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自分だけが見る彼の顔-1-A-

 あの日から数週間。  翌朝はさすがに少しぎこちなくはあったが、今はもうすっかり元通り──のつもりだ。  佑も今までとは変わらず。時々食事をしながら、他愛ない話をして別れる────その繰り返し。呼び方が「朝野さん」から「洋佑さん」に変わったぐらいか。  ───自分も「佑」って呼ぶようになったか。  ぼんやりとパソコンの画面を眺めていると、後ろから声をかけられる。 「よ。どうした?なんか悩み事か?」 「あ、いや。……今日、晩飯どうしようかなと」  背凭れに預けていた体を戻した。同僚の方へと体を向け直す。 「自炊した方がいいのはわかるんだけど、片づけがめんどくさいよなぁ」  わかるわかる、と同意しながら肩を竦めた。 「後、食材が余って結局捨てたりしちゃうからさ。それなら外食するか、コンビニで買うか、って」  だよなぁ、と今度は同僚が頷き返してくる。そんな他愛ない雑談をしてから、仕事に戻る背中を見送った後、改めてパソコンへと向きなおる。 「…………」  そういえば。そろそろ佑から声がかかる頃合いか。たまには自分から誘ってみようかとスマホを手に席を立つ。  自販機の前、コーヒーが出てくるのを待つ間にメールを打つ。 「……早いな」  コーヒーの出来上がりを知らせる電子音と、メールの着信がほぼ同時。紙コップを手にしながらソファへと腰を下ろす。 ────ごめんなさい。今日は先約があって。  断りの返事に眉が上がる。気にするな、と返信した後、コーヒーを一口。  佑にも自分以外の友人がいること。当たり前のことだが、初めて認識した気がして僅かばかり目を伏せる。 「ま、帰りどっか適当に寄って行くか」  飲み終えた紙コップを丸めて捨てた後、仕事へと戻った。         ◇◇◇◇◇◇◇  明日は休みだし、少し飲むか──と、向かった先。  お一人様から個室の店。焼き鳥が売りの店だが、それ以外の創作料理も豊富、値段もリーズナブル。お洒落で手軽な店として合コン等でも人気が高い。  静かな店より賑やかな店の方がいい、と覗いてみたら、タイミングよく席が空いて待たずに通された。  適当に何品か注文した後、出されたお絞りで手を拭いていると、隣の部屋の会話が聞こえてくる。 「それじゃー自己紹介からいきましょー」  歓声と拍手。合コンの席らしい。  若いっていいねぇ。  聞こえてくる自己紹介を聞きながら、わかるーとか、あるある、とか内心ツッコミを入れたりして時間を潰す。  会話の内容からまだ大学生か、社会人になりたてくらいか。情報漏洩には注意しろよー、なんて余計なお世話なことを考えながら、届いた料理を摘まんでいると、予想外の名前。 「そういやさ、「ゆうき」くんって来ないの?」  一瞬動きが止まる。  つまんだ枝豆を一つ床へと飛ばしてしまった。踏まないように紙ナプキンで拾って横へ。  いやいや。「ゆうき」なんて多くはなくても珍しい苗字という程でもないだろう。もしかしたら、〇〇「ゆうき」みたいに名前なのかも知れないし──── 「あー、あいつこういうの来た事ないよな。一応声はかけたんだけど。「好きな人がいるから」って断られた」 「好きな人って理由初めてじゃね?今まで「つまらないから行かない」とかだったじゃんか」 「うっそー。「たすく」くん、結構タイプだったのにー」 「あいつ、まじで何が楽しくて生きてんだってくらい会話下手だぜ。俺にしとけって」 「やだー。私、「たすく」くんみたいな静かな人がいいー]  酔った勢いもあるのだろう。笑いながら冗談交じりの会話を続ける合コン組。  その隣、一人で飲んでいる洋佑は料理そっちのけで聞き耳を立ててしまう。  「ゆうき」「たすく」  もちろん、同姓同名の別人って可能性だってある。だけど────  その場にいない人間で盛り上がる程、話題に困っていることもないようで。結局それ以降は佑の話題になることもなく、お開きになってしまった。  二次会どうするーなんて話をしながら遠ざかっていくのを追いかけることも出来ず、すっかり冷えてしまった料理と、氷で薄まった酒とをちびちびと。 「…………」  大学に通っていたんだから、友人の一人二人いても当然だ。合コンに誘われたりも当たり前だろう。  見た目だけでなく、性格もいい。女の子の一人や二人──── 「…………」  自分は何に言い訳しているのか。ぷち、と最後の枝豆を押し出して口へと放り込むと席を立つ。  愛想のいい声を聴きながら店を後にした。  全然酔った気がしない。料理も食べた気がしていない。 「はぁ……」  大きく息を吐き出しながら空を見上げる。満点の星空──ならぬ、ネオンの看板。  別の店で飲み直すか、コンビニで何か買おうか。  思案しながら歩き出すと、スマホにメールの着信。 ────もうご飯食べちゃいましたか?  通行の邪魔にならないよう、隅に移動してから返信。 ────食べたけど、食べ足りないから迷ってた。 ────じゃぁ軽いの行きましょ。今どこ?  ここ。と近くの駅の名前を送信。10分か15分くらいで行くから、と返信があったので西口の方、と自分がいる出口を伝えてから改札の前まで移動。  適当に時間を潰していると、声がかかる。 「お待たせしました!」  そんなに急がなくてもいいのに。  きっと駅のホームから急いで来たのだろう。乱れた呼吸と髪。せめて髪を整えようと手を伸ばす。軽く整えると手の隙間から笑顔が見えて、手を止めてしまう。 「……?洋佑さん?」 「あ、いや……なんでもない」  ささっと髪を整えてから手を下ろす。さっきのことがあるからか、変に意識してしまう。 ────「好きな人がいるから」って断られた。 ────結構タイプだったのに。  顔も知らない相手に優越感を感じるなんて、本当にどうかしている。出来るだけ平静を取り繕おうと顔を向ける。 「ところでどこいく?」  変に声が裏返ってしまった。吹き出されて言い直しながら視線を逸らす。 「確かファミレスあったよね。そこにしよ」  反対する理由はない。確かこっちの方──歩き出す。 「僕はまだ食べてないから……しっかり食べてもいい?」 「あれ?先約あるって言ってなかった?」 「仕事の打ち合わせ。早く終わったら、一緒にご飯食べられるかなって思ったから」  屈託なく笑う。  いつも通り……のはずなのに。 「…………洋佑さん?」  足を止めた自分を気遣って佑が顔を覗き込んでくる。今の自分の顔を見られたくなくて、そのばでしゃがみこんだ。 「え?…大丈夫?」  具合でも悪いのかと慌てた声。すぐ傍でしゃがみこんで背中を撫でてくれている。 「いや……体調が悪い、とかじゃなくて」  ちらっと顔を上げる。すぐ傍にある喫茶店が目に入り、そこへ行こうと促すと、佑は頷いた。 「本当に大丈夫?具合悪いなら送るから──」  大丈夫。ゆっくりと立ち上がる。頬を手で押さえながら店へと入った。  昔ながらの喫茶店。物静かな店員に案内してもらった席へと腰を下ろすと、深呼吸してから、洋佑は佑を見つめた。

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