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向日葵

 数ヶ月前のその時も、夜中の病院のトイレに閉じこもって手を洗っていた。落ち着いてきたなと思い、蛇口を止めようと体を起こして手を伸ばした瞬間、視界に入った鏡に違和感を覚えた。それを確かめようと、視線を鏡へと向けると。  は?  にわかには信じられなかった。自分が映っているはずの鏡に、見知らぬ男の姿があった。茶髪の若い男だ。驚いて目を見開いている。  しばらくその男と見つめ合っていた。混乱して頭が全く回らない。この信じがたい状況を理解しようとするが、上手くいかない。  でかい目だな。  男のその、印象的な大きな瞳を見て、ぼんやりとそう思った。やがて、男の視線が自分の服へと向き、背後へと向いたのがわかった。どうやら興味津々に自分のことを探っているようだった。  なんとなく苛ついた。勝手に千晃の前に現れた上に、顔をじろじろと見られて。日本人離れした容姿の千晃が幾度となく経験してきた、初対面の人間が見せる好奇心丸出しの視線。警戒心と不快感いっぱいに男の顔を見つめ続けた。  千晃の背後を眺めていたその男の視線が戻ってきて、しっかりと目が合った。  ()められたくない。  そんな自分でもよくわからない虚栄心みたいなものが働いて、(にら)むようにその男を見返した。  が。そんなガラスのような虚栄心は、その男がふいに見せた表情で見事に砕け散った。  男が見せた表情は、まるで真っ暗な闇の中で、ぱっと明るく咲いた花のような笑顔だった。そう。大きな向日葵(ひまわり)みたいな。  そして。自分でも信じられないことだったが。その笑顔につられて、軽く微笑み返す自分がいたのだった。

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