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第1話

 僕は同学年の魔導士見習いの方でも、大分出来損ないの方だと思う。  魔力量は人並み以下、中級魔法もろくに使えず、覚えられたのは最も簡単な水属性の魔法のみ。二属性以上覚えるなんて夢のまた夢だ。  魔法学園内で『役立たずの出来損ない』といえば、大抵の場合は僕ことランディ・グレンを指す。卒業後は学園外でもその名を轟かすことになることだろう。クソッタレめ。  なんだって火属性魔法の名家なんぞに生まれてしまったのか。僕は魔法より剣の方が余程得意なのだ。  まあ、身長も体格も平均なので、騎士団に入れるかと言うとそれも無理な話だが。剣技や格闘技術とは別の判定で、入団資格に身長制限がある。  そんなんだからお飾りだとかなんだとか言われんだぞ、と思ったが、これは単なる僕の負け惜しみなので気にしないで欲しい。我が国の騎士団は大陸内でも優れた歴史を持つし、魔獣討伐数は随一だ。彼らによって世界の平和が守られていると言っても、まあ過言ではない。  生まれが生まれなら、正資格冒険者になりたかった。そんな甘くはない世界だが、どうせ死ぬにしたって、こんな向いてない場所で嘲りを受けながら死ぬよりはマシだろう。  兄の身体さえ丈夫だったらなあ、と思ったりもしたが、流石にそれは酷な話だ。兄の身体が弱いのは、兄のせいではないのだし。大体、あの人いい人だし。嫌な人の方がまだ良かったかもしれない。  早いところ婿でも嫁でも来てもらわないことには逃げ場がないのだが、役立たずで出来損ないのゴミことランディ・グレンと結婚したがるような阿呆は、少なくとも学園内にはひとりも居やしないのである。  絶対にいない。居たら正気を疑う。多分罰ゲームかなんかだと思う。  僕は確信していた。 「……付き合って欲しい? 僕とですか?」  なので、学年首席の麗しの女神様(男)に告白された時も、至って冷静でいられたのである。  だって罰ゲームだし。  対面に立つのはルネ・サールテク。僕と同じく十七歳の彼は、僕より頭一つ分は上の身長と恵まれた美貌を持つ、天才的な魔導士見習いだ。  その美しさと優れた才、誰にでも分け隔てなく接する非の打ち所がない人格に、入学から半年も経つ頃には『女神様』と呼ばれるようになった男である。  神話の女神とよく似た長く艶やかな銀髪と、紫水晶のような瞳の美しさを見れば、まあ確かに『女神様』と呼んでも差し支えはないだろう。身長にも体格にも恵まれているし、女性的かと言えばそうでもないのだが、妙にしっくり来るのが恐ろしいところだった。  そんな女神様は、少し照れくさそうに微笑みながら、横に流すように一つにまとめた髪の毛先を軽く弄んでいた。 「うん、俺と付き合って欲しい。グレンくんが嫌ではなかったら、だけど」  これで僕がクソカスの役立たずではなかったのなら、『なるほどな、サールテク家はルネの才で爵位を得たような家柄だし、歴史ある貴族との繋がりを持とうという訳だ』と納得出来たのだが、残念ながら僕はクソカスの役立たずである。  五属性を司る高位貴族は他にあと四つもあるし、なんなら名家だけで探せば選び放題だ。僕を選ぶメリットはない。  ふーん。  『女神様』ってこういうことするんだ。  僕の感想としてはそれである。誰にでも分け隔てなく優しい女神様は、優しすぎるが故に同級生の悪ふざけを断り切れなかったに違いない。グレンに罰ゲームで告白してこいよ、どんなキモい返事したか聞かせてね、となったに違いない。  要するに、僕という人間は女神様の『優しくするべき人間』には入っていないということである。  へー。あっそ。  首謀者たちは何処に隠れているのか。気配を探るのは得意な方だが、よほど上手くやっているのか魔道具無しの今は見つけられそうもない。これだから魔法の才能に乏しいと面倒で困る。  特定できない以上、さっさとこのクソみたいなイベントを終わらせた方が早い。 「いいですよ。その代わり僕の言うこと全部聞いてくださいね、恋人に反論されるのムカつくので」  そういう訳で、僕は半ばヤケクソ気味にクソ野郎発言を繰り出した。  元よりこれ以上ない程に地に落ちた評判である、何がどうなろうと構やしなかった。むしろドン引きしてこの悪ふざけをとっとと終わらせてくれたら万々歳だった。  ルネは長い睫毛に縁取られた瞳を二、三度瞬かせて、少し迷ったように口元に手を当ててから、ゆったりと微笑んだ。 「分かった。グレンくんの言うことは全部聞くよ」  綺麗な笑みだった。僕でも見惚れてしまう程には。  そのお綺麗な笑みで、あとで『あの人こんなこと言ってきたよ』なんてお仲間さんたちと笑い合うのだろうか。  落ちこぼれの役立たずを揶揄うのがそんなに楽しいのか。楽しいだろうな。あいつらはいつだってそうだ。遊んでも良い相手を見つけて、憂さ晴らしをすることばかり考えている。 「そうですか。じゃあ此処で下着脱いでいってください」 「……え?」 「聞こえませんでした? 下着脱いで置いてってください。今日もう授業ありませんし、別に履いてなくても困んないでしょ」  あーあ。  結局僕も、あいつらと同じようなことをしている。  最悪だった。が、特に口は止まらなかったし、取り消す気にもならなかった。先に揶揄ってきたのはそっちである。  優位に立ったつもりなのに、なんだか妙に惨めだった。何言ってんだよ僕。  でもさあ。けどさあ。もういいだろ。放っといてくれよ。なんだってわざわざ構うんだよ。  僕が出来損ないの役立たずなのは誰より僕が知ってるんだから、お前らにわざわざ言われるまでもないし、出来損ないのゴミ相手だからって何してもいい訳じゃねーんだよ。  もし此処でルネが下着を置いていったなら、少なくとも戻ってから僕を笑いものにするにしてもノーパンで居るだけで情けない思いはするだろう。  置いていかなかったならいかなかったで、その時は別れてやればいいのだ。『残念でしたね、五分も騙せなくて。堪え性ないんですか?』