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覚悟-6-A-

 痺れを切らして通信を入れた。  その態を装って、多少不機嫌な振り──いや、実際のところ不機嫌ではあるのだが──を装ったのが功を奏したのか。  それとも別の理由があるのか。  ルートヴィヒが通信を入れたのは、この街一番の時計台が鐘を鳴らす時間の少し前。街全部に響く程の鐘の音。ほんの微かでも聞こえたならば、おおよそでも検討を付けられるのではないか────  そう思ってこの時間を狙った。  正直、繋いで貰えるとは思っていなかった。相手も当然警戒はしているだろうと思っていたのだが、画面越しのぼやけた相手はどこか上の空。  というか、他に集中したいことがあるようで、ルートヴィヒの会話にもあまり乗って来ない。  周囲の目出し帽達の困惑がこちらにも伝わる程、様子がおかしかった──とはいえ。こちらからの手を緩める理由にはならないから、エトガルには引き続き「顔」を見て貰う。  無事な姿を確認したいから、と時間稼ぎも兼ねてアルノシトを呼び出した時の彼の格好には肝が冷えたが。  ざっと見た感じ、打撲痕等もなかったから、本当に服を洗って着替えがなかっただけなのだろう。  生かさず殺さずは逃げられないようにするための常とう手段であるから、食事があまり与えられていないことは責めても仕方ない。  ただ、戻ってきた時には彼が望むだけのものをゆっくりと食べさせたいとは思うが。  鐘が鳴った後、告げられた料理の名前はエトガルがメモに控えてくれた。通信を切った今、早速街の地図を広げてメモと並べる。 「……ローストポーク、白ワイン……ナッツときのこのサラダ、ガトーショコラ、濃いめのコーヒー……か」  ローストポークは彼の祖母の得意料理だったと聞いた記憶がある。  が、残りに関しては好きも嫌いも聞いた覚えがない。そこに何かヒントがあると思うのだが。 「……腹減り過ぎて、単に食べたいもの思いついた……とかではないよなぁ、流石に」  ぶつぶつと独り言のように呟きながら、エトガルが眉間に皺を刻む。 「その可能性もなくはないが……あの質問の意味が分からない程、消耗していたようにも見えなかった」 「せやな……とりあえず、最初は婆ちゃんの得意料理──ってことは。アルの家に印しとこか」  エトガルがピンを刺した。白ワイン以降も場所が関係してくるとは思うのだが、バーや酒そのものを売る店だけでも何十とあるから、直接白ワインとは関連がなさそうな場所── 「……白ワイン、ナッツ───……あ」  ばっ、とエトガルが地図を見つめる。指先で何かを探すよう地図を滑らせるのをルートヴィヒは黙って眼で追った。 「………わかった」  エトガルは目線を地図に向けたままピンを手にすると、順番に刺していく。 「俺が毎日、花()うてるんは知ってるよな?」  エトガルは特技の反動か、時々今何をしていたか──といったように、すっぽりと記憶が抜け落ち、思い出せなくなることがある。  そのため毎日花を決まった時間に買い、決まった順番で店に贈ることを習慣づけており、何をしていたか思い出せなくなった際は、財布の中のレシートを見て「今日はこの花を買ってから、あの店に行った」と紐づけて考えるようにしているのだ。  その時、花を持っていたらまだ店には行っていない事になる。花がなければ店に行った後。レシートそのものがなければ、まだ花を買う前。  たったそれだけのことだが、そこから何をしたか──を思い出せるので、彼にとっては重要な習慣である。 「……で。こないだ()うたんがエルダーフラワーで……」  行った店がここ。店の名前が、エルダーフラワーで出来たシロップと白ワインとを混ぜて作るカクテルの名前だ。 「成程。次の店も君が花を買った店か?」 「多分……ナッツとキノコ──って言うてたやん?」  次の店を探してピンを刺しながら説明を続ける。 「たまたま珍しい(もん)見つけてな。でっかいナッツの殻の中にドライフラワー詰めた、みたいなやつ」  それを贈ったのが、キノコ料理の有名な店だった。店主が気に入って、店の目立つ場所に置いているから、問い合わせが増えた、なんて花屋から聞いたのは閑話。 「……と。ここまでは分かったんやけど。ガトーショコラと濃いコーヒーは分からん」  自分の通う店に、ガトーショコラやコーヒーというワードを結び付けて考えることが出来ない。カカオやコーヒーの花などは買った記憶もない。  現時点で三つ。ピンを刺した場所を線でつないでみたり、店の名前を入れ替えて並べてみたりと色々試してみるものの、ここだという決定的な情報は出て来ない。 「ルー、何か心当たりないんか?」 「……もしかしたら」  この店かも知れない。指さした店を見てエトガルは首を傾げる。 「理由は?」 「……初めて。二人で食事をした店だ」  がちがちに緊張していたアルノシトの肩から力が抜けて、ようやく「美味しい」と言ったのがガトーショコラ。  デザートまでほとんど味が分からなかった。とは後で教えてくれたのだが。  でも、最後のケーキとコーヒーが本当に美味しかったから、きっと料理も美味しかったはずだ。今度は最初からちゃんと味わって食べる。  照れ笑いを浮かべながら告げられた事を思い出して目を細めた。  彼が戻ってきたら──この店に行こう。 「ここ」  ピンを刺す。  これで全部の場所がそろった──はず。改めて地図を見つめる。  ローストポーク(アルノシトの家)  白ワインとナッツとキノコのサラダ(エトガルの馴染みの店)  ガトーショコラと濃いコーヒー(初めて一緒に行ったレストラン)  順番になぞって出来上がった図形。線の交わる場所と、線で囲まれた三角形の中心部。  その二つをすぐに調べてくれ、と指示を出す。相手に気づかれないよう、慎重にと添えて。 「……」  ルートヴィヒはふーと大きく息を吐き出した。椅子に多少乱暴な動きで腰を下ろすと、ぎしりと軋む音。 「……あんな短い時間で、ようこんだけのもん考えたな」  エトガルが伸びをしながら呟く。その言葉にルートヴィヒは顔を向けて笑った。 「違う。短い時間だから、「これだけ」なんだ」  怪訝そうな顔をするエトガルに小さく笑う。 「時間があれば──多分。私達にはもっとわかりやすく、相手には分かりづらい例えを持ち出したと思う」  その言葉に眼を瞬かせた後、軽く肩を竦めて見せる。 「惚気話が出来るくらい、余裕あったら大丈夫やな」  自分はさっきの通信で傍に居た目出し帽の特定を急ぐ。言い置いて歩き去っていく背中を見送った後、身体を起こして地図を見つめる。  アルノシトがここだと言ったのならば、この場所に間違いはないだろう。  ──首謀者のあの上の空の原因。  思ったように簡単にいかなかったことに苛立つでもなく、悲しむでもなく。自分の言葉にも大きな反応を見せなかったし、何より──  こんな簡単に居場所を掴ませるような真似をするほど、間の抜けた人物のようにも見えなかったのだが。  念のため「招待」した者達の現状と、エトガルが特定出来た者たちのファイルをもう一度見直しておこう。 何か見落としているかも知れない。  何とも言えないもやもやとしたものに、ルートヴィヒの表情は晴れないままだ。  杞憂であればいいのだが。  そう思いながら、保養所の管理を任せている者と連絡を取るために受話器を取った。

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