「ごきげんようレイン様」
「……なにか」
笑顔に薄ら寒いものを感じる。
「賢者様に選ばれた存在であるレイン様と、是非ともお話がしたいと思いまして。我々も同じ学びし者ですから」
金髪と赤毛と亜麻色の長髪。皆恭しい態度だが、視線にはどこか賢者のような嫌なものを感じた。
「賢者様からも、良き友であれとお言葉を頂いたのです」
「……そう。でも俺は仲良くできるような性格じゃないと思うけど」
「いいえ、賢者様のお言葉に間違いはありません。僕たちは支え合う友になれます」
赤毛がにこりと笑って歩み寄った。一方的に手を取られ握手される。
「親睦を深めるために食事などいかがでしょう? お連れ致しますよ」
よく周りを窺えば幾人もこちらを見ている。監視に近い。なるほど、レインが問題を起こす輩かどうか観察しているようだ。
「……食事は遠慮したい」
「おや、どうして」
レインに食事は必要ない。というか胃が消化してくれるわけでもないので食べたら吐かないといけない。穏便に済ませたくても吐き戻す労力が億劫だ。
「修行のために食事を制限してる。だから外食ができない」
「それはすごい! 一体どんな内容なんです」
「口外もできない。俺には秘密にしなきゃいけないことが多すぎるから……やっぱり仲良くするのは難しいと思う」
三人が目配せをする。全てを共有しないといけないようなコミュニティなら今後が大変だろうなとレインは身構えた。
「秘密があっても心は近くなれるはずです。では食事はやめて勉強会はいかがですか」
「講義についてなら意見交換もできるでしょう?」
「……それなら、まあ」
「よかった! じゃあ自習室に行きましょう」
赤毛が喜んでレインの腕を抱いた。こいつは気安い性格のようだ。
周囲の視線が緩む。どうやら及第点をもらえたらしい。レインは彼らに連れられ、黒い屋根の建物へ招かれた。
通常の学校とは違い、この国には教育棟というものが存在するらしい。男女で区画を完全に分けられ、学力でも細かくクラス分けがされる。同じクラスでも年齢はバラバラだった。
「ふー、外で話すのは緊張するよ」
「どこで大人が見てるか分からないからな」
「……そういう感じなのか」
三人の態度は教育棟に入った途端砕けた。表情も年相応に柔らかくなる。
「僕らは過ちを許されない。経験が浅くて過ちだらけの子供は不浄だからこうやって隔離されてるんだよ」
「ばかばかしい」
「意見が合うやつでよかった! 賢者様の弟子だなんていうからもっとお堅いかと思った」
こいつらに双子の本性を教えてやったらどうなるだろうか。国の根本が揺らぎそうだ。
「でも、いずれ僕たちもこの国の大人にならなければいけないんだよ」
金髪が憂い顔で呟いた。おそらく彼が一番年嵩で美しい顔立ちをしている。
「ねえ、レインと呼んでも?」
「好きにしろ」
「僕はハロルド。こちらがマウ、イーリー」
赤毛がマウ、長髪がイーリー。ハロルドはローブに三つの星、他の二人は二つの星がついている。
「二人は次の推薦がかかっていてね。僕が監督になって奉仕活動をしてるんだ」
「歳は同じなんだけどね」
「外じゃ気安く会話もできないよ」
「俺に取り入って良い子ぶりたいってことか」
レインが棘を隠さず言うと、ハロルドが微笑んだ。
「端的に言えばそう。でも君にもメリットがあるよ」
「たとえば?」
「大人は排他的なくせに仲良しを好むんだ。孤立していると目をつけられる。僕らという友達と一緒にいれば信用も得られるはずだよ」
つくづく面倒な国民性だ。あの双子を上に置いている時点で察するが。
「僕は普通に仲良くなりたいけどな。勉強教えてもらったり」
「外でなら付き合ってやるけど」
「えーそれじゃ間違えられない……」
「君も教育棟に来ればいいのに。どうして大人と同じ扱いなの?」
「さあな」
全ては双子の采配だ。それにレインは百年近く生きている正真正銘の大人でもある。
「ともかく表面上仲良くすりゃいいんだろ。そういうことなら今日はもう帰る」
「冷たいなあ」
レインがすげなく踵を返すと、廊下から別の生徒が歩いてきた。すらりと背が高く切れ長の目をしている。
「見慣れない子だ」
「あ……彼がレイン様です」
ハロルドが少し声を上擦らせて言った。生徒のローブには星が五つ輝いている。
「ああ、それは失礼を。私はアダムといいます。どうぞよろしく」
好青年といった振る舞いだ。
「ハロルド、彼とお近づきに?」
「は、はい。友人として付き合えそうです」
「それは素晴らしい。さすが私の見込んだ子だね」
アダムが自然な動作でハロルドの頬を撫で、ハロルドが耳まで赤くして俯く。そういう関係か、とレインはひとり納得した。こうした閉塞的な場ではよく起きることだろう。
「どんな神々しい方かと思っていましたが、可愛らしいお方ですね」
「……は?」
「線の細さや横顔は神秘を感じますが、オニキスを思わせる聡明な瞳と白く柔らかい肌は美しくも愛らしい……軽やかで清流のせせらぐような黒髪も素敵です」
レインは嫌な顔を隠さなかった。息をするように褒め言葉を並べる奴は信用ならない。
「ぜひ私も貴方とお近づきになりたいです。握手していただいても?」
伺う形だけ取りながらすでにレインの手に触れている。ただ握るだけではなく指先でなぞるように手のひらに触れられて、レインはぞくりとした自分に辟易しながら手を振り払った。
アダムの目が怪しげにレインを見下ろす。これこそ賢者に似た視線だ。レインを『そう』見た。近づかないほうがいいだろう。
「……失礼」
「またお会いしましょう」
何故こんなに欲情されるのだろう。賢者がなにか仕込んだとしか思えない。だって封印される前はこんなことは起こらなかったのだから。
ムカムカしながら宛てがわれた部屋に帰ると、ご丁寧に双子からの呼び出しの手紙が置いてあった。気が滅入ってしかたがない。
「はあ……」
着実にレインのため息は増えていた。
ともだちにシェアしよう!