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32 冬磨とキャンプ……?

 お風呂場にローションはなかった。  どうしよう……と思ったけれど、とにかく中だけは綺麗にした。  ちゃんと広げないときっとキツい。疑われるかな。不安だけどローションがないとどうすればいいかわからなかった。  シャワーから上がって、カゴの中の服を手に取る。  水色の半袖パジャマ。冬磨のパジャマ……俺が着ていいの……?  いつも替えを持ってきている自分の下着と、ドキドキしながら水色パジャマを着た。  冬磨の匂いだ……。  俺はふらふらとしゃがみこむ。はぁ……大好き……冬磨。冬磨のパジャマ……嬉しい……。心臓、痛い……。  気を取り直してリビングに戻ると、冬磨がソファを背にして床に座り、ローテーブルの上でノートパソコンをいじっていた。  もしかして仕事かな……。   「お、天音。ちょいちょい」    冬磨が俺を手招きで呼んだ。  近づいてソファに腰を下ろそうとすると、冬磨は立ち上がってパソコンの前に俺を座らせる。   「な……なに?」 「天音。富良野に行こう」 「……え?」 「星を見にさ。約束したろ? な、これ見て?」  冬磨が俺をまたぐようにして後ろのソファに腰をかけた。  俺は冬磨の足の間に座っている状態。冬磨が前のめりにパソコンを覗くと、頬と頬がかすかにふれて、心臓が壊れそうなほど高鳴った。  ドキドキしながらパソコン画面を見る。そこには、毎年父さんが必ず行く、星を見るための専用キャンプ場のサイトが開かれていた。 「ここさ、星を見るために作られたキャンプ場なんだよ。これすごくね? でも、もう土日は全部埋まってんだ。お前、有休使えないか?」 「ち……ちょっと待って。え……? キャンプ……?」  脳内処理が追いつかない。  冬磨と星を見に行こうと約束はした。でも、ちょっとぷらっと遠出して、帰りに星空を眺めて帰ってくる、そんな気持ちでいた。  それなのに、まさかのキャンプの誘い。話が大きすぎて動揺がひどい。  冬磨がもう一度丁寧に説明をしてくれた。 「もう予約いっぱいでさ。来月までもう平日しか空いてないんだ。キャンプだから二日、いや日曜と繋げれば一日だな。なんとかならないか?」  冬磨はパソコンの予約状況ページを開き、まだ予約の空いているところはどこかと説明してくる。  本当に……キャンプに行くの?  冬磨と二人で……キャンプ? 「あー……やっぱ有休は難しいか?」  俺がいつまでも返事をしないでいると、冬磨が落胆したような表情で俺の顔を覗き込んできた。  あ、やだっ。キャンプの話が流れちゃうっ。 「有休なんてまったく使ってねぇから、全然余裕」 「おっ、マジで?」 「うん」  冬磨とキャンプ……。信じられなくて手が震えてくる。  最近あまりに夢みたいなことが多すぎて心がついていけない。俺……幸せすぎて死んじゃうかも……。 「じゃあどこにする? 今月はもう三箇所しか取れねぇわ。日曜と繋げるなら来月かな」 「別にどこでも平気。俺の仕事なんて、自分で調整すればいい仕事だから」  めっちゃ残業して終わらせようっ。 「んーじゃあ、日曜と繋げて、来月のここ。いい?」 「……うん。大丈夫」 「よし、決まりだ。ちょっと待ってな。今予約するから」  その言葉に、俺はパソコンの前を譲ろうとしたのに、冬磨はそのまま前かがみになってパソコンを操作し始める。  まるで後ろから抱きしめられているみたいなこの体勢に、さらに心臓が暴れだす。  冬磨の息が耳や頬にかかって、そのたびにゾクゾクして俺はぎゅっと目をつぶった。  早く終わってほしい……。やっぱり……終わらないでほしい……。ずっとこのままでいたい……。  そんなことを思いながら、俺は冬磨の足の間でじっと息を詰めていた。  パソコンのエンターを叩く音が響く。 「よしっ。予約完了」  終わっちゃった……。  と、残念に思った。  ところが、冬磨はこの姿勢のまま動こうとはせず、俺を両腕で包むようにしてスマホをいじり始めた。  嬉しいけど胸が張り裂けそう。助けて……。俺はドキドキしながら身動きできずにいた。 「よし。お前にキャンプの日時送っといたから。絶対忘れんなよ?」 「……忘れねぇよ」  忘れるわけない。毎日指折り数えちゃうよ……。  キャンプの予約、本当に取っちゃった。  冬磨と……キャンプ。夢じゃないよね?  あれ? 予約画面をよく見ると、取った予約はバンガローじゃなくてオートサイトだった。 「冬磨、テントで……いいの?」 「ん?」 「だから、バンガローじゃなくて……テントでいいのかって」 「キャンプっつったらテントだろ? バンガローはもう空いてねぇしな。てかテントの方が絶対楽しいって」 「あ……うん。俺も、キャンプはテントが好きだよ」 「だろ?」  テントでいいんだ。  まさか、テントでは……しないよね?  ってことは、そういうの無しで俺と星を……星だけを見に行くんだ……。  じわっと胸があたたかくなった。  冬磨は俺の頭に顎を乗せて、楽しそうに話し出す。 「テントとかバーベキューコンロとか、もう色々用意したからな」 「え……っ、もしかして買った?」 「うん買った。下見してからお前と一緒にって思ったんだけどさ、なんか見てたら楽しくなっちゃって、もう買っちゃった」 「全部うちにあったのに……」  父さんが冬の季節以外はよくキャンプに行くから、家にはキャンプ道具ならなんでもそろってる。 「あーっ、そっか。星好きなんだからキャンプ道具くらいもってたか。いや、でもいいや。もったいねぇから何回も行こうぜ」    冬磨の言葉に俺は固まった。  何回も……?  でも、富良野はもう予約がいっぱいだ。もしかして、来年も……ってこと?  それとも今年、他のキャンプ場を探すのかな。  ……どっちでも……死ぬほど嬉しい。冬磨と何度もデートできるんだ。何度も……。  本当に……できるのかな。 「天音」 「……なに」 「寝よっか」 「……うん」  冬磨は俺の頬にキスをしながら、パソコンの電源を落としてパタンと閉じた。  

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