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午睡-3-D-

 午睡から熱に浮かされ、夢の中を彷徨ったような夕暮れを過ごした後。意識が戻ったのは、月が空の半分を超えたあたりのことだった。  ────あの後、何度も求めあったことは覚えている。最後は床で…………  思い出すと一気に顔が熱くなる。一瞬本当に夢だったのかもしれない──とも思うが、体に残る特有の気怠さと眼前で眠っているルートヴィヒの姿とで現実のものだと再認識した。  今自分がいるのはベッドの上。いつものように隣で眠るルートヴィヒが運んでくれたのだろう。少し違うのは、お互いに何も身に着けていない格好だ。  新しく持ってきて貰う余裕もなかったのか、ただ疲れていただけか。どちらにせよ、汚れた身体をシャワーで流してくれるだけでも十分すぎる程。まだ眠っているルートヴィヒを起こさないよう、そっと体を摺り寄せる。  あの時。自分もだが、ルートヴィヒもどこかおかしかったような気もするし、単に逢えないと諦めていたから、予想外に逢うことが出来て嬉しかっただけか。  だとしても。激しすぎる情交は、名残を惜しむ余裕もなくて。折角会えたのに、ただ体を重ねて眠るだけというのは、どこかしら寂しくもあり、我侭だな、と自嘲めいたものが浮かんだ。  しばらく寝顔を見つめていたが、ルートヴィヒは起きる気配がない。疲れて眠っているなら、そのままゆっくり休んで欲しい。でも、もう少しだけ……傍に居たい。  そろそろと腕を回して頬を寄せる。  そういえば。あの上着からとても良い香りがしていた。いつも使っている香水とは違う香りだったが、変えたのだろうか?  目が覚めたら聞いてみよう。そんなことを考えながら、うとうとと眠りに落ちた。                ◇◇◇◇◇  翌朝。差し込む朝日で目覚めた時には、ルートヴィヒは起きだしていた。  改めてシャワーを浴びた彼に倣って自分も軽く汗を流してからリビングへと戻る。  昨日の後片付けを……と思ったのだが、何事もなかったかのように綺麗に片付いている。驚いて目を瞬かせていると、腕を引かれて我に返る。 「眠っている間に取り換えてもらった」  こともなげに告げられると、一瞬頭が真っ白になった。ソファごと?いや、床ごと?  呆然としていると、困ったように笑われる。 「……次からは気を付けよう。お互いに」  それには同意して頷いた。綺麗になった、というか、新調されたソファへとバスローブ姿で並んで座っていると、昨日の今日ということもあって変に意識してしまう。 「……あ、そうだ」  不自然な沈黙に空気を変えようと、アルノシトは声を出した。 「昨日……いつもと違う香りがしたんですけど。香水、変えたんですか?」 「……あぁ。新しく出店したという香水店の店主から貰ったんだが」  ルートヴィヒにしては珍しく言い淀む。何かおかしなことを聞いたのかと首を傾げたが、何でもない、と抱き上げられた。  そのまま膝の上へと。最初は照れからの抵抗もしたが、今は素直に受け入れられる。 「君が気付いてくれると思っていなかった」 「え?……俺、そこまで鈍感じゃないですよ」  確かに自分は香水をつけたりはしたことはないが。それでも── 「…………好きな人の香りぐらい、ちゃんとわかります」  少しばかり拗ねてみせると、両手で指を握られた。指先へと軽く口づけられる。 「そうか」  これは嬉しい時の仕草。分かっているから、抵抗はせずに受け入れる。しばらく指先を遊ばせていたが、ゆっくりと手を下ろされた。 「そろそろ食事にしようか」 「……はい。俺、昨日の昼から食べていないから、沢山頼んでいいですか?」  なんて他愛ない冗談にも笑ってくれる。こうしたちょっとした時間の積み重ねがやっぱり好きだと再認識した。                ◇◇◇◇◇ 「────これは返させてもらう」  磨き抜かれたカウンターへと置かれたのは香水の瓶。  おや、と言うように対面の男が首を傾げる。  絹糸のような艶やかな金の髪に淡い青の瞳。整った容貌だが、冷たさはない。柔和な表情と立ち居振る舞い。対峙する相手を安心させるような雰囲気の青年だ。 「お気に召しませんでしたか?」  首を左右に振る。対峙している男は黒髪に青い眼のルートヴィヒだ。言葉通りの複雑な表情。 「…………気に入らなかった訳ではない。が……私には「必要がなかった」」  微妙にアクセントを変えて告げると、金髪の青年は柔らかく笑った。 「それは残念です。自信があったのですが……」  返却された瓶を丁寧にしまう。続けてまたやんわりと微笑む。 「僕は貴方に「本当に必要な香り」をお贈りするとお約束したので……約束を果たせなかったお詫びをしたい」  先程までの柔らかい雰囲気が一変する。真剣な表情にルートヴィヒは僅かに眉を上げた。  一瞬断ろうとも考えたが、彼なりの「誇り」なのだろう。ならば無下にするわけにもいくまい。  そもそも、渡された香水の「効果」そのものに不満があった訳ではないのだ。  ただ────熱を求めて声を上げる姿より、食事をしながら、他愛ない話をするアルノシトの姿の方が「彼らしい」と。  そう自分が感じただけの話なのだから。 「……ならば。そうだな。ある人に合う香りを選んでくれるだろうか。必要かどうか、ではなく。似合う香りを」  語尾に付け足された単語に金髪の青年は眼を瞬かせた。そして柔らかく笑う。 「えぇ──もちろん。喜んで」  いつでもお待ちしております。  来た時と同じように、柔らかく見送られ、ルートヴィヒは店を後にした。                ◇◇◇◇◇  ────最近、街で噂になっている店がある。 「あなたに必要な香りをお探しします」「本当に必要な香り」をお探しの際はぜひ当店へ──  そんな謳い文句を看板に掲げている香水店。  普段使いしやすい手ごろな値段の物から、特別な一品まで。幅広い品揃えと、店主の容姿から若い女性に特に人気を博してはいるが、彼の調香師としての腕はかなりのもので、上流階級の人間もお忍びで来るとか来ないの噂がある。 「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」  変わらぬ笑みを浮かべ、今日も彼は店に立っているだろう。「必要な香り」を求めて訪れる人のために。

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