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弟の好むもの

 ハーディアス侯爵家の当主になったのは、俺が十八歳の時だった。その年、前侯爵だった父と母が、領地へ行く途中、橋が崩落してそろって没したため、俺は若くして爵位を継ぎ、侯爵になった。年の離れた弟のジェイクは、当時まだ八歳だった。俺達は、ぴったり十歳差の兄弟だ。ジェイクは、多分寂しい思いをしたのだろう。両親が亡くなってから、俺に抱き着いてくる事が増えた。俺は抱きしめ返して、小さな弟の、柔らかな髪を何度も撫でていた。  今年で、俺は三十七歳となった。既に貴族としては、俺はそれなりの立場にある。国政に関わる事もある。ハーディアス侯爵として、俺は家を維持し、領地を守っている。 「パリス兄上」  俺が書斎で一仕事終えた時、扉が開いてジェイクが入ってきた。  顔を上げて、俺は微笑した。 「座れ。すぐに紅茶を用意しよう」  久しぶりに家に帰ってきた弟を見て、俺は誇らしくなった。二十七歳になったジェイクは、まだまだ若いのだが、その実力から、騎士団長となった。今では筋骨隆々とした逞しい体をしていて、よく引き締まった筋肉を持っている。無駄のない筋肉だ。細マッチョとでもいうのだろうか。長身で、とっくに俺より背丈が伸びた。  艶やかな弟の黒髪と、同色の瞳を見る。俺の髪は金髪で、目は紫だ。色彩は、俺達は似ていない。俺はハーディアス侯爵家に多い色を持って生まれ、弟は母に似た。  俺は自分の手で、ジェイクが好むミルクティーを淹れて、テーブルの上に置いた。  まだジェイクは、立っている。 「座ってくれ?」 「ああ。だが、その前に」  ジェイクが俺に抱き着いてきた。もう子供ではないのだが、ジェイクは昔と変わらず、俺を見ると必ず抱き着いてくる。大きくなっても中身は子供なのだなと、俺は苦笑しながら、ジェイクを抱きしめなおす。ただ最近は、ジェイクの方が大きいから、俺は抱きすくめられているような形になる事が多い。俺は小柄で華奢な方だ。 「兄上、大好きだぞ。愛している」 「俺もジェイクの事が大好きだ。可愛い弟だよ、ジェイクは」 「――弟、か。そうだな。兄弟なのだから、俺には兄上を抱きしめる権利がある。そうだろう?」 「ああ。いくらでも抱き着いてくれて構わない」  俺がそう述べると、ジェイクが不意に、片手の指で、俺の右耳の後ろを撫でた。驚いて、俺はピクンとしてしまった。するとその耳へ、ジェイクが息を吹きかけた。たまたま吐息が当たったのかもしれないが、ゾクリとしてしまう。  俺は侯爵家の維持に必死で、いまだに童貞だ。だからこんな風に至近距離で抱きしめられると、実を言えば、体が熱を孕む場合がある。ジェイクは大切な弟であるし、きっとジェイクにはそのようなつもりはないのだろうが、引き締まった体に抱き寄せられていると、俺の体の奥が、熱くなる。 「っ……」  ジェイクがもう一方の手で、俺の脇腹を撫でた。俺は声をこらえる事に必死になった。弟に触れられて感じているなどと知られたら、きっとジェイクは俺を蔑むだろう。 「兄上、今夜は、昔のように、一緒に眠りたい。兄上の寝室に行ってもいいか?」 「あ、ああ……」  俺が頷くと、ジェイクは俺の額にキスをしてから、腕を離した。  いちいち俺は、ドキリとしてしまう。もしかすると、俺は男前に育った弟に、禁断の恋をしているのかもしれない。常日頃から、弟の顔が頭に焼き付いて離れない。こうして一緒にいると、鼓動は早鐘を打つ。  その後は、ジェイクの無事の帰還を祝って、晩餐となった。  今回ジェイクは魔獣の討伐のため、国境沿いに出かけていた。二ヶ月ほどかかった討伐の間、俺はとても寂しかったが、ジェイクは頻繁に手紙をくれた。  食後、ジェイクが笑顔で俺を見た。 「兄上、眠る前に、一緒に風呂に入ろう」 「えっ」 「久しぶりに、兄上の背中を流させてくれ」  純粋な笑顔を見て、俺は断れなかった。  こうして俺達は、浴室へと向かった。俺はバスタブを見る。それから、チラリとジェイクの体を見た。腹筋が割れている。腕にも逞しい筋肉がついている。 「兄上、座ってくれ」 「あ、ああ」  促されて、俺は椅子に座る。すると俺の背後に回ったジェイクが、石鹸を手に取り、泡立てた。