とでも煽ってやればいい。煽ったところで僕の負けだが。 「早くしてくださいよ、さっき言ったこともう忘れました? 学年首席様の割に忘れっぽいんですね」 「あ、いや、その……わ、分かった。分かったけど、その……ひ、引かないでくれるか?」 「は? 何処に引く要素あるんですか、僕が頼んでんですよ」  よく分からん会話が生じた。一体何を心配しているんだこいつは。  今一つ理解の追いつかない顔で首を傾げる僕の前で、ルネはズボンのベルトを緩め、僅かに下げた。  魔法学園の制服は、シャツとズボンの上からそれぞれの学年に見合ったローブを纏う。当然、ズボンを脱がなければ下着は脱げない。だが、ルネはズボンを足から抜くことなく、その下着を手に僕へと差し出した。 「え、ええと……わ、渡せばいいかな。それとも、地面に置く?」  紐パンであった。  黒い総レースの。  紐パンであった。 「……グレンくん?」  ルネは紐パンを握り締めたまま、真っ赤な顔で、戸惑ったように首を傾げていた。  まあ、それはそうだろう。突然下着を脱げと言っておいて、言う通りに脱いだら固まっているのだ。疑問にも思って当然だ。  だがまあ、その思いはこっちも同じである。  なんでこいつ紐パン履いてるんだ?  魔法開発によって同性でも生殖行為が可能になり、婚姻に性別が関係なくなってから百年以上経つ。当然下着だって服装だって性別問わず自由になったと言ってもいい。  僕が驚いているのもそこではない。問題は、黒色の総レースで、しかも紐パンだということだ。  なんでだよ。お前みたいのは、レース履くにしたって純白のハイウエストとかだろうが。なんだそれは。本当に布か? 紐しかなくないか? ちんぽを何処にどうやってしまうんだよ。見せろ。もう一度付け直せ。 「あの……」  ルネは沈黙に耐え切れなくなったのか、おずおずと地面に下着を置いた。僕はなんとなくそれを拾った。いや。だって。気になるだろ。裏表確認しちゃうだろ。意味もないのに。  本当に紐しかなかった。ほとんど。ほとんどが紐で、ちょびっとレースがついてるくらいのもんだった。 「随分エロいの付けてるんですね」 「へっ!? あ、あ、いや、あの、い、いつもはもっと可愛いのを履いてるんだ! ほんとに!」  結構なお手前ですね、みたいなノリで言ってしまった僕に、ルネは慌てふためきながら言い訳にもならない何かを吐き出していた。  へー。そうなんだ。可愛いの履いてるんだ。へえ。  だからなんだよ。今日お前が紐パン履いてることには変わりないだろ。  よく分からん呆れと共に眺めていると、ルネは随分と乱れた呼吸を無理矢理整えるように、トンチキな弁明を重ねた。 「あっ、明日! 明日はもっとちゃんと、普通の履いてくるから、だから、だから……!」 「なんですか? 明日も見ればいいんですか?」 「え。あ、いや、あの、…………」  真っ赤になって固まったルネは、そのまま三秒間停止した後、こくりと頷いた。いや頷くんかい。  どうやら黒レース紐パン野郎だと思われたのが余程参ったらしい。  明日!明日また此処で!と叫んだルネは、そのままズボンを直すといつになく焦った様子でノーパンで逃げ出していった。  ひとまず脅威は去ったと言えるだろう。だがしかし、明日もパンツを見る羽目になった。訳が分からない。  とりあえずパンツを置き去りにするのは良くないだろう、と思ったので、紐パンは持ち帰った。  さて。次の日。同じ時間、同じ場所で向かい合った僕は、ルネにパンツを見せられていた。  脱いで渡さなくていい、と言ったので、ズボンを下げてシャツを持ち上げたルネの下着を、僕が腰を屈めて見ている状態である。何やってんだろうな。  罰ゲームのために此処までするとは。女神様ってのはどうやら阿呆らしい。  まあ知っているが。本物の女神様とやらもどうせ阿呆だ。何せ、僕を火属性魔導士の名家なんぞの生まれにしやがったし。 「ふーん、確かに普通の可愛い下着ですね」 「そ、そうだろ? あれは、ちょっと、特別で、気合を入れる日とかに付けていて……」 「気合いが必要な日はあれ付けてると思っていいんですか? 実技試験の日とか?」 「え? 実技試験は、別に」 「……そうですか」  へー。そうですか。実技試験は気合いとかいらないんですか。流石〜、天才様は違いますね。  僕は三日前から不安と屈辱で眠れなくなりますよ。飯も食えなくなるし。  大体なんなんですかあの形式。何を理由にみんなの前で魔法を披露する必要があるんだよ。あんなの『出来る奴の優越感』を満たす以外の効果ないだろ。 「グレンくん? 何か怒っ、ん、ひっ!?」  なんだかイラついたので、僕は水色のシンプルな布地に包まれた股間を揉んでおいた。いつ見られるかも分からないような裏庭で下着見せてちんこ揉まれてるなんて、間抜けで笑えるからだ。  ちなみに僕は男の人も女の人もいける口なので、股間を揉むのに抵抗はなかった。貴族の中にはどうしても同性じゃなきゃ駄目だとか、異性じゃなきゃダメだとか、そういう人もいるらしい。難しいもんだなあ。 「わ、いや、ちょっ、だ、だめ」 「何が駄目なんです? 外だから?」 「いやそれは、い、隠匿魔法かけたし、違くて、そ、そんなとこ触らないでくれ!」 「恋人なんだから口答えしないでください」  どうやらルネが抵抗もなく下着を見せたのは、此処ら一帯に隠匿魔法がかかっているかららしい。天才様は用意が周到で結構なことだ。  どうにもムカついたので制止を無視して性的な手つきで揉みしだいていると、ルネのそこは明らかに硬度を持ち始めた。お綺麗な顔に似合わず立派なちんぽである。天才ってこういうとこも天才なんだ〜、すご〜い。 「ほ、ほん、とに、やめて、だめ、」  勃ち上がり切ったそれは、僕があれこれ遊んだせいでせっかくの可愛い下着からはみ出してしまっていた。  大きさの割に色は薄い方だ。あまり性交の経験はないのか、それとも使う側ではないのか。僕の予想は後者である。  だって明らかにそういう顔をしている。いや、造形じゃなくて、表情の話。  