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12 敦司、目ん玉とび出る

 カランッ。   カレーライスを口にかきこんでいた敦司の手からスプーンがすべり落ち、皿に当たって音が鳴り響く。  口はだらしなく開いたままで、口の中のカレーがこぼれ落ちそうだ。   「ひま、はんへいっは?」 「なに言ってるかわかんないし汚いっ」  敦司は完全に固まって、穴が空きそうなほど俺を凝視していた。  ほら、やっぱり敦司の目ん玉とび出たよ。  そうだよね。こんなの空耳かと思うよね。  俺は仕方なく、また前のめりになって敦司に近づき、さっきの言葉を再度くり返す。 「だから……俺、冬磨のセフレになった」  敦司はこれでもかというほど目を見開いたかと思うと、急いで口の中の物を飲み込んで水をがぶ飲みし、そして叫んだ。 「嘘だろっ!!」 「もー、声でかいって敦司。ここ社食」 「それはこっちの台詞だっ!!」  敦司はずっと、はぁ? 嘘だろ? とくり返し、両手で顔を覆った。 「お前が納得いくまでやらせてさっさと振られれば、諦めると思って手伝ったのに……」 「ええ? なにそれ、ひどいじゃんっ」  「……お前みたいなピュアピュアな奴、そんな遊び人に好き勝手させたいバカがどこにいんだよ……」 「……な、なにピュアピュアってっ。恥ずっ」  敦司が手を下ろし、青い顔で俺を見つめた。 「で、なに。まさか……もうその遊び人に……やられちゃったわけ?」 「敦司、言い方っ!」  俺はまた前のめりになってささやいた。 「すっごい優しく抱いてもらった」  言ってから恥ずかしくなって、今度は俺が両手で顔を覆う。  昨日は幸せすぎて眠れなかった。  一晩中冬磨を思い出してベッドで一人暴れた。  そのうち後ろが疼いてきて、一人でやってみたけどやっぱりちっとも気持ちよくない。冬磨はなにか魔法でも使ってるんじゃないかな。本気でそう思った。  冬磨と交換した連絡先とメッセージを何度も眺めて、気がつけばもう朝だった。 「マジかよ……嘘だろ……」  敦司はブツブツとつぶやいていたけど、俺は無視して話を続ける。 「ね、ね、見てこれっ」  冬磨から送られてきたメッセージとスタンプを敦司に見せびらかす。 『基本金曜だけど、天音ならいつでもいいよ』というメッセージと、シンプルな黒猫の『またな』というスタンプ。 「もう擦り切れるくらい見ちゃった」 「……紙じゃねぇんだから永久に擦り切れねぇよ、ばか。……てかなにこの『天音ならいつでもいいよ』って」 「ねっ! それ、どういう意味だと思うっ?! 本気にしちゃっていいのかなっ?!」  ただの社交辞令かなっていう諦めの気持ちと、むくむくとふくれ上がる大きな期待。だってこんなこと言われたら期待しちゃう。 「……気に入られたんじゃねぇの?」 「うわ……っ。敦司もそう思うっ?! うわ、どうしようっ」  昨日は俺から『よろしく』と送り、この返事が来た。  どう返したらいいのかわからなくて、その後はまだ送っていない。 「俺はバーに毎日顔出してます、でいいかな?」 「は? お前毎日行く気か? 金大丈夫かよ」 「あの店チャージ料取らないんだ。冬磨とこうなれたのはマスターのおかげだからさ。もう足向けて寝られないくらい感謝してんのっ。だから、毎日一杯でもお金落としに行こうかなって」 「……はぁ。ほんっとお人好し……」 「スーツで行けないのがキツイけどね」 「てか毎日バーに行ってたら嘘バレるだろ。他のセフレは? ってなるんじゃね?」  言われてハッとした。 「ほ、ほんとだっ!」  思いもよらなかったそんなこと。  そうか、そうだよね。でもマスターにお礼はしたい。一杯だけ飲んで、それからセフレと落ち合ってるってことにする?  