そしてそれを奥と、俺の背中に触れた。ゆっくりと手で肌を洗っているジェイクの吐息が、また俺の耳に触れた。思わず俺は、ギュッと目を閉じる。 「前も洗わないとな」  ジェイクはそういうと、唐突に俺の両胸の突起に触れた。 「!」  泡の付いた指先で、ごく優しく乳頭を撫でられた瞬間、ツキンと俺の体に快楽が染みいった。嘘だと思いたかったが、それを二度・三度と続けて繰り返された時には、俺の口からは声が零れてしまっていた。 「ぁ……ァ……っ……」  それでも必死にこらえようとして、俺は体に力を込めて、唇を引き結ぶ。しかしジェイクの泡まみれの指先は、俺の乳頭を執拗に洗う。 「ぁぁァ……っッ」  頭が真っ白に染まっていき、気づくと俺は勃起していた。弟に気づかれるのが怖いと思った瞬間、ジェイクに右手で、陰茎を握られた。 「兄上、ここも洗わないとな」 「っ、ぁああ」  泡まみれの手はぬるぬるしている。その手で二度扱かれた時、俺はあっけなく射精した。必死で息をしながら、俺はぐったりとしてしまい、背後にいたジェイクに体を預けた。するとジェイクは俺を抱きしめ、再び胸を洗い始めた。ジェイクの熱い胸板の肌と、俺の背中の肌が密着している。 「あっ、ああ、っ、あア!」  左の乳首を捏ねられながら、再び陰茎を擦られる。もう声を、俺は堪えられない。 「んぅ……っ、あ」  だが今回は、ジェイクは俺をイかせてはくれず、俺の耳元で囁いた。 「綺麗になったし、お湯で流そう」  ぐったりとした俺に、ジェイクはお湯をかけ、泡を洗い流した。  果てたくてたまらないまま、俺は熱い体で震えながら、浴室から連れ出された。  寝室に付属の浴室だったのだが、俺が服を着る前に、ジェイクは俺を抱き上げ、俺が目を丸くしている内に、寝台の上へと下した。「 「続き、するか? どうする? 兄上。兄上はどうしたい?」 「な……そ、その……」  出したい。だが、ジェイクの前で、そんな事は出来ない。一度浴室で放ってしまったが、それとこれとは話が別だ。しかし俺が言い淀んでいると、俺にのしかかり、ジェイクが俺の鎖骨の少し上に口づけた。強く吸われて、キスマークをつけられた瞬間、俺の体がカッと熱を帯びた。そのままジェイクは舌で俺の肌をなぞり、右胸の突起に吸い付いた。 「ひぁ……」  舌先でチロチロと舐められると、また胸から快楽が染み込んでくる。 「兄上は、顔も体も心も、本当に綺麗だな。気持ちいいだろう? 素直になってしまえばいいのに」  そういうと、ジェイクが甘く俺の乳首を嚙んだ。 「あ、あああっ」  目を伏せ、俺は睫毛を震わせる。気持ちいい。それは間違いな。だが俺の中では、葛藤がある。今は大きくなったとはいえ、ジェイクは可愛い弟だ。俺達は、実の兄弟だ。俺がもしここで流されたら、弟に禁断の行為をさせる事になってしまう。 「ジェイク、離してくれ」 「何故? 今夜は一緒に寝てくれるんだろう?」 「そ、それは……っ」 「兄上。俺は好きだと伝えたはずだ」 「家族愛だろう? 兄弟愛と、この行為は――」 「俺は性愛の対象として、兄上を好きだと思っている。兄上を抱きたい。離れていて、とても強くそう思ったんだ。もう我慢が出来ない」 「ああっ」  ジェイクが指を俺の後孔に差し入れた。俺はもう体に力が入らない。  どんどん指は進んできて、俺の中を解していく。すぐにその指の数は、二本に変わり、そして三本になった。ジェイクの指が、俺の内壁を広げるように、バラバラに動いている。 「ひぁァ――! ダ、ダメだ。それはダメだ、ああ……ジェイク!」  指を引き抜いたジェイクが、俺の窄まりに、陰茎の先端をあてがった。挿いってくる感覚に、俺は必死で頭を振る。弟に、体を暴かれるなど、あってはならない。だが、俺の体は、貪欲に、ジェイクの熱を求めている。 「あ、あ、あ」  ついにジェイクの陰茎が挿入された。一気に根元まで挿入され、腰を回すように動かされ、俺はすすり泣く。あんまりにも気持ちがよくて、何も考えられなくなっていく。 「兄上。兄上は、俺をどう思っているんだ?」 「あ……」 「きちんと教えてくれたら、もっと気持ちよくしてやるぞ?」 「ああっ……俺は、俺も……でも……あっ!」  ジェイクが俺の感じる場所を押し上げた状態で動きを止めた。