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【番外】旅立ち前夜(ミズワルとハロルド)
――時は、少し遡る。
ある曇天の日、薬缶を火にかけながら、ミズワルは窓の外を一瞥していた。白い雲が街を圧迫するように低く広がっている昼下がりの事だった。それから卓上に広げている大陸新聞を一瞥した。見出しは、『勇者一行、魔王討伐に成功』である。そこには、下手な似顔絵が描かれていて、『討伐したのは、聖剣の勇者ルクス、月灯の魔術師ロビン、暁の聖者ハロルド、疾風の弓師ミズワル』と書いてある。
弓師として、少し前まで旅をしていた己の事を、漠然とミズワルは回想していた。
魔王に唯一対峙出来ると言われていた伝説の聖剣を引き抜いたルクスは兎も角、ミズワルがその勇者の一行(パーティ)に加わったのは、ただの偶然である。
あの日は、たまたま森で害獣狩りをしていた。そこで、他の三名に遭遇し、偶発的に、魔王の軍勢の討伐に関わる事になってしまったのが契機である。
常に冷静沈着なミズワルは、元来大それた事をする性格ではない。自発的に魔王を討伐しようと考えた事も無かった。だから、次の街まで、その間だけ、勇者達と行動を共にする予定だったのだが――その次の街の宿屋で、同じ部屋になったハロルドに押し倒された結果、その後の運命が大きく変わった。押し倒されたとは言っても、ハロルドはミズワルの上にのり、自分の後孔にミズワルのものを受け入れて、一人腰を動かしたのであり、ミズワルがタチ側だ。普段はゆったりした服をまとっている為、体の輪郭が見えないハロルドの、思いのほか華奢な腰に手をかけた時、ミズワルの雄は昂ぶった。
慎重な性格である彼は、これまでに一夜限りなど、ほぼ経験した事が無かった。
一方のハロルドは、聖職者でありながら、さながら運動(スポーツ)のように、討伐後は衝動を解放する質だったらしい。よってハロルドにとっては、ミズワルは当初、一夜限りの相手という認識だったようだと、ミズワルは判断している。筋骨隆々とした逞しいミズワルの体に惹かれたらしい。ミズワルはそれが少し寂しいと感じたが、以降の旅路において、特に何を言う事も無かった。ただ、ハロルドをもう少しだけ見ていたくて、旅に同行する事に、気づけば同意していただけだ。
その後、ハロルドがミズワルを誘う事は無く、変わらず彼は一夜限りの相手を求めているようで、それを知る頃には、ミズワル自身、『そういうものなのだろう』と受け入れていた。
そんな関係が変化したのは、魔王軍の四天王の一人と対峙した時に、ハロルドを庇ってミズワルが大怪我をした時の事である。特殊な魔力がこもった攻撃だったせいで、ハロルドの回復魔術をもってしても、すぐには全快しなかった。そんなミズワルを見て、ハロルドが泣いた。泣き止まなかった。声を上げるわけではないのに、静かにずっと泣き続けていた。その横顔を見ていたら、ミズワルは、もう他の誰にも、ハロルドを渡したくはなくなってしまったのである。だから告げた。
「好きだ」
「――馬鹿だな。俺、もうずっとミズワルの事しか見ていなかったのに」
「それが本音ならば、もう俺以外と寝ないか?」
「ミズワル……そんな気配ゼロなのに、また、俺とシてくれるの? てっきり汚いと思われてると思ってた」
「汚いとは思わないが、考えてみると嫉妬はしていたのかもしれん」
この日から、二人の関係は、恋人という名前に変化したし、ハロルドはミズワル以外の他の誰かと体を重ねる事は無くなった。
そして魔王を無事に倒した時、報奨としてミズワルの出身国に法改正を求めて、同性婚を認めてもらった。慎重なミズワルは、一度愛したら、その愛のために全てを盤石にする。ハロルドはミズワルの生まれた国の籍を取得し、少し照れながら、お揃いの結婚指輪をはめた。二人で並んで銀細工の店で買った品だ。
そんな過去があって、そう、これはもう過去の事で――現在は、勇者一行という形ではなく、ミズワルとハロルドは二人で旅をしながら生活をしている。婚姻した国で家を建てるという案もあったが、元々互いが旅をして生活をしていた為、定住するという考えがこの時にはまだ馴染めなかったのである。
