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貰い物-7-A-
佑が呼びに来てくれたのでリビングへと向かった。
立ち上がる時に少しふらつきはしたが、思うよりも身体は動いてくれたので、まだ若いな、なんて冗談を言ってみるも、佑は心配そうに腰に腕を回して支えてくれた。
多少過保護が過ぎる──というか、一応自分もいい大人ではあるんだが、と思ったりもするが、食生活だけでなく、色々と佑には格好悪いところをみられていることを思えば、「大人ならこんなことしないよ」なんて窘められるかも知れない。
「あ、お粥」
「うん。身体に優しい方がいいかなって思って」
温かい匂いに腹が鳴る。熱いから気を付けてね、なんて言いながら洋佑を椅子に座らせた後、佑も自分の席へと。
「頂きます」
手をあわせてから、れんげを取り、粥を掬う。軽く吹き冷まして口へと運んだ。じわりと染みるような温かさと米と違う食感。
「……何だろ。何か入ってる?」
「松の実。美味しくない?」
不安そうな佑に慌てて違う、と首を振った。
「お粥っていったら、塩とか卵とかのイメージだったから。こういうのもあるのかって思っただけ」
ほっとして表情を緩めた佑もれんげを手にし、粥を掬って吹き冷ます。
その首筋に残る痕を見つけて洋佑は、じわりと頬が熱くなるのを感じた。誤魔化すように粥を掬って口へと運ぶ。
「……なんていうかすごい優しい味がする」
そもそも粥自体が病人食だから、優しい食べ物なのだろうが、味付けそのものが優しく感じる。
対面で同じ粥を食べている佑が静かに笑った。
「気に入って貰えたなら良かった。残しても大丈夫だから、食べられるだけ食べてね」
「残すどころか、お代わりが欲しいくらいだよ」
とんでもない、ともう一口。温かい粥のおかげか、身体も気持ちもいい具合に緩んでいる気がする。
「……ご馳走様でした」
綺麗に空にした器を前に手を合わせる。本当にお代わりが欲しいくらい美味しかった。
「良かった。後片付けも僕がするから、洋佑さんはゆっくりしていて」
「大丈夫だってば。二人でする方が早いだろ」
佑か自分が食器を洗って、もう一人が拭いて食器棚へとしまう。今までも何度かその流れで片付けていたから、そのつもりで立ち上がろうとする洋佑の手から空の器が持って行かれてしまう。
「……お願いだから休んで。洋佑さん」
あまりにも真剣に言うものだから、言葉も頷きも返せずに食器を渡した。水音を聞きながら、無意識のうちに首筋へと指で触れる。
と、水音が止まった。少しの間を置いてから、佑の声。
「……洋佑さん。どうしたの?しんどい?」
ベッドルームに行かずに椅子に座ったままでいたので誤解したのだろう。慌てて傍に来る佑に眉を下げる。
「違うよ……お前は本当に心配性だな」
椅子ではなく床にしゃがみこみ、自分の顔色を見上げている佑の頬へと指で触れた。
そのまま肌を滑らせて、自分が残した痕へと触れる。
「……洋佑さん?」
相変わらず心配そうな顔のまま。溜まらなくなって洋佑は自分も床へと降りて視線を合わせて座り込む。
「……佑」
改めて両手で頬を包む。不安そうな表情のままの佑を安心させるよう、額をそっと触れ合わせた。
「お前、いっつも俺のことばっかりだけど。自分の事も大事にしてくれよ」
え、と声はなく口が動く。
「まぁお前には頼りないとこばっか見せてるから……心配されても仕方ないかもだけど。でも、俺はお前の方が心配だよ」
ふぅ、と息を吐き出した後、頬に添えた手を上にずらすと髪をくしゃくしゃと乱す。子供の悪戯のような行為に眼を丸くした佑の頬を軽く摘まんでから離す。
「俺だってお前の事好きってこと忘れてるだろ」
「え?」
今度は声が出た。ぽかんとした表情のままの佑の頬へと口付けてから、静かに抱きしめた。
「……佑見てると。お前だけが俺の事好きって思ってるみたいなとこあるけど。俺だって佑のこと大好きだからな」
腕の中の佑の身体が震えるのが伝わる。ぽんぽん、と先程自分が乱した髪を整えるよう頭を撫でながらゆっくりと囁く。
「だから。俺に出来る事はさせて欲しい」
無理な事は無理だというから。
暫く動かなかった佑が、静かに頷くのを感じる。おずおずと伸ばされた腕が洋佑の身体へと周り、抱きしめてくるのを感じながら眼を閉じる。
遠慮がちだった腕に力が籠る。一度強く抱きしめてから緩められていくのに合わせて、洋佑もゆっくりと体を離す。
「……洋佑さん」
「ん?」
少しだけ眼を潤ませた佑がじっと見つめてくる。緩めた腕を改めて伸ばすと、両手で頬を包まれた。
「凄く……キスしたい」
いい?と視線で問いかけられた。頷く代わりに眼を閉じると同時、柔らかい感触。
激しさはない。ただ緩く啄むだけの優しい行為を何度も繰り返すそれ。洋佑は動かないまま、眼を閉じて受け入れるだけ。
やがてゆっくりと離れていく熱に静かに眼を開くと、幸せそうに笑う佑と目が合う。つられて洋佑も笑みを浮かべた。
と、ふぁ、と小さな欠伸が零れる。身体も気持ちも緩んだせいが、急に眠気に襲ってきた。
「ん、わるい……急に眠くなった」
正直に告げる。佑は笑みを浮かべたまま頷くと、洋佑の身体へと腕を回した。
「僕もちょっと眠いから……一緒に寝よ」
うん、と頷く。当然のように佑に抱き上げられることにも漸く慣れて来た。
「……そういえば佑……お前結構いい身体してるよな」
うとうとと。ベッドに運ばれながらの問いかけ。器用にドアを開けながら佑は静かに頷いた。
「自分じゃ分からないけど……洋佑さんが好きならそれでいい」
何かスポーツでもやっているのか……なんて他愛のない質問を口にする前にベッドへと。するりと回される腕の温もりと居心地の良さに抗えず、洋佑は眠りに落ちていく。
「……起きたら…──」
何をするのか。言えぬままに眠ってしまった洋佑の頬へと軽く口付けた後、佑も目を閉じた。何をするのかは起きた時に聞けばいい。
考えてみればお互いの事をゆっくりと話す時間はあまりなかったような気もする。
洋佑の言ったように、自分は洋佑の事を気遣うつもりで、線を引いてしまっていたのかもしれない。
好きな人のために出来ることをしたい。
相手に嫌われないようにしたい。
似ているようで全く別物だということを、洋佑に言われるまで気づかなかった。
多分──洋佑に出会わなければ、ずっと気づかないままだった。
「……洋佑さん」
有難うでも好きでも足りない。どうやって伝えたらいいのか分からなくて、ただ抱きしめる腕に力を込めた。
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