俺は震えながら、ジェイクの陰茎を思わず思いっきり締め上げた。俺の中が収縮し、ジェイクの陰茎を絡めとっている。 「あ、ああ……ひっ、動いてくれ、動いて、あ、あ、あ」  俺は思わず呟いた。自分が何を口走っているのか、もうよく分からない。 「そのためには、兄上の気持ちを聞かせてもらわないとな」 「あ、あ、俺も好きだ。あ、あああ!」 「それは家族愛か? 兄弟愛か?」 「違っ、俺もずっと、ジェイクに恋をしていて、愛していたんだ」 「それが聞きたかったんだ。兄上が俺を見る目は、どんどん艶っぽくなっていったから、そうではないかと思ってはいたんだ。あんな目で見つめられたら、好きにならない方が無理だ。俺は兄上の瞳に陥落したんだよ」  ジェイクが激しく動き始めた。俺は体を貪られ、最奥を突き上げられた瞬間に射精して、意識を手放した。  目を覚ますと、俺はジェイクに腕枕をされていた。 「気が付いたか、兄上」  優しい顔をしているジェイクは俺の髪を撫で、俺の頬にキスをした。その感触で、一気に覚醒した俺は、真っ赤になって、弟を見る。それからすぐに、蒼褪めた。 「こ、こんな事、誰かに知られたら……」 「俺は構わないが?」 「俺達は、兄弟なんだぞ? 血を分けた兄弟だ。許されることではない」 「だが、気持ちよかっただろう?」  その言葉に、再び俺は赤面した。羞恥を覚えて涙ぐむ。それは否定しようのない事実だ。 「兄上は、俺を好きで、そして俺も兄上を愛している。聖典の神は、愛があればいかなる立場同士でも結ばれて構わわないと説いている」 「!」 「つまり俺と兄上は結ばれてもいいんだ。兄弟同士が禁忌だなどというのは、古い言い伝えに過ぎない」 「で、でも……一般的に……」 「兄上は、古風な考えに囚われているだけだ」 「……」  果たしてそうなのだろうか。自信たっぷりに言い切ったジェイクを見て、俺は言葉を失った。 「兄上、自分の気持ちに素直になってくれ」 「……」 「俺のことを愛してくれているんだろう?」 「そ、そうだ。俺は、ジェイクが好きだ。だからこそ――」 「だったらそれでいいだろう? 俺は兄上を、恋人として愛したい。兄上、俺を兄上の恋人にしてくれないか?」 「っ……そうなれたら、幸せだとは思う……」 「では、なればいい。今日から、俺達は、恋人だ」 「……っ」  俺は、そのまま押しきられ、小さく頷いてしまった。  俺を横から抱きしめて、ジェイクが再び俺にキスをする。その夜俺は、ジェイクの腕の中で微睡んだ。  こうして、俺とジェイクは、兄弟だというのに、恋人同士になった。  誰にも言えない秘密の関係だが、二人きりの時、ジェイクに愛の言葉を囁かれる度に、俺は絆されてしまい、その状況が幸せだという事を、もう認めざるをえなかった。そもそも俺はずっとジェイクの事が好きだったし、両思いだと知った時には、胸が幸せで満ちたのは間違いない。そして今はもう、この関係に後悔はない。俺のせいで、ジェイクが禁断の道に進んでしまったと思ったが、俺はその道を共に歩くことに決めた。ジェイクと二人ならば、きっとどんな困難も乗り越えられる気がする。  ジェイクは現在、騎士団の遠征中だ。  俺はジェイクから届いた手紙を、執務室の机に座って開封した。取り出した手紙には、愛の言葉が綴られている。 「早く会いたいな」  俺は微笑し、何度もその手紙を繰り返し読んだ。  次にジェイクが帰ってきたら、何を話そうか。俺も、たっぷりと愛の言葉を伝えたい。  ――その後、俺とジェイクは、恋人同士として、何度もお互いに愛を囁きながら、密やかに関係を深めていった。兄弟として極限まで元々親しかったはずなのだが、恋人として見ると、まだまだ知らない事があって、俺は子供だと思っていたジェイクが、ある意味俺よりもずっと大人だったと思い知らされる。ジェイクはいつも余裕たっぷりに笑っていて、俺を逞しい腕で強く抱きしめる。それは、俺にとってはとても幸せな事だ。  今日も俺達は、二人で紅茶を飲んでいる。ミルクティーの香りが、室内に漂う。 「兄上、愛している」  ――俺も、弟を、愛している。  ―― 了 ――

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