でも、会社が近いわけでもないのにどう考えてもいろいろ不自然だ……。  マスターにお礼がしたかったけれど、敦司の言うとおり毎日は無理そうだ。  ううぅ……マスターごめんなさい……。  仕事が終わったあと、冬磨に『当日の誘いは他と被るかも。基本いつでもOK』と当たり障りのない返事をした。  当日の誘いをやんわりと断ったのは、後ろを広げるためだ。  冬磨に会う日の前日はしっかりと後ろを広げないと。ビッチじゃないってすぐにバレちゃうもん……。  メッセージはすぐに既読がついて、ドキッとする。  スマホが冬磨と繋がってる、それだけで胸が高鳴った。 「あの、星川さんっ」 「ん?」  会社のビルを出ようとしたところで、新人の女の子に声をかけられた。 「山口さん? どうしたの?」 「あのっ、えっと……今日このあとってお暇ですかっ?」  本当はバーに飲みに行くつもりだった。  でも、毎日行くのは嘘がバレるから無し。というわけで暇ではある。  せっかく持ってきた着替えとワックスも、今日はロッカーに置いてきた。  山口さんは、ものすごく必死な表情をしていて、なにか俺に相談でもあるのかなと心配になった。 「どうしたの? なにか困りごと?」 「えっ、いえ、困りごとじゃなくて」  びっくりしたように顔の前で手を振る山口さんに、俺はホッと胸を撫で下ろす。  よかった、考えすぎだったか。 「あの……もしよかったら……その……一緒に飲みに行きませんか?」 「え? ああなんだ、飲み会の誘い? いいよ、暇だし。他に誰がいるの?」 「あ……いえあの……」 「あ、敦司。飲み会だって。一緒に行く?」  残業だと思ってた敦司も仕事を切り上げたらしい。出口にやってきたからついでに飲み会に誘った。 「飲み会? 別にいいけど他に誰がいんの?」  敦司と二人で山口さんの返事を待つ。  すると、山口さんは慌てたように頭を下げた。 「す、すみませんっ。ほ、他に誰が来るのか今すぐ確認してきますっ!」  事務所に向かって走り出す山口さんにあっけにとられた。 「山口さんっておっちょこちょいだね?」  敦司に笑いかけると、盛大なため息をつかれる。 「……山口さん可哀想」 「え? なにが?」 「あれきっと、いま慌てて他の人誘って人数集めてるぞ」 「ん? どういうこと?」 「お前と二人で飲みたかったんだろ」 「ええ? まっさかー! なんで山口さんが俺とサシで飲みたいのさ。ないない。考えすぎだって」  はぁ……とあきれたようにため息をくり返す敦司に俺もあきれていると、山口さんが姉御的存在の先輩を連れてこちらに向かって歩いてくる。 「え、松島さん……だけ?」 「ばか。聞こえるだろ」  敦司にどつかれて慌てて口をつぐんだ。  だって、山口さんに誘われて松島さんが来るなんて誰が想像するんだ。  これ、絶対たっぷり飲まされるコースじゃん……。 「星川、佐藤、さぁ、行こう行こう」  松島さんが俺らの背中を押しながら山口さんを引っ張る。 「あ、ほら、やっぱサシじゃなかったっしょ?」  と敦司にささやくと「聞こえるって」と頭をはたかれた。  叩くことないじゃん、敦司のばか。  松島さんにしてはめずらしく恋愛話から始まった飲み会。  今日は楽しく飲めるかなとホッとしたのもつかの間、結局いつものように仕事の説教が始まり、そのうち上司の愚痴を聞かされて、浴びるように酒を飲まされ地獄のような飲み会が終わった。  山口さんも相当飲まされて青くなっていて、彼女が松島さんとサシ飲みをせずに済んだことだけが救いだった。  俺たち、ちょっとはいい仕事したかな。  

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