その時、扉が開く音がした。ここは、短期で借りている二人の家だ。暮らす、という生活を疑似体験しようと、旅先の街で適宜二人は家を借りる事が多い。
「ミズワルー! ロビンから手紙が着てたよ! 見て、これ。信じらんない!」
勢いよく入ってきたハロルドが、開封済みの手紙を片手に、目を丸くしている。冷静な顔で、ゆっくりとミズワルが視線を向ける。切れ長の目をしたミズワルは、黒い短髪を揺らしながら、銀糸の髪をしているハロルドを見た。ハロルドは碧い瞳を瞬かせる。銀色の睫毛も同時に揺れた。大きな足音を響かせてハロルドが、ミズワルに歩み寄る。床が少しばかり軋んだ音を立てた。
バンと新聞の上に、ハロルドが取り出した便箋を置く。視線を落としたミズワルは、緩慢に瞬きをした。
「……」
明るく表情豊かなハロルドと、冷静沈着で寡黙なミズワルは、本当に対照的だ。ミズワルは、無骨な指で、達筆なロビンの文字をなぞる。
曰く――ルクスが恋をしたらしい。
「俺気になる、すっごく気になる、あの本命を作らなかったルクスが、恋!」
「……そんなに不思議な事か?」
「だって今まで、たったの一人も本命なんていなかったんだよ?」
「それはハロルドとて、最近まで同じだったんじゃないか?」
「っ、た、確かに! 俺、ミズワルと出会うまでは本命なんていなかったけどさ……その……」
何気ないミズワルの声に、ハロルドが照れた。それを見ながら、吐息に笑みをのせ、ミズワルが立ち上がる。そしてよく日焼けした手で、薬缶を火からおろした。それから二人分の薬草茶を用意する。ホッとする甘い味がするお茶だ。
それを卓上に置きミズワルが座り直すと、対面する席にハロルドが腰を下ろした。
「俺……ミズワルの配偶者になれて、嬉しい」
「そうか」
淡々と頷き、ミズワルがカップを手に取り傾ける。それを見ながら、チラリとハロルドが上目遣いでミズワルを見る。
「ミズワルは?」
「法という拘束力を用いてお前を貰ったのは俺だ」
「それは……そうだけど、その……俺、もうミズワルだけだからね? 本当だから!」
「別に不安に思っているわけではない。ただし、ハロルドがそのように思ってくれるようになったわけだから、別段ルクスに本命が出来たと聞いても驚かんというだけだ」
ミズワルが述べると、何度かハロルドが頷いた。
ハロルドとしては、ミズワルに一目惚れしていた為、初めは気が惹きたくて、その後は叶わぬ想いの辛さから、多くと関係を持ってしまったという内心がある。まさかこのように幸せになる日が来るとは思ってもいなかったのだ。その為、爛れた過ちをミズワルに知られているという負い目があったりもする。
それでも、今が幸せだった。それは、ミズワルにとっても同じである。二人の共通見解だ。
――その日は半月だった。
「ン……」
寝台で二人は睦み合う。ハロルドの両手首を握り、押し倒しているミズワルは、膨張した屹立で深々とハロルドを穿っている。巨大で長い陰茎を受け入れる度、ハロルドは白い喉を震わせる。
「ぁ……ッ……ンん」
じっくりと怒張を進めたミズワルに対し、嬌声を零しながら、ハロルドが潤んだ瞳を向ける。両手首を取られている為、身動きが出来ない。荒々しく動くミズワルは、本日はいつもよりも獰猛だ。奥深くまで挿入しては、ギリギリまで引き抜き、その後は激しく打ち付ける。そうされると、感じる場所に刺激が響いてきて、ハロルドは訳がわからなくなっていく。
「ぁ……あ、あア! ミズワル、ぅ、あ、あああ!」
ハロルドの声が、ミズワルの体を昂ぶらせる。皮膚と皮膚が奏でる音が響き、室内には二人の荒々しい呼吸が谺している。
「ンああああ! ア! ああっ、うあ、ああああ!」
一際強く突き上げられた時、ハロルドは果てた。ミズワルも中へと放つ。
ぐったりとしたハロルドの、汗で張り付いた銀糸の髪を、ミズワルが体を引き抜きながら見据えた。そして横に寝そべると、両手の上に顎を乗せた。
「行くか」
「え?」
「ルクスの事が気になるんだろう?」
「う、うん」
これが、二人がカイエの街へと旅立つ前夜の事だった。
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