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自分だけが見る彼の顔-3-B-

 あの後。会話もしないまま電車に乗り、佑の後をついてきた。  佑は何も言わない。前を見たままだ。 ────やっぱり帰る。  そう思ったら帰っていい。多分、そういう気の使い方をしているのだと思う。自分より少し高い位置で揺れる後ろ髪を見ながら泣き出しそうになった。 「……この角、曲がったらマンションの入り口」  不意の言葉に足を止める。あ、とか、うん、とかよくわからない返事を返すと、佑がこちらを振り向いた。 「洋佑さん」  いつになく真剣な表情。反射的に視線を逸らしたくなる気持ちを抑えて、しっかりと見詰め返す。 「……部屋に来たら洋佑さんを抱きます」 「え?」  軽く眼を見開く。佑は眉を下げ困ったように笑う。 「ホテルの時みたいに。途中で止められる自信ないから……」  拳を握り締める。少しの沈黙の後、改めて口を開こうとした動きが止まる。言葉が途切れたのは、洋佑が佑の手に触れたからだろう。弾かれたように一歩下がる。 「な、に……」  そんなに驚かなくてもいいだろうに。  行き場のなくなった手をふらふらとさせながら洋佑は笑った。 「……ずっと考えてたんだ」 「……え?」  揺らしていた手を下ろすと、今度は洋佑が佑を見つめる。 「飲み屋で「たすく」の話を聞いてから……なんで、あんなにもやもやしたり、嬉しかったりしたのかなって」  今更。自分でもそう思うから、少し言い辛い。でも、きちんと話さなければ。 「……もやもやしたのは、俺じゃない誰かが佑の傍に居るかもって思ったから。嬉しかったのは、話していた人達は俺の知っている佑を知らなかったから」  少し肩を落とす。なんでこういう言い方しか出来ないのかと自己嫌悪に眼を伏せる。はぁ、と息を吐き出すと、改めて佑を見つめた。 「要するに……俺も佑が好きだ」  どんな顔をして言ったのだろうか。自分の表情は自分で見れないから、佑が見ている自分の顔が変な顔じゃないといいな、とは思う。 「……今更何言ってるんだってお──」  話す途中で抱きしめられた。痛みを感じる程の強さで抱きしめられてほんの少し眉が寄るが、抵抗も抗議もしない。 「洋佑さん」  うん、と頷く。抱きしめられたままで顔もあまり動かせないが、少し身動ぎして何とか腕を抜いた。  名前を呼ばれる度に頷いていると、先日のホテルの事を思い出す。仮に逆の立場だったら。あの状態で自分は行動を止められただろうか。  ────多分無理だ。  そう思えば余計に申し訳なさでいっぱいになる。どれだけ自分を大事にしてくれていたのかと改めて思い知ると、何故もっと早く気付かなかったのかと自己嫌悪に埋まってしまいたくなるが、だからこそ。  今、ちゃんと受け止めたい。そう思って腕を回して抱きしめ返した。 「……本当に……本当に?」  何度も確認される。腕を緩めたと思うと、今度は両手で頬を包まれる。視線を逸らすことが出来ない状態で覗き込まれると顔が熱くなるのを感じた。 「本当に」  言い終わるか終わらないかで唇を塞がれた。すぐに離れるが、驚きで固まってしまう。こんな場所で。誰が見ているかもわからないのに──と彷徨わせる視線。 「……っ、…ん」  再び口付けられる。何度も触れては離れていくそれ。どれくらいそうしていたのか。どこかで救急車のサイレンが鳴り、は、と動きが止まる。 「……ごめん」  漸く落ち着いたのか、我に返ったのか。頬を包んでいた手を緩めて息をつく。それでも離れがたいのか、中々手を離そうとしない。  自分だって出来ればこのまま──とは思うが。流石にこんな公共の場でこれ以上の行為はしたくない。 「……角。曲がればお前の部屋だろ?」  頬を包む手に自分の手を重ねて、そっと外させる。一度指を握ってから、静かに離した。 