ダメだのやめてだの言っておいて、ルネはすっかり快楽を追っているようだった。下着からはみ出た先端を弄ってやる度に、シャツを握り締めた両手と、太腿が大袈裟に震えている。  頑張って喘ぎ声を抑えているらしいが、僕を見下ろす目は既に涙に濡れて蕩けていた。  なるほどな。  ルネってそっち方面でも人気だし、バレないところで上手く遊んでいるんだろう。  ついでに言えば気持ちいいことにも弱いに違いない。僕なんぞにちんこを扱かれてとろとろになるくらいだ、余程の好き物と見える。 「先走りすごいですね。元から多いんですか?」 「う、…っん、ぅ、や、」 「立つの辛かったら僕の肩に手を置いてもいいですよ。その代わりちゃんと質問に答えてください」  ルネはびくりと身体を震わせてから、そっと僕の両肩に手を置いた。シャツが垂れ下がってしまうが関係ない。汚れたところで着て帰るのはルネだし、困るのもルネだ。  可愛い下着をずらして取り出した陰茎を擦ると、分かりやすくルネの腰が引けた。 「いつもこんなびしゃびしゃになるんですか?」 「ん、う、うん……」 「へえ。一人でする時困りません?」 「りょ、寮部屋に、風呂がついてるから……」 「いいですね、首席様は違うな。で、首席様は週に何回くらいするんです?」 「え、あ、ま、毎日……」 「毎日」 「う、嘘。一回とか」 「ふーん、そうですか。次に嘘ついたら隠匿魔法解除してくださいね」 「っ、分、かった」 「ケツにちんぽ突っ込まれるの好きなんですか?」 「は、? ぇ?」 「好きなんですか?」  見上げると、首まで真っ赤に染まったルネと目が合った。綺麗な形の唇が、言葉も見つけられずに死にかけの魚みたいに開閉している。  う、とか、あ、とか暫く単音ばかり発していたルネは、僕が催促するように陰茎を擦る手に力を込めると、びく、と震えてから弱々しい声で呟いた。 「す、す……っ、すき、すき……」 「そうですか。だと思いました」  ちんぽ擦られるだけであんな顔してたらまあそうだろうよ。いやはや、一体誰に開発されたんかな。多分取り巻きの貴族の誰かかな。  お偉いお貴族様は、大抵そういうのが好きなのだ。成り上がり貴族で類稀な才能を持つ麗しの美形を手籠にするとか、そういうのな。  別に僕も嫌いじゃない。僕が立場として出来損ないのクソカスで、これが罰ゲーム告白だっていうだけで、やってることは同じようなもんだし。  普段は誰相手にこの媚顔晒してんのかなあ、なんて思いながら見上げつつ執拗に陰茎ばかり虐めていると、それまで唇を噛み締めて喘ぎ声を堪えていたルネが、掠れた声で小さく呟いた。 「グレン、くん、い、いれてくれないの」 「はあ、準備もないのに出来ませんよ」 「お、おれ、浄化魔法、使えるし、あと、」 「そうですか、僕は使えません」 「ひぎゅっ」  性交において、特に男性同士の行為では、抱く側が浄化魔法を施すのが、マナーといえばマナーである。  別にわざわざ厳密に守る必要はないので気にするだけ無駄だが、自分に出来ないことを平然と、至極簡単に言ってのける相手というのは何故こうもムカつくのだろう。ちんぽ丸出しで喘いでるような情けない姿でなかったら一発殴っていたかもしれない。  だがルネは現在ちんぽ丸出しで腰を逃しながら喘ぎ声を堪える情けない姿真っ最中だったので、僕はとりあえず尻に指を突っ込むだけで勘弁してやった。 「おっ、ん、ぃあっ、ひ、ひっ、や、ッあ!」  別の魔法も仕込んでいるのかすっかり濡れそぼった穴は、簡単に三本も飲み込んだ。  感覚からするにかなり使い込んでいるようだが、緩くはない。なるほどなあ、こういうところも『人気』なのだろう。 「ひぁっ、あ、っ、あぐ、や、やらっ、お、俺、そこだめ、」 「何処ですか? ここ?」 「そこっ、そこだめ、んゃっ、だっ、だめっ、だめっていった、」 「駄目だからなんですか。やめるとか言ってませんけど」 「やっ、やだ、ゃっ、ひっ、おっ、き、きもちい、きもちいから、」 「そうですか、良かったですね」  やりづらいんでちょっと足開いてください、と告げると、ルネは躊躇うような素振りだけ見せて、でも特に抵抗することもなく足を開いた。  ズボンを履いたままだったので、当然のように随分と品のない開き方になる。  あ、こいつドスケベだな。僕は確信した。  したところでなんだよ、と思ったが、とりあえずこんな醜態を晒しておいて誰かに言いつけたりはしないだろうから、好き勝手してやることにした。  わざとらしく音を立てるように指を動かしつつ、前立腺を抉るように撫でると、面白いくらいに情けなく甘ったるい声が上がる。 「ひっ、あっ、あ、っ、だ、だめっ、ほんとにだめっ、まって、ぐれんくんっ、まっ、やっ、い、いぐっ、いくからっ」  本当に嫌なら逃げ出せばいいのである。体格で言っても魔法の実力で言っても、ルネはいつでも好きに僕を振り払えた。  すがるように肩を掴んでおきながら、謎の気遣いであまり痛くない程度に留めているだけでもう嫌味である。  僕は構うことなく尻の穴を責め立ててやった。強強首席様は尻穴が弱弱であった。雑っ魚。 「やめっ、やめでっ、そりぇだめっ、いぐっ、いぐからっ、んっっ、きもちいっ、んぉっ♡ はひ♡ あ、いぐっ、いきますっ、もおらめっ、いぐっ、いくいくいぐっ♡♡♡」  授業中の知性溢れる物言いが嘘みたいに下品な声を上げて、ルネは達した。僕は彼の股間を見る形でしゃがんでいたものだから、悲しいことに顔面で精液を受け止める羽目になった。  ちんぽの角度がよろしくない。ケツでイクのに慣れてる割に勃ちがいいのなんなんだ。そもそも誰の許可得て射精してんだ。耐えろ。  思わず舌打ちを零すと、射精とケツイキの余韻に浸っていたルネが分かりやすく息を呑んだ。 「あ、あ、ご、ごめ、かっ、顔に……」  ルネは真っ赤な顔で冷や汗を掻きながら、恐る恐る此方に手を伸ばした。浄化魔法でもかけてくれるつもりなのかもしれない。生きてるだけで嫌味な奴だな。 