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改めましての決まり事-1-A-
週明け。
出社した洋佑は、時間を見て総務部の方に住所の変更の手続き、同僚や上司に引っ越しするから少し休みが欲しい事を伝えた。
業者の手配次第で日程は改めて──のはずだったのだが、閑散期のためか、たまたま空いていただけか、希望通りの日程で来てくれることに。昼休み後、日程が確定したことを告げて、休みを確定させる。
後は書類を書いて渡すだけだ。
「んー……書類もだけど、いざとなると大変だな」
ぐーっと椅子の背凭れに体重を預けて伸び。姿勢を戻すと、貰った書類の注意事項に眼を通す。
「梱包はいいんだけど、開封作業が俺は駄目」
一年くらい段ボールに入ったままのものがあった。
なんて笑う同僚につられて洋佑も笑う。
「俺は大学に通うため出てきてそのままずっと──だから。ちょっと寂しくもあるかな」
住み慣れた部屋。新しく来た人も出て行った人もいる。軽く挨拶を交わす程度の顔見知りになった人も。
何よりも、あの部屋に戻ることが無くなるのかと思うと、何とも言えない寂しさを感じて目を伏せた。
「でも、ま……これも人生、なんて」
冗談めかして語尾を濁す。雑談していた同僚が席へ戻るのを見送ってから、改めて書類へと視線を落とした。
転居先の住所──総務の人間が見れば、おや、と思うかも知れない。
とはいえ、個人情報を吹聴するような人間はいないから、あれこれ聞かれることもないだろう。
とりあえず。これで準備は出来た。後は──
「朝野ー、ちょっといいか?」
「はい!すぐ行きます」
思考を中断。書類をしまうと、仕事に意識を戻した。
◇◇◇◇◇◇◇
週末。朝から佑と二人で荷物をまとめるために洋佑のマンションへと。
洋佑が仕事に行っている間に、佑が引っ越し業者と話をまとめてくれていたから、段ボールや梱包資材は既に部屋にあるらしい。
「いやー本当助かった。有難う」
「どういたしまして」
窓を開けて風を通したり、軽く掃除機をかけたりはしたが、それ以上のことはしていない。
「どれが必要かとかは分からなかったし……勝手に触って、大事なものを壊しちゃったら駄目だから」
「壊されて困るようなもんはない……あーパソコンくらいかな?」
鍵を開けて中に入る。佑の言う通り、軽くでも掃除してくれていたおかげか、埃っぽくも黴臭くもない。佑の部屋と違って、数歩歩けばリビング兼キッチン。他に風呂、トイレ、寝室兼私室が一つ。
「とりあえず──要らないものから先に出していくか」
冷蔵庫の中は会社を早退した週には片付けておいたから今は空。しいて言うなら脱臭剤や氷の残りを捨てるくらいだろうか。
食器は──
「んー……あ、これシール集めてもらったやつ」
景品でもらったコップや皿。学生時代から使っているものは流石に茶渋が落ちなくなっている。
とはいえ、土産でもらったものや、思い入れのあるものもいくつかあるから、そういったものは新聞紙で包む。それ以外のものは思い切って処分することにした。
「食器棚にはまだ余裕があるから……持って行きたいものは持って行っても大丈夫だよ」
むき出しのままで割れると処分が大変になるから、不要品は不要品で新聞紙で包んでから、区別しやすいよう大きく「不要品」と書いてある箱に入れていく。
「ありがと。でも、ある程度は思い切りも必要だと思うからさ。本当に大事なもの以外は処分しようと思う」
洋佑の言葉に佑は穏やかに頷く。
「うん。テーブルとかの家具は大型ゴミでまとめて出さないと──」
他には──
「デスクと──ベッドとかか。思ったより大がかりになりそうだなぁ」
ん-と眉を寄せた。食器を包んでいた佑が作業を終えて立ち上がる。
「今日一日で全部は無理だから──今日は食器だけでも片付けちゃおう」
「そうだな──後、服か。ぱっと持って行けるのは幾つか持って行きたい」
後は──
と、あれもこれもと作業していれば、あっという間に夕陽が差し込んでいる。一区切りついたところで手を止めて、今日はここまでにしようと声をかけた。
さっと片付けてからマンションを出る。
「んー。動いたら腹減ったなぁ……どっか食べに行くか?」
「そうだね。今から買い物行って作ると──遅くなっちゃうし。またお弁当買って帰る?」
折角だから、今日はちょっと飲もう。
洋佑の言葉に、佑はほんの少し眉間に皺を寄せた。
「……お酒、飲んで大丈夫?」
不摂生がたたって、悪酔いしてここまで運んできて貰ったこと。
思い出すと、さっと頬が赤くなる。
「大丈夫だって!ちゃんと飯食ってるのは、佑が一番分かってるだろ」
ふらふらと手を振った。恥かしさで視線が合わせられず、顔をそむける。
「……そうだね。昨日も、ちゃんとご飯……食べたね」
笑う気配に顔を向けた。穏やかな表情に戻った佑が、行こう、と促してくる。
「どうせなら、あの時の焼肉屋さんに行ってみる?」
「お、いいな。味は本当美味かったんだよなぁ……」
酔い潰れてしまって、細かくは覚えていないのだが。美味かった、という感覚はおぼろげにある。
「もし、空いてなかったら、歩きながら考えよ」
その場で佑が電話をしてくれた。店員と話すのを横で聞きながら、手持無沙汰に景色を眺める。
──俺、本当にここ、出ていくんだな。
まだ実感がない。業者の手配もして、こうして荷造りを手伝ってもらっていても、まだ会社から戻ってくるのはここなんじゃないか、なんて考えてしまう。
「洋佑さん!予約いけるって」
嬉しそうな声に我に返る。
「やったな。じゃぁ早速行こうぜ」
弾んだ声のまま電話に戻る佑。電話を切るのを待ってから、二人で歩き出した。
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