「ホテルの時から考えたら……長い事、待たせたけど。後少しだけ、な」 「……うん」  大人しく頷いた。こういうところは、可愛いと思ってしまう辺り、自分も相当甘いのかも知れない。  お互いに顔を見合わせて笑った後、こっち、と案内されるままに足を進める。 「────え?」  角を曲がればマンション。  その言葉に嘘はなかった。のだが──  小さな公園と見間違えそうな手入れされた空間。抜けた先にある高層建築物。ガラス張りのロビーに高そうなソファ。  その奥には受付のようなカウンターと人影が見える。  今更だが、ずっとその空間を区切る塀の横を歩いていたのだと気づいて、目を瞬かせた。 「……ホテル……?」  思わずつぶやいた洋佑の言葉に違うよ、と佑が笑う。 「ここ。僕の部屋」  行こう、と手を引っ張られる。よくわからない何かの装置を操作し、セキュリティを解除した後、開いたドアから中へ。  エレベーターに乗りこんだ後もぼんやりとしてしまったが、嬉しそうに握った指を絡め直されると、まぁいいか、と自分も指を握り返した。  防音もしっかりしているのだろう。エレベーターを降りて居住空間に入っても生活音がしない。足元も柔らかい絨毯のような床で、足音が立たないようになっている。  つい周囲を見回してしまうが、それも佑が足を止めるまで。電子音とともに解錠された扉が開く。促されて中へ入った。  靴を脱ごうと手を緩めると強く握られ引き留められる。 「……靴、脱げないから……」  さすがに土足で上がる訳には──そう思って振り向くと同時に、身体の位置を入れ替えられた。  扉と佑との間に挟み込まれ、流石に驚いて動きが止まる。 「……たす──」  後頭部へと回した手で上を向かされると同時に有無を言わせず口付けられた。腰を抱く手にも力が籠り、このまま抱き潰されてしまうのかと思う程。 「……ふ、ごめん…なさい。キスだけ……させて」  一度軽く吸い上げた後、申し訳なさそうに。言い終わるとまた口付けられる。行為そのものは乱暴かも知れないが、洋佑の唇をなぞる舌の動きも、柔らかく食む動きも驚くほど優しかった。  くちゅりと小さく水音が立つ。もっと、と求められて洋佑は佑の首へと腕を回す。顔の角度を変え、自分からも舌を差し出すように絡めていく。 「……は、っ……」  息を継ぐ間も惜しんで。ただひたすらに唇を重ねては離し、を繰り返すうち、洋佑は立っていられなくなって後ろのドアへと凭れかかった。 「…───ごめ…苦しかった…?」  腰を抱く手に重みを感じたのだろう。佑が唇を浮かせて問いかけてくる。問いかけながらも、口端や頬へと口付けを繰り返され、洋佑はしがみつく腕に力を込めた。 「…そ……じゃ、なくて……」 ──もっとほしい。  消え入りそうな懇願。ドアに凭れていた体がそのまま地面まで滑り落ちそうなくらい、膝に力が入らなかった。  ずるずると滑る体を抱きとめたのは佑。ごめんね、と一言呟いた後、洋佑の身体が浮いた。横抱きに抱き上げられて近くなる顔に視線を彷徨わせる。 「僕も。もっと洋佑さんが欲しい」  心底嬉しそうに笑う。ちゅ、と音を立てて口付けを落とされるのもくすぐったい。が── 「……ぁ、靴……」 「後で僕が脱がせてあげるから」  一応成人男性としては平均的な体格……だと思いたい自分を軽々と抱え、自分の靴を足だけで器用に脱いだ後、廊下へと。  扉を開けて欲しい、と言われてドアノブを回す。薄暗い部屋の中、ベッドらしい輪郭が目に入った。不躾に部屋を見るのも失礼かと目を伏せると、ベッドの上に下ろされる。  仰向けに寝転がった上へと佑が覆いかぶさってくる。ぎしりとベッドが大きく軋んだ。 「……洋佑さん」  名を呼ばれるか呼ばれないか。自分から腕を伸ばして、佑の身体を抱きしめた。

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