「貴方みたいな人でも精液って臭いんですね」 「あ、え、」 「まあ、流石にいい匂いな訳ないか」 「え、あ、ご、ごめん……」 「何謝ってんですか? 果実の香りでもしたらそれはそれでおかしいでしょうが。てか早くズボン履いてくれます?」  落第劣等生でも、水魔法は使えなくもない。僕は自力で顔と手を綺麗にした後、未だにちんぽが丸出しのルネに冷たく言い放った。  何やら戸惑った様子のルネはしばらく僕を──というより僕の股間を物欲しげに見ていたが、やがて諦めたように下着を身につけて、ズボンを履いた。  挿れる訳ないだろうが。挿入中なんて一番無防備になる。そんな時にあいつらが出てきて殴られでもしたら堪ったもんじゃない。というか、今日も何処かで見てるんじゃないのか? 結構な趣味だな。  さっさと帰ろう。明日の予習もまだだし。  溜息すら吐きたい気分で立ち上がった僕は、そこで何やらもじもじしているルネに呼び止められた。 「グレンくん、あの、明日も会える?」 「は? なんだってわざわざ僕に言うんです? 暇潰しなら他探してくださいよ」 「え。でも、だって、こ、恋人だし」  ルネは心底狼狽えた様子で呟いた。何をそんなにこだわる必要が、と呆れかけて、一つ思い当たる。  どうやら取り巻きの奴らはこの程度の罰ゲームでは満足していないらしい。恐らくルネは下着を取られたことを話したくないために、ちゃんとした報告はしていないのだろう。  そうなると、初日に気配がなかったことにも納得が行く。上手く隠れてるのだとばかり思ってたが、見物にまでは来てないっぽいな。  『恋人』を続行させようとしている以上、しばらく付き合ってから手酷く振って笑い物にする気なんだろう。  でもそれって僕が惚れること前提なんだよな。どれだけ信奉してんだよ、誰も彼もが女神様が好きな訳じゃないぞ。  付き合ってやるのも馬鹿らしいのたが、此処で振ったところで引かなそうだ。変に渋ったせいで別の嫌がらせに切り替えられても困る。 「明日は無理です。来週末ならいいですけど」 「本当? じゃあ、寮の俺の部屋でも、いいかな?」 「…………いや、僕の部屋で」  個室にいきなり呼び出されるのはキツい。待ち伏せされていたらどうしようもないし、事勿れ主義の教師たちは報告したところで証拠がないからと碌な対応もしてくれやしない。  その点、僕の部屋ならまだマシだ。流石に部屋まで押しかけてきたら正当な理由で仕返しが出来るし。 「本当? 行ってもいいのかい?」 「ええまあ、どうぞ」  とりあえず貴重品はちゃんと別の場所にしまっとかないと駄目だな、なんて思いながら呟いた僕に、ルネはなんだかとても嬉しそうに頷いた。    △  ▼  △ 「落ち着く部屋だね」  十日後の休日。  ルネは僕の部屋のベッドに座ってそんなことを呟いた。首席様用のご立派な部屋とは違って、ベッドと机とクローゼットしかない部屋である。しかも冬は寒いし、夏は暑い。空調魔法が他より節約されてるせいだ。  成績順で部屋が割り振られるせいで、僕は入学から三年間ずっとこの部屋で過ごしている。  世辞にしたって、この悲惨な部屋で落ち着くというのはだいぶ無茶ではなかろうか。  この通り、鶏小屋並みに狭いので机の前の椅子とベッドくらいしか座れる場所がない。とりあえずベッドに座らせといて適当に勉強でもするか、と参考書を開いたところで、ルネがか細い声で切り出した。 「あの、先に言っておきたいんだが、」 「なんですか」  これって罰ゲームなんですよってことならもう知ってるから言わなくていいですよ。  吐き捨てそうになった言葉は、腐り切った矜持が邪魔をして出てこなかった。それをわざわざ先に言ったら、いかにも気にしてるみたいでダサい。  まあ、なんも気にしてませんよ風に参考書開いてんのも既にダサいのだが。  やってられんな、と思いながらページを捲る僕の後ろで、ルネは小さく呟いた。 「俺、性欲がすごく強くて」 「性欲が」 「い、今もすごくしたくて」 「はあ、そうですか」 「グレンくんに嫌な思いさせてたら悪いんだが、その、で、出来るとこまででいいから、付き合ってくれないか?」 「それって回数ですか? それともプレイ内容ですか?」 「え、ど、どっちも……です」 「そうですか」  僕は十秒考えて、ベットの下から箱を引き摺り出した。貴重品とは別に隠しておかないとならないような品なのだが、生憎と適切な置き場が此処しかなかった。  性玩具である。前に嫌がらせで送られた品々(『相手なんざ出来ないだろうしこれで慰めろよ』的な)なのだが、捨てるにも困るし、いざという時には売ろうと思ってしまっておいたのだ。そもそも成績最下位の部屋は掃除すら自力なので、今のところ誰かに見つかったこともない。 「残念ながら僕は実技評価が足りなくて勉強をしないとならないので貴方に割いてる時間がないんですよね。とりあえずそれ使って回数稼いどいてください」 「え、べっ、ベッド使っていい、って、こと?」 「他に場所があるように見えます?」 「でも、よ、汚しちゃう、だろ……」 「浄化魔法使えるとか言ってませんでした? 良いからもう黙って一人でしててください、僕まだレポートも終わってないんですよ」 「お、終わったら、してくれる?」  返事をするのも面倒なので、僕は振り返ることもなく片手を振って答えた。  惚れさせるにはセックスでもさせなきゃダメだと思ってるんだろう。逆に言えば、抱かせれば誰でも惚れるとでも思っているか。  なんだって『上位』の人間というのはそう自分に自信が持てるのだろう。ああ、そうか。認められてきたからだな。結構なことで。  溜息混じりにペンを手に取る。余計なことを考えるとただでさえ悪い効率が更に落ちるのだ。後ろのことは考えないようにしよう。  上級魔法が使えたら、応用で遮音とか出来るけどな。中級魔法もままならない僕には夢のまた夢だった。  二時間後。  一切の雑音なく快適に課題を終え、翌日の予習まで済ませた僕は、そこでふと思い出したようにベッドを振り返った。  やけに静かだったが、やっぱり辞めたのだろうか。