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覚悟-8-A-
両腕を拘束されてはいるが、目隠しはされていない。
から、自分の両腕を掴んでいる左右の二人、前を歩く首謀者らしき人とその前の二人、そして自分の後ろに数人の気配。
彼らが持っている銃もはっきり見えている。何より──
────ここ、どこだろ。
歩かされている廊下。窓から見える外は恐らく庭。その向こうには町が広がっているはず──なのだが。
庭が相当に広いのだろう。森のような木々に阻まれ、隙間から見える曖昧な建造物だけでは今いる位置を割り出すことが出来ない。
ただ──ここまで広い屋敷、しかもルートヴィヒの屋敷ではないと思えばおのずと場所は絞られて──
「ここがどこかを探らない方がいい」
首謀者の言葉にびく、と肩が跳ねた。その様を見ていた訳ではないだろうに、今度は首謀者の肩が揺れた。
「君は素直な子だな」
言い返せない。分かりやすい、とは祖父をはじめ周囲の人間からよく言われるから。でも──こんなことをする人間に言われると虚しさしかない。
「……」
何も言い返せずただ目を伏せた。ここがどこか──を探ったとして、それを伝える機会があるとも思えない。
言葉に従って素直に足元に視線を向ける。
「こっちだ」
腕を引っ張られて方向を変えられる。裏口──のような場所に連れていかれた先の車。
窓ガラスは黒く塗られて外からも中からも見えない仕様のようだ。
「入れ」
押し込まれる。後部座席、目出し帽に挟まれる格好で収まった。そこでまた袋を被せられる。
今更目隠しされても、と思いはするものの、抵抗して無駄な怪我等したくはない。運転手と首謀者が何か会話しているのは分かったが、袋に覆われてしまって聞こえなかった。
車がゆっくりと動き出す。次はどこに連れていかれるのか──なんて考えても仕方ない事を考えてしまう。
意識はあるが、見知らぬ場所から出発した移動先がわかったところで伝える術はない。何より、これだけ情報をばらまいておいて、あっさり解放されるとも思えない。
ふぅ、と小さく息を吐き出した。
とはいえ、完全にあきらめてしまうつもりもない。生きてさえいれば何とかなるだろう。
楽観的過ぎるかも知れないが、自分の出したヒント──結果的にはヒントどころか惑わすものになってしまったかもしれないのだが──でルートヴィヒは街を探してくれているはずだ。
何かの切欠で見つけてくれる可能性だってある。とりあえず、次はもう少し慎重になろう、と一人決意を固めた。
幾度か角を曲がり、信号らしき停車を挟んだ後、完全に車が止まった。
ばたん、と扉の開く音。降りろと言われるまでは動かないつもりだったのだが、不意に腕を引っ張られた。
「?!」
勢いよく座席に倒れる。それは出口ではなく、後ろ──自分の隣に座っていた目出し帽の方へ。
「出せ」
短い言葉が響く前に車が急発進した。扉を開けたままの強引な発車に物が当たる音や振動、怒号が聞こえたが、すぐに遠くなる。半ば座席に転がされた格好のまま、アルノシトは袋の下で眼を瞬かせていた。
何が起きているのか理解は出来ない。が、とりあえず仲間割れでも起きたようだ。
カンカン、と金属音。どうやら、先程取り残された目出し帽が発砲したらしい。とりあえず身を伏せている方がいいだろう、とじっとしているアルノシトの上というか横というかを人が動く気配。
ばたん、と開いていた扉が閉じられた後、ようやく袋が取り払われて、ふぅ、と大きく息を吐き出した。
「怪我はないか?」
「…………」
返事をすることも忘れて、まじまじと自分を車に引き戻した目出し帽──正確には、目出し帽はもう被っていなかったのだが──を見つめる。
「……っ……!」
聞き違いだと思っていた。だが、目の前にいるその人は──
「ルートヴィヒさん……!」
名を呼びながら抱き着いた。色々な感情がごちゃ混ぜになってそれ以上何も出来ない。ただぎゅ、と強く抱きしめると、静かに抱きしめ返してくれる腕に顔を埋めた。
「遅くなってすまなかった。怪我はないか?」
頷く。ゆっくりと背中を撫でる手にさらに強く抱き着くと同時、運転席から声がかかった。
「あー……水は差しとうないんやけどな。もうちょいで着くで」
完全に目の前のルートヴィヒしか認識していなかった。慌てて離れるアルノシトにルートヴィヒは不満顔。運転席の男──エトガルは面白そうに笑った。
「別にええんやで?せやけど……」
窓を開けてみろ、と言われて窓を開ける。窓ガラスが黒く塗りつぶされているため、そうしないと外の景色が見れないのだ。
「あ──」
思わず身を乗り出しかける。視線の先、ルートヴィヒの屋敷の前。通りを見ているのは自分の祖父と愛犬。窓から顔を出すと危ない、とルートヴィヒに引っ張られて座り直した。
「ごめんなさい」
詫びると同時、今度はルートヴィヒに抱き締められた。
「構わない──本来なら、私も君の傍にいたいのだが……行かなければならないところがあるから。君はお爺様とジークとゆっくり休んで欲しい」
え、と声は出ないが唇が動く。寂しさも困惑も。色々な感情が顔にそのまま出ていたのだろう。ふ、とルートヴィヒは笑うと一瞬だけ軽く口付けて離れていく。
同時に車が止まった。扉を開けて降りると同時に祖父の声。自分が下りると同時に動き出す車を見送ることも忘れて、祖父の方へと駆け寄った。
手で静かに顔や肩へと触れながら、怪我はないか、とか、腹は空いてないか、とか尋ねてくる祖父の声が変わっていく。
やがて、馬鹿者、と一言呟くと同時に抱き締められて眼を閉じた。
「……ごめんね、爺ちゃん」
腕に力が籠る。それからしばらくはじっとしていたが、やがて腕が緩んだ。
「とりあえず中に入りなさい。それから──」
視線を後ろへ向けた。わん、とジークが吠えると、扉が開き使用人とおぼしき人達が姿を現す。
「まずは医者に見て貰って欲しい、と」
「……わかった」
足元で尻尾を振っている愛犬。一度しゃがんで頭をゆっくりと撫でる。
「ジーク。俺が戻るまで、爺ちゃんを守ってくれて有難う」
後で沢山遊ぼう。
わん、わん、と尻尾を振りながら返事をするように頭を揺らす愛犬。もう一度撫でてから立ち上がった。
祖父とジークも中に入るが、自分とは行き先が別だ。廊下で別れた後、案内されるままに足を進めていく。
そういえば──ルートヴィヒとエトガルはどこに行ったのだろう。
祖父と再会出来た喜びと安堵とですっかり抜け落ちてしまっていた。あの二人ならば心配はないだろう。
突然の状況の変化にまだ少し混乱はしているのだが。とりあえず──
戻って来れた。
その事実を噛みしめてアルノシトは肩の力を抜いた。
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