10 / 39
午睡-1-B-
────急な仕事が入ったから少し遅れる。
そんな連絡とともに迎えが来たのはつい先ほどのこと。車を運転していた使用人は、アルノシトをいつものホテルに送った後、すぐに退出していった。
元々広すぎるくらいに広い部屋だったが、一人になるとなおのこと。
部屋の調度品を見て回ったり、景色を眺めたり──は今までも何度かしてきたので、そう時間がつぶせるものでもない。
シャワーでも──と思って足を止める。
────シャワーを浴びて待っているのってあまりにも……
露骨すぎる気がする。いや、別に嫌だとかそういうわけではないし、むしろ期待はしているというか。でも、もしかしたら疲れていてそういう気分ではないかも知れないのに、あからさまな自分の恰好を見たらルートヴィヒがどう思うか──
などと、心の中で自問自答と言い訳をしつつ、挙動不審にうろついてしまう。
が。結局、このまま部屋にいても時間をつぶせるものもないし、風呂に入ることにした。家の風呂と比べるべくもなく、この部屋の風呂は広い。
それこそ二人で入ってもあまるほどだ。広々とした浴槽で思いっきり手足を伸ばして寛ぐのは気持ちいい。
存分に広々とした湯を楽しんだ後、バスルームを後にする。
もしかしたら、風呂に入っている間に来ているかと思ったが、まだ到着していなかった。
このまま今日は逢えないのかもしれない。そういうことは今までも何度かあったし、そのことを責めるつもりもないのだけれど。
やっぱり、少し寂しいとは思ってしまう。
「────仕方ない、よね」
自分に言い聞かせる。気が緩んだせいか、体が温まったせいか。それとも、座り心地の良いソファのせいか。
深く腰掛けた姿勢のまま眠りに落ちていった。
◇◇◇◇◇
もうすぐ夕方といっても差支えのない時間。昼食には遅く、午後のティータイムであればなんとか、といった時間になって、ルートヴィヒはようやく解放された。
仕方ないこととはいえ、随分遅くなってしまった。まだ部屋に居ることはフロントで確かめたが、忙しいなら顔だけ見て今日は帰る、と言われるかも知れない。
もう全部終わらせたから、せめて夕食くらいは……などと引き留めの言葉を考えつつ部屋の扉を開けた。
「すまない、遅く──」
なった、と続く言葉は飲み込まれた。ソファの上で眠っているアルノシトの姿を見つけたから。
急ぎ足できたせいで、僅かに乱れた息をその場で整える。息を落ち着かせた後、出来るだけ足音を立てないよう、ソファへと近づいた。
「…………」
穏やかな寝顔。バスローブ一枚の姿から風呂に入ったのだろうと察するが、髪は殆ど濡れていない。
湯から上がって随分と時間がたってしまったのだな、と申し訳なさで眉が下がった。
────が。それはそれとして。
少し無防備過ぎやしないだろうか。
ソファの上で眠ったままのアルノシトを見つめる。
バスローブという服の構造上仕方ないとはいえ、腕を通していなければ上半身はほぼ裸と同じ状態。
かろうじて腕に引っ掛けた布はもはや服の役割を果たしてはいない。太腿もほぼ付け根まで露になっており、当人にそのつもりはないのだろうが、今の自分には少し────いや、かなり目のやり場に困る。
とはいえ、気持ちよく眠っている彼を起こすのも忍びない。そもそも、自分が遅れたことが原因なのだから、アルノシトに文句を言える立場ではない。
「…………ん」
起きたのかと思ったが、ただ寝返りを打とうとしただけのようだ。狭いソファの上、動けば落ちてしまうかも知れない。
ルートヴィヒは起こさないように、静かに彼の身体を持ち上げる。先程まで下になっていた個所を上になるように姿勢を変えていく。
「…………」
ふわりと漂う香りに思わず髪へと頬を寄せた。多少身動ぎをしたが、起きる気配はない。
このままこうして寝顔を眺めていたくもあるが、この姿をじっと見つめているだけというのも中々に辛くはある。
自分もシャワーを浴びてこようと立ち上がる。万が一、その間に起きたアルノシトが帰ってしまわぬように、脱いだ上着を静かにかけてからバスルームへと姿を消した。
◇◇◇◇◇
なんだかいい匂いがする……いい匂い?
「─────ッ」
意識が覚醒すると同時に飛び起きる。自分の身体にかかっている上着──「いい匂い」の正体。上着の持ち主を探して視線をさまよわせると、すぐ隣にいた。
座っていた位置から察するに、自分は彼の太腿を枕にして眠っていたようだ。
「おはよう……?」
いつも通りの穏やかな笑み。飛び起きた自分の勢いに驚いたのか、ほんの少し表情が崩れている。
「ごめんなさい!俺……うとうとしちゃって」
何か言おうとしたルートヴィヒに勢いよく頭を下げた。同時にかけられていた上着を強く握りしめていることに気づいて、慌てて手を緩める。
「謝るのは私の方だ。遅くなってすまない」
アルノシトから上着を受け取りながら、眉が下がる。とんでもない、と慌てた勢いのまま両手を振った。
「俺の方こそ……来たことに全然気づいてなくて……えっと、お仕事、お疲れさまでした」
間の抜けた挨拶になってしまったが、やはり顔を見れて嬉しい気持ちは隠しきれない。語尾にいくにつれて、言葉に笑みが混じってしまう。
「有難う。こちらこそ待たせてしまってすまない……君が待っていてくれて良かった」
どう引き留めようか、それだけを考えていたから。
なんて言われると顔が熱くなる。何度か逢瀬を重ねているというのに、真正面からの言葉と感情には相変わらず慣れない。
真っ直ぐに自分を見る青い眼に慣れることなんて一生ない気もしている。だって──ただの上着の残り香にすら、こんなに鼓動が早くなっているのだから。
ずり落ちていたバスローブを無意識のうちに引っ張り上げながら、照れ笑いを浮かべる。
「…………俺を引き留めたかったら、簡単ですよ」
うん?と怪訝そうな声。
「キス、してくれたら……いいです」
言いながら、ルートヴィヒの胸にもたれかかる。風呂上りの少し湿った肌と髪と体温、そして────匂い。
すり、と頬をバスローブの襟に寄せる。ルートヴィヒの指が髪から耳、顎へと滑るのをうっとりと受け入れた。
「その条件なら──考えるまでもない」
顎を持ち上げられたか、自分から顔を寄せたか。触れ合わせる唇も薄く湿っているように感じる。緩く啄むような口づけにじれったさを感じて、少し強めに吸い上げた。
「ふ……」
誘われたように舌が入り込んでくる。口腔を探られるだけで身体の力が抜けてしまう。
「……、っ、は……」
息を吸い込むために開いた唇を塞がれて息苦しさに眉が寄る。それでも自分から離す気にはなれなくて、角度を変えては舌を絡める。
「……、…ルートヴィヒ、さん……」
漸くに開放された唇から唾液が伝うのも構わず、名を呼ぶ。キスだけじゃ足りない。もっと欲しい。
「おいで」
誘われるままにルートヴィヒの膝を跨いだ。向かい合う形で座り直すと、自然と開いたバスローブの裾が大きく開いて肌が晒される。
まだ僅かに余裕のある熱を押し付けるように体重をかけると、ソファが小さく軋んだ。
ともだちにシェアしよう!