なんて思いながら見やった先には、素っ裸で尻に太いディルドを咥え込んだルネが、真っ赤な顔で蕩けた息を吐いていた。 「あ、っ、お、おっ、おわっ、た?」 「終わりましたけど。もしかして貴方、遮音魔法使ってました?」 「う、うん。邪魔になったらわるい、から」  ずりゅ、とディルドが抜かれた穴が、くっぽり開いている。音を聞くに、出し入れしていたらどう考えても聞こえない訳がなかった。  遮音魔法は来年習う筈なのだが、首席様にとってはカリキュラムなど関係ないらしい。こっちは追いついて行くだけでも精一杯なんですがね。というか追いつけてすらいないのに、魔導士家系の嫡男というだけで付き合わされている訳だが。あーあ。早く辞めたい。 「そんだけしたら満足したんじゃないですか? 帰ります?」 「え、え? なんで? グレンくん、さっき、してくれるって……」 「して欲しいならしますけど。僕のはそこまで立派じゃないので」  そこまで、で今し方抜かれたディルドを指し示すと、ルネは呆けた顔でディルドを眺めたあと、みょん、と跳ねた。 「い、いや、あの、お、大きさは! 大きさは関係ないから!」 「一番デカいの使っておいてよく言いますね」 「違うんだ! だって、いや、その、だ、だって……」 「やっぱり大きい方が気持ちがいいものなんですか?」 「それは、その、……そ、そうだけど、大きさじゃなくて……」  じゃない訳ないだろ、と思ったが、面倒なので言わないでおいた。どうやら余程性行為がしたいらしい。  流石にこんな密室で危害を加えたら犯人が一発で特定できるので行為中に何かしてきたりはしないだろうが、必要もないのに過度に求められれば不安にもなる。何を企んでやがるんだ。  だが、このまましないでいたら意地でも帰らなそうだった。自室にルネが居座るのは大分面倒である。  天秤の両側にそれぞれを乗せ、しばらく考え込んだのち、僕は諦めてズボンを脱ぐことにした。 「分かりました。とりあえず勃たせるので少し待ってください」 「あ」 「はい?」 「いや、えっと、お、俺、舐めたらダメかな、それ」  それ、と指されたのは僕の股間である。 「ダメです」 「え、なんで。う、上手いよ俺」 「そんなこと聞いてませんが? フェラ嫌いなんですよ、やめてください」  嘘である。めちゃめちゃ好きだ。だが、陰部を信用ならない相手に咥えさせるなんて自殺行為でしかない。噛みつかれたとして、事故だとでも言われたら報告したところであらあらと笑われて終わりだ。そもそも報告なんざしたくもないが。  でも、と言い募るルネを押さえつけ、ベッドに寝転ぶように押し倒すと、比較的素直に従った。仰向けに寝転がるルネを眺めながら片手で陰茎を擦る。  気分が萎えに萎えているのであんまり元気がなかったのだが、おかずにしているルネの顔自体は案外好きな造形だったので、時間さえかければそれなりに元気になった。  ところで。  鑑賞中のおかずくんについて、一点聞きたいことが生じている。 「なんで貴方まで勃ってるんですか」 「え、あ。ご、ごめん」 「謝れなんて言ってないでしょう。なんで勃起してるのか聞いてるんです」  ルネのルネは、触ってもいないのにご立派に立ち上がっていた。ベッドの端にまとめられたゴムを見るに、そこそこ出しているのに。元気でよろしいな。 「ぐ、グレンくんのちんこ見てたら、その……」 「はあ、ちんぽ大好きなんですね」 「…………」 「大好きなんですよね?」 「す、好きです……」  分かったぞ、こいつさては本当にドスケベだな? どうせ学年最下位の男にいいようにされている自分に興奮とかしているのだ。そうに違いない。  美貌も才能も人格も持ち合わせた驚異の天才だと思っていたが、どうやら性的嗜好に難があるようだった。可哀想に。もしかしたらこういうドスケベなところが弱みとなって今回の罰ゲームに至ったのかもしれない。 「分かりました、じゃあ大好きなちんぽ入れてあげましょうね」 「えっ、あ、あ、ありがとうございます……」  礼まで言いよる。筋金入りだな。  誰のちんぽだろうと選び放題だろうに、わざわざ僕のちんぽを受け入れねばならないとは、なんだかむしろ可哀想になってきたな。  ご丁寧にも両足を抱えてしっかり挿入を待っているルネは、真っ赤な顔で物欲しげに僕の股間を見つめていた。そんなに待ち望まれるような陰茎ではないのだが。まあいいか。  勃ったからには突っ込みたい、というのは誰しもが持つ欲求である。いやこいつは違うか。突っ込まれたくて仕方がない顔してるもんな。ちょうど良いので突っ込んでおこう。 「んっ、あ♡」  緩かったら適当言って終わらせてやろうかな、と思っていたが、天才様の尻はやはり天才のようで、しっかりと包み込んでくれた。すごいな、あんなん入れてたのにね。てかあんなん寄越すなよな。使わねえよ僕は。  先日指で虐めた場所を思い出しつつ、半ばヤケクソ気味に腰を振る。二時間たっぷり準備をしたせいか、反応はエグいほど良かった。 「んおっ、ひ、ァ、しゅご、きもちい、ぐれんくんっ、ちんぽっ♡ ちんぽきもちいっ♡ あ゛ひっ♡」 「一個いいですか」 「んぇ、あっ、な、にゃ、にゃにっ、おほっ、しょっ、しょこダメっ♡」 「声デカいのって、遮音魔法使い慣れてるからですか?」 「ひ、ぎゅ」  喉が妙な音を立てる勢いで、ルネが黙り込んだ。噛み締められた唇の隙間から、ふ、ふ、と小刻みな呼吸が漏れている。  そのまましばらく待ってみたが、答えが返ってくる気配がなかったので、僕はとりあえず反応が良かった場所を執拗に突いておいた。 「お゛っ♡ んひゃ、らっ、らめ゛っ♡ やめでっ、んっ、イッ、いぎゅっ、ひんじゃうっっ♡♡」 「遮音魔法って便利なんですね」 「あへっ、あっ、あっあっ♡ ッ、だめっ、だめだからっ、お、おっ、こえ、これっ、こぇでるっ、からぁっ♡」 「別に出すなとは言ってないですけど」  ただ割と躊躇いなく喘ぐから、普段からこうなんだろうな、と思っただけだ。遮音魔法があればいくら喘ぎ声を上げようと周囲に迷惑はかからないのだから、声がデカかろうが汚かろうが下品だろうが関係はない。  