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自信がない

 その日をきっかけに、千晃とは時々ジムで会うようになった。約束をしているわけではなかった。しかし、なんとなくお互い会えそうな時間にジムを訪れるようになった。千晃のスケジュールについては会話の中で大体把握していたし、誉の定休日も千晃には伝えてあったので、2人がジムで定期的に会うのはそれほど難しくもなかった。もちろん千晃に急患などが出れば会えなくて残念な時もあるが、週に一度か少なくとも2週に一度は会うことができた。  そして不思議なことに、この頃には鏡の中で会うことはほとんどなくなっていた。  千晃の連絡先はあえて聞かなかった。千晃も聞いてはこなかった。千晃の意図はわからなかったが、誉は千晃との関係がこれ以上、親密にならぬよう気をつけていた。  それは、面倒に巻き込まれないためという、今まで関係を持ってきた男たちへの対応とは全く違う理由からだった。  自分の中に自然と生まれた感情。自分は千晃に()れている。たぶん、鏡の中で会った時から()かれていた。それが確信に変わったのはあの、休憩室で会話を交わした夜だった。こんな風に人を好きになれるとは思ってもみなかった。今まで、いいなと思う男が現れたことがあるにはあった。でも、期待するのもさせるのも嫌で、すぐに打ち消すことができるような微々たる感情でしかなかった。  だけど、千晃に対するそれは違う。打ち消そうとする間もなく、もの凄い速さで()かれていった。気づいたら、どうしようもなく好きになっていた。  恋愛には一生縁がないと思って諦めていた自分を、こんな気持ちにさせてくれた千晃には感謝している。ただ。 『お前には、愛情を受ける権利も、資格もあると思う』  千晃はそう言ってくれたけど。自分はやっぱり自信がない。人から愛されることを求める勇気もない。それが、千晃に対してならなおさらだった。今の自分では、千晃には釣り合わない。  千晃に言われたから。もう自分を卑下するつもりはない。卑下しないように、今の底辺の自分から抜け出させるよう努力をすることを決めた。逃げ出さないように。  だからいつか。千晃の隣にいてもふさわしい自分になったら。恥ずかしくない自分になったら。受け入れてもらえるかはわからないけれど、千晃にこの気持ちを打ち明けよう。そう思った。それまでは、自分が暴走してしまわないように、気持ちにストッパーをかけておきたいのだ。 「今日、面白かったな。あの新しいトレーナーの人」 「そうだな」  今夜はちょうどジムの受付で千晃と出くわした。そこで、最初から一緒にトレーニングをして、サウナに行き、最後は風呂に入って、いつもそうするように休憩所でのんびりと寛いでいた。  人がいない時は、マッサージチェアに寝転がりながら会話することもあったが、今夜は椅子に座って、スポーツドリンクを片手に、とりとめない話をしていた。 「千晃のこと、外国人と間違えてたよな。変なカタコトの英語で話しかけられてたし」 「ハーフに間違えられることはよくあるけどな。最初からカタコトで英語は初めてだな」 「まあ、千晃は日本人離れした綺麗(きれい)な顔してるから」 「生粋の日本人だけどな」  千晃がちらっと携帯の画面をチェックした。千晃は、急変の患者や応援要請などが突然入ることも多いので、常に携帯を傍に置いている。ふと、千晃が話題を変えてきた。 「そういやどうなった? 再就職」 「ああ、うん。資格の勉強したいし、とりあえずバイトできたらなと思って、今、探してる」 「そうか。……なんの資格かは教えてくれないんだろ?」 「ん……なんか恥ずかしいんだよ。まだ始めてもないし。ちゃんと勉強続けられたら教えるから」 「わかった」 「まあ、今までの貯金もあるし、生活費を維持できるならどんなバイトでもいいとは思ってるんだけど。夜の飲食業はもう避けたいから」 「そうか」 「ん」

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