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キャンディ・レイン (晃亮×遥)
・晃亮×遥
・雨ネタ
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side.Kousuke
「……………」
気付いて上を見上げた時には、
既に無数の雨粒が地面を濡らしていた。
さっきまで人通りのあった道にも、
俺以外の影は見あたらない。
『あっち~なぁ、』
“アイス食いたい”
汗ばんだシャツをパタパタしながら、
遥がぽつりと溢した台詞。
遥が食べたいならと立ち上がった俺を、最初は止めた遥だったが。
『ならシャリシャリしたソーダのヤツな?』
買いに行くと譲らない俺に折れた遥は、笑いながら万札を手渡した。
ついでにビールとつまみも、と付け加えて。
(あ…………)
そうしてコンビニの帰り道。
俺は今、突然降りだした雨に身を打たれている。
皆が雨から逃げるよう、慌てて走り出したが。
俺だけ時間が止まったよう、その場で立ち尽くす。
もう随分濡れてしまったし、
今更走っても仕方がないと思ったからだ。
「……………」
夏本番だと言うのに、
刺すような勢いの雨は俺の身体から熱を奪っていく。
コンビニから出た瞬間は蒸し暑く、
汗が噴き出すぐらいだったのに。
今は震えるほど寒いような感覚に襲われ、
無意識に拳を握り締めた。
それは雨で身体が冷えたから、とかではなく。
まるで自分だけがここに取り残されたような、
そんな気がしたから、だった。
ドス黒い雲が覆い尽くす空から、地上へと視線を移す。
人気はゼロ、アスファルトを打つ雨の飛沫が霧みたいになって、辺りは殆ど見渡せない。
耳に入るのは激しい雨音と、微かに届く車の走る音。
五感の全てを奪われたかのような状態に。
俺の中に潜む闇が、少しずつ蠢き始めた。
遥と会う前。
酷く荒れて喧嘩した後に時折、今みたくわざと雨に打たれたりする事がよくあった。
なんとなく、そうすることで…この血塗られた身体を洗い流せるような気がして。
そんな子ども染みた意味合いが、あったのかもしれない。
とは言っても。あの頃の俺は、そんな感情にも気づけないほど、空っぽな人間だったが…。
(さむ、い…)
あまりにも冷たい雨に、身体が竦 む。
小さく震えて止まらない腕を、反対の手で無理矢理に抑えつけた。それでも、止まらない。
もう前とは違うから、昔のようになる事も少なくなった。
ただ、現状の満たされる感覚に慣れないせいもあって。
こういった何気ない出来事をきっかけにして。
不安定になってしまう時があるのも、確かだった。
仕方がないと言えば、それで終わりだが。
そう言うと、遥はいつも本当に困った顔をして。
俺の頭を撫でてくれたんだ。
(………か、)
思い出すと、本能みたく欲に駆られる。
さっきまで一緒にいたのに。
ずっと会ってなかったみたいな衝動に追われ、胸がぎゅっと痛くなった。
「……る、か、」
なんとか絞り出した声は、雨音に掻き消され、誰にも届く事はなく。俺の闇を促すようにして、雨は更に勢いを加速させる。
「はる、…か、」
こんな時は、名前を呼んで欲しい。
いつもみたいに笑って、遠慮なく触れてくれればいいんだ。
許してくれるなら、俺からも触りたい。
ずっとずっと、なんてわがままは言わないから、だから、
「晃亮。」
「は、る」
出来るだけ、お前の傍にありたいと。
強く強く、願うんだ。
「スゲェ天気悪ィのに、お前傘持ってかねーから。」
「はるか、」
俺にとことん甘い遥なら、きっと笑って許してくれるんだろう?
「はるか、はるか…」
「たく、こんなに濡れやがって…夏でも風邪引くんだぞ?」
ほらよ、と傘を差し出す遥に手を伸ばす。
遠慮がちにも抱き付いたら、困った顔して頭をガシガシされた。濡れたシャツ越しに遥の熱がじんわり伝わってくる。
たったそれだけで、
俺の中にいた闇は何処かへ消えてしまった。
「こりゃ、先に風呂だなぁ。」
家に帰り、溶けかけのアイスを冷凍庫に投げ入れながら、遥が溜め息を吐く。
「ふろ…」
「コラ晃亮、いい加減に離れ────…たく、しょーがねぇなぁ。」
濡れたまましがみついてたら、遥が困ったように笑った。それから目配せして、俺が今願うことを必ず叶えてくれるんだ。
出会った時からずっと、そうだったから。
「野郎二人じゃ狭いんだっつの。」
やっぱり遥は、甘い。
…end.
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