お綺麗な顔して澄ました首席様があられもない声を上げているのはまあ、好きな人は好きだろう。僕はどっちでもいい。ここまでデカいと、単に意地悪として我慢させたくもなるが。口と一緒に鼻も塞いでやろうかな。 「あ。ていうかゴムつけ忘れました」 「ンォっ♡ は、はヘッ、い、いいっ、中、中で、出してっ♡ ぐれんくんのっ♡ ほ、っ、ほしい♡」 「魔法って便利ですよねえ、洗浄も楽で」 「ひっ、ひぎゅっ、いぐっ♡ んあっ♡ はえ、きもちいっ♡ ん、おっ♡♡ うぇ、ぁっあっ、いっちゃ、まんこイっちゃう♡♡」 「は? 何がまんこだ、魔法術式施してもねえくせに甘えてんじゃねえよ。ケツでイクんだろうが、しっかり言え」 「んぇっ、はひっ♡ け、ケツでいきましゅっ、俺ぇっ、あっ♡ あ゛っ、イぐっ、なかっ、なかくださいっ、んひっ、あっ、あっあっ、あ゛っ♡♡ ん、は、ッ──〜〜〜っ♡♡♡」  いかん。キレてしまった。僕がケツをまんこ呼ばわりする野郎の怠慢が許せないばっかりに。何がまんこだ、孕む気もねえくせにべしゃくしゃうるせえんだよの思いが溢れてしまった。  ちなみに、きっちり生殖可能魔法術式を施した後に言ってる類の動画とかはめちゃくちゃ好きだ。その類の映像結晶も三個は持ってる。可愛い。いっぱい孕んでいってね。  白目をむいて仰け反ったルネは、ご丁寧にもその天才様の尻穴でしっかり僕を締め付けて搾り取っていった。中々の名器である。天才ってやっぱりセンスが違うんだろうな。  とにかく無事に終わってよかったな、なんて思いながら抜こうとしたところで、長い御御足がしっかり抱き寄せるようにして僕の身体を固定してきた。 「グレンくん……あの、や、じゃなかったら、キスしてほしい……」 「じゃあ嫌です」  舌でも噛み切られたら困るので即答すると、ルネの顔がくしゃりと情けなく歪んだ。やだ、キスしたい、と子供みたいに繰り返して、僕の身体に腕を回してくる。  どうにも逃げられそうになかった。ので、仕方なく体勢を変えて口付ける。 「ん、ふ、ぅ……♡ ぁ、す、すき♡ しゅき……♡」 「そうですか」  どうやら余程キスが好きらしい。  噛みつかれる心配はなさそうだったのでそのまましばらく続けていると、十分くらい経ってから満足したように解放された。    ▼  △  ▼  さて。  そんなこんなで三ヶ月が経った。  ルネと僕はまだ恋人である。  ここに来て、僕はそろそろ気がついた。  もしかしてこれ、ルネも虐められているのでは?  と。  元は平民同然の立場であるルネは、その美貌と才能によって高位貴族にも受け入れられている。  僕からすれば順風満帆、成り上がり人生で全く羨ましい限りなのだが、学園内勢力図から弾き出されている僕が知らないだけで、ルネは実は裏で虐めを受けているのではなかろうか?  そうでなければ三ヶ月もの間僕と交際を続ける意味がない。週末には必ず部屋まで来てセックスをねだるし、最近は校舎の方でもキスして欲しいとか言い出すし。明らかにエスカレートしている。  四つん這いで犬の真似をするからお尻を叩いて欲しいと言われた時なんて、流石に僕でも酷いことしやがる、と思ったものだ。  なんてことさせてんだあいつら。首輪まで持たせやがって。やったけども。犬がどうしても舐めたいと泣くのでちんぽも舐めさせたけども。多分、舐めてこないと本当に酷いことをされる筈だったのだろう。  流石に可哀想だとは思うが、僕には止める手段がない。  そりゃ、僕は家格でいえばルネの取り巻き(を装う男たち)とは同格だけれども、学園内では成績こそが物を言う。それこそ生徒同士の諍いに親が出てきた日には、この先一生いい笑いものである。  どうしたもんかな、と思いながらも日々を過ごす内、それは起こった。 「おい、グレン。お前最近調子乗ってるよな」 「乗ってませんが」  空き教室に連れ込まれた僕は、ルネの取り巻き四人(同級生二人、下級生一人、上級生一人)に囲まれていた。  今時中等部でもしないような呼び出し方である。そもそも『落ちこぼれの癖に生意気だから敬語を使え』なんて言ってきた挙句、使わなかったら殴ってくるような連中だ。中身が一生クソガキなんだろう。  四人は僕を囲むと、此方が口を挟む間もなく罵りを口にした。 「俺たちが知らないとでも思ってんのかよ。ルネさんと付き合ってんだろお前!」 「全く、一体どんな弱みを握ったんだか」 「これだから出来損ないの落ちこぼれは根が卑しくて困る」 「この卑怯者! 早くルネを解放しろ!」  矢継ぎ早に罵倒された訳だが、僕からしてみれば言いがかりもいい所である。お前らが僕をターゲットに嘘告白させたんだろうが。  はあ、成る程? 次はこういう方法でいちゃもんつけようって訳か。  全く、自作自演もいいところだ。こんなんに騙される馬鹿が一体何処にいるのだろう。居るのは騙されたフリをして弱い立場の奴に全て押し付ける馬鹿だけだ。  普段だったら茶番に付き合ってやっても構わなかったが、生憎と進級試験前である。  大事な時期にわざわざでっちあげた罪で詰られて我慢が効くほど、僕は心の広い人間ではなかった。 「付き合ってませんけど。大体、貴方たちがサールテクさんに妙な罰ゲームを強いるからいけないんじゃないんですか?」 「何言ってんだお前、俺たちはお前がルネに変な真似を、」 「大体ねえ、嘘の告白なんて今日日流行んないんですよ! 一体どんな脅しであんなことさせたか知りませんがね、そろそろ解放してあげたらどうです。三ヶ月もあんな変態行為に付き合わせて、可哀想だと思わないんですか」 「だから何言ってんのか────」 「君達、此処で何を?」  これだから人の心がない奴等は、と思いながら睨みつけた僕に一人が殴り掛かろうとしたその時、教室の扉が開いた。物音に釣られて、室内の視線が一斉にそちらに向けられる。  ルネが立っていた。 「る、ルネさん!?」 「こんな所で何をしてるんだ?」 「いや、これはその、ちょっとした話し合いを」 「そうか。穏やかな話には見えなかったが、俺の聞き間違いかな?」 「その、……ええと」 「俺が誰とお付き合いをしようと、君達には関係のない話だ。ましてやそんな風に複数人で一人を追い詰めるような人からの好意なんて、嬉しくもない」  きっぱりと言い放ったルネに、男たちは気まずそうに顔を見合わせると、もにゃもにゃと雑な言い訳を口にしつつ、逃げるように去ってしまった。  いや。逃げんのかい。そりゃまあ、愛しの女神様にあんな目で見られたら信奉者は堪ったもんじゃないだろうが、此処で逃げるならそもそも初めから来るなよ。無駄な時間取らせやがって。しかも胸倉まで掴みやがって。  苛立ち混じりに制服の胸元を整えつつ、僕は盛大な溜息を吐いた。  厄介事には巻き込まれたが、とりあえずこれでこの七面倒くさい罰ゲームからは解放されることだろう。  幾分すっきりした思いで適当に背筋を伸ばしていると、傍に立っていたルネが、おずおずと話しかけてきた。 「あの、グレンくん」 「何ですか」 「聞き間違いかと、思ったんだが」 「何がですか」  先ほどの取り巻きたちに向けた視線は何処へやら。  随分とふにゃふにゃした顔で首を傾げたルネは、指先を遊ばせながら、ぶつ切りの声で問いを口にした。 「俺たち、付き合ってる、よな?」 「ああ、その話ですか。今し方決着つきましたよね。もうあんな人たちの嫌がらせに付き合うことないですよ」 「ちが……、ち、違う」 「何がですか?」 「だって、ぐ、グレンくん、良いって、言ったじゃないか。恋人にしてくれるって、」  何言ってんだろう、と思ってしまった。割と心底不思議だった。  そりゃ言ったけど。あの場でイエス以外を口にしたら面倒なことになるというか。  そもそもあんな条件で交際を受け入れるような男と付き合おうとするなよ。  困惑がそのまま顔に出ていたのだろう。返答も出来ずに黙り込んだ僕に、ルネは今にも泣きそうな声で続けた。 「な、なんで? 俺、言うこと聞いてるのに……」 「いや、だからもう聞かなくていいんですよ。別れましょう、これで円満解決です」 「やだ、別れたくない」 「意味が分からないです。僕と付き合ってもメリットないですよ」 「分からないのはこっちだよ。なんで? 俺、ちゃんとグレンくんに付き合って欲しいって言ったし、好きって言ったのに、なんで罰ゲームとか言うの?」 「そりゃ、僕なんかと付き合うのは罰ゲーム以外の何物でもないからですよ。分かります? 学園でゴミって言ったら僕のことを指すんですよ。ゴミと付き合いたい人間が何処にいるっていうんですか」  マジで何言ってんだろう、と思ってしまった。  百歩譲って僕と付き合いたいと思う人間が現れたとしても、それは絶対にお前のような全てを持っているような人間ではない。  具体的にはやらかして閑職に飛ばされてるけど蓄えだけはある好色のジジイとかだ。断じてお前のように才能にも美貌にも溢れた、何もかも手にしたような男ではない。  まあ、たとえばルネが自分より遥かに劣る男にこっぴどく抱かれるのが大好きな性癖なんだとしたら、付き合いたいと願っても不思議ではないのかもしれないが。  仮にそれで完璧な美人が手に入ったとしても、僕はそんな奴とは付き合いたくない。僕は、僕の価値を分かってくれる人と付き合いたいのだ。全く。何処にも居やしねえ。  天才様の被虐趣味に付き合わされるなんて堪ったものではない。うんざりしながら会話を切り上げ、部屋を出ようと踵を返しかけた僕に、ルネはそれとなく進路を塞ぐようにして割り込んだ。おい。ウザいな。 「で、でも、でも、グレンくんは魔法なんてなくても魔導士なんて敵じゃないだろ? 全然、ゴミなんかじゃない」 「はあ? 何を根拠に。安い慰めはいらないんですよ」 「だって、グレンくんは漆黒の騎士様だし……」 「しっ」  ぎゃ、と脳が固まるのを感じた。思考が悲鳴を上げて固まった。  冷や汗がすごい。体温が見る見る上がっていくのが、自分でもよく分かる。呼吸が浅い。め、眩暈がしてきた。 「ど、どこでその名を」 「一年前。ラマゾの森で」 「ラマゾ……────あれお前か!?」 「うん。俺、あれから漆黒の騎士様のことが好きで……」 「やめろ!!!! 悪ふざけの渾名を素面で呼ぶな!!!!」  漆黒の騎士〜? 何ですかそれ、知りませんね! 中等部の妄想か何かかな?  と、言い放つには、僕の精神防御力は若干足りなかった。  二年前、あまりに学園内の評価が悪くて荒んでいた僕は、憂さ晴らしに魔獣討伐クエストに出始めた。  僕は成年証明書もなく保護者の同意も得ていない無登録の冒険者で、はっきり言って違法だったので、甲冑をつけて無記名で活動していた。身バレする訳にもいかないので無言で対応していたら、ついた渾名が『漆黒の騎士』である。  そんなん名乗った覚えはないのについていた。最悪だ。死にてえ。適当に名前をつけておけばよかった、と思った時にはもう遅かった。な〜にが漆黒の騎士じゃくたばれ、と思いながらもなんだかんだ応えていた。だって反応しないと大声で呼ばれたりするし。『あの人漆黒の騎士って言うんだ……』とか思われるし。最悪だ。  そんなこんなで憂さ晴らし気味に活動を続けて一年が経つ頃。ラマゾの森で出た魔獣討伐の依頼をこなした際、僕は黒髪の美しい魔導士の助けたのだ。どうやら彼の父親が勝手に安請け合いしたらしく、無茶な依頼で怪我をしてしまっていた。  パーティが五組必要な依頼に一人で行かすんじゃねえよ、と思いながら悪態もつけないので無言でこなして依頼達成まで導いたのだが、どうやらあの時の魔導士がルネだったらしい。  髪の毛黒かったじゃねえか!と思ったが、学園に通う身で報酬目的で依頼をこなすなら、確かに僕と同じく身分を偽る必要があるだろう。当然の話だ。 「前にグレンくんが演習の時に事故で入り込んだ魔獣の首を青炎蜘蛛の糸で作ったワイヤーで落としていただろう? 使っている道具が騎士様と同じだったし、動きも間違いなかったから……」 「…………だからと言って僕がその、しっ……とは限らないじゃないか」 「うん。でも、その時から気になって見ていたら、とても芯が強くて、真面目で努力家で、素敵な人だな、と気づいて……騎士様かどうかはもうどうでも良かったんだ。それで、グレンくんが家のために伴侶を探していると聞いたから、俺でも希望はあるのかな、と思って」  成る程。なんの接点もない首席様に突然告白されたと思ったら、そういう経緯があったのか。  まあ、納得は出来る。だが、承諾できるか否かは別の問題だ。 「そうだとしても、別に僕じゃなくていいだろ。僕はどうしたって魔導士の家系なんだから、魔法が使えなきゃ評価されない。お前だったらもっと他に良い男が選べる。もっとちゃんと考えろよ」 「魔導士として評価されていれば、それが良い男なのか? 本当に?」 「それはそう──、……」  だろ、と言いかけて、僕は黙ってしまった。  何せ、学園で評価されている優秀な人材たちは、先ほど僕を取り囲んで暴言を吐いていったばかりの人である。あれで本当に成績は良いのだから頭が痛い話だった。  あいつらが駄目だとなると、もはやルネに見合った良い男なんて学園内にルネ本人くらいしかいない。そのルネが僕がいいと言っている訳だ。仮に父がこの話を聞いたなら、快楽漬けにしてでも逃すな、と厳命されるだろう。するまでもなく勝手になっているのだが、まあそれはおいて置くとして。  ルネ・サールテクは学園内における最高物件である。嫁にするにも婿にするにも良しだ。逃げ場のなさに思わず舌打ちがこぼれてしまった。 「そ、それに、俺、グレンくんじゃなきゃダメなんだ」 「はあ? 何が」 「俺、その、俺……変態だから……」 「……ああ」  いかん、納得してしまった。家柄だとか貴族がどうだとか魔導士としての矜持だとか、一旦全部ほったらかして、一も二もなく納得してしまった。  そう。ルネ・サールテクは紛れもなく最高の優良物件だが、ただ一つ問題がある。  超がつくほどドスケベで、ドマゾのエロネコなのである。場合によっては大問題だ。何せ喘ぎ声が汚い。あとプレイが大分厳しい。  尿道プラグにリードをつけて隠匿魔法でお散歩した時なんて、僕はどういう立ち位置にいれば良いのかちょっと分からなかった。あれはルネのお散歩なのか? それともちんぽのお散歩なのか? 分からん。 「で、でも! もしグレンくんが俺を選んでくれるなら! 俺は精一杯頑張るよ!」 「何を? セックスか?」 「違う! いや違わないが! その、こ、今度はちゃんと、術式だって刻んでからくるし……」 「婚前に子供を作ろうとするな」 「結婚した後の話だよ!」 「気が早いんだよ、まだ名前ですら呼んでない仲だろうが」 「う、ご、ごめん……」  色々と空回っているらしいルネは青くなったり赤くなったりしながら、必死に言葉を探している。僕より数段頭がいいくせに、どうしてこういうところで上手く交渉が出来ないのだろうか。  まあ、恋人なんて交渉で作るもんでもないし、交渉で成った家族なんて僕は嫌な訳だが。その結果が我が家であり、薄幸の兄であり、魔法適正低めの僕だ。碌でもねえな。  何を選んでもどうせ碌でもないことは分かりきっている。だったらまあ、少しはマシな碌でもなさを選ぶのもアリだろう。 「とりあえず、ランディでいいよ」 「え?」 「僕もお前をルネって呼ぶ。言っとくが婚約者じゃない。まだ卒業まで二年もあるしな」 「……恋人ではある?」 「そうしたいならそれでいい」 「……俺のこと好き?」 「は? 好きでもない奴と付き合う訳ないだろ」 「つ、付き合ったじゃないか……」 「それはそれ、これはこれだ」  一生を共にする責任が持てないだけで、僕の隣に置いてその価値を台無しにする勇気が出ないだけで、僕はもう十分にルネが好きだった。  僕は僕を評価してくれる奴に弱いのだ。冒険者の僕は、多分一番、僕が求める在りたい僕に近い。名前がしっ(死)でなかったなら、もっと大喜びして受け入れられたというのに。誰だあの変な渾名つけたの。  いつかぶちのめしてやろう、と思いながら話は終わったので押し除けようとした僕の手を、ルネの手がそっと握り締めた。 「い、嫌だ。ちゃんと好きだと言って欲しい」 「…………」 「舌打ちした……」  ウザってえので思わず舌打ちが漏れてしまった。  お前本当に僕が好きでもない男の尻にアナルプラグを入れて四つん這いで野外散歩させると思ってんのか? そんなプレイそうそう付き合うやつなんかいねーよ。何が楽しくてバックで挿入しながらケツ叩いて「くたばれ♡」って声かけてやってると思ってんだ。知らぬ間に乳首にピアス増えてるし。尿道プラグと乳首ピアス繋げて椅子に嵌めたディルド使ってエロスクワットするし。何だお前。何が女神様だ。女神に謝れ。  お前本当に僕がただの付き合いであんなプレイをこなしてたと思ってんのか。バカが。  ムカついたので、胸倉を掴んで引き寄せてから殺す気でキスしてやった。好き放題吸い散らかして口内を舐って上顎を舌先で擽りつつそれとなく首まで締めてやった。秒で勃起して腰砕けである。雑っ魚。お前それ自分で処理しろよ。 「お、ん、ぁ…っ♡ は、はへ……♡♡」 「好きかどうかなんて僕が言いたい時に言うんだよ、二度と聞くな」 「ん、んう、ふぁい……♡」 「あとついでに僕もひとつ聞いときたいことがあるんだけど」 「ふ、ぁ……なに……?」  メロメロのとろとろになっている時はまあ可愛いといえば可愛いので、綺麗にまとめられた銀髪を崩さない程度によしよししておいた。 「罰ゲームじゃなかったってことは、犬の首輪持ってきたのはお前の意思ってことで間違いないんだよな?」 「………………」 「尿道プラグとか、アナルビーズだとか、金玉ビンタとか、とにかく好きだから遠慮なく頼んできたってことでいいんだな?」 「………………」 「どうしたんですか、ちゃんと答えてください」 「………………」 「あっ、おいこら逃げるな」  生意気にも魔法を使ってまで逃げやがったので、次の休みには泣き叫ぶまで抱いてやった。  

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