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52 すごい恋人っぽいっ!
俺たちはホテルを出ると自然と手を繋いで歩いた。
もう当たり前のように繋がれた手が、死ぬほど嬉しくて心の中が大変だった。
俺がじっと繋いだ手を見ていたら、冬磨が「あ」と手を離そうとするから、俺はぎゅっと握り返して阻止をする。
「ごめん、お前見られたらマズいんじゃねぇ? 自分がカムアウトしてるからついうっかりしてた」
「冬磨、カムアウトしてるんだね」
「ん。自分らしく生きるがモットーだから」
冬磨、カッコイイな。
俺も冬磨みたいにカッコよく生きたいな。
「俺は親と敦司しか知らないけど、好きな人と手を繋ぐのは……夢だったから……」
あ、松島さんを入れ忘れちゃった。
「じゃあ夢はもう叶っちゃったな? でも、職場の人に見られたらマズくね?」
「ううん。見られてもいい。俺も、自分らしく生きたいから」
「そっか。じゃあ遠慮なく」
ぎゅっと強く握り直して冬磨が笑った。
もうすぐ駅に着く。
俺は冬磨とは反対方向だ。でも、まだ離れたくなかった。
このまま別れたら、何もかもが夢だったのかも……と思ってしまいそうで怖い。
冬磨の家に……行きたいな……。
なんて言ったら迷惑かな。迷惑だよね。明日も仕事だもん……。
「天音。朝帰りってだめか?」
「……え?」
「なんかこのまま帰したくねぇ。俺ん家泊まんねぇ? 朝バタバタするけどさ……」
「と、泊まるっ!!」
思わず叫ぶように答えた俺に、冬磨は一瞬驚いて、すぐに吹き出した。
「ふはっ。かわい……。やべぇ、今日俺ずっと可愛いしか言ってねぇな……」
クックッと笑って「じゃ、とりあえずなんか食うか」と言って、スマホを取り出し調べ始めた。時間はまだ二十一時。でも、もう二十一時。
冬磨は、今日が俺たちの恋人一日目だからと、ちゃんとした所にこだわった。たとえ居酒屋でも雰囲気のあるところでって。
でも、俺は早く冬磨と二人きりになりたくて、牛丼屋を指さした。
「あそこでいい」
「は……嘘だろ? もっとちゃんとさ……」
「それは週末じゃ……だめ? 今日はもう……早く二人になりたい」
ぎゅうっと繋いだ手に力を込めると、冬磨が息を呑むのがわかった。
あ、俺言い方間違えたかも……。
「あ……あの、ふ、深い意味はなくて、ただ二人になりたいだけで……」
俺が弁解しようとすると、冬磨が声を上げた。
「いやっ。深い意味大歓迎っ。よし、牛丼食べて早く帰ろっ」
「えっ、いや、本当にただ二人に……っ」
二人になりたかっただけなのに。
でも、ニコニコ笑顔の冬磨が可愛くて愛しくて、もう深い意味ありでもいいか、と思ってしまった。
二人で牛丼を食べて地下鉄に乗り込む。
『手、離すか?』
『ううん。このままでいい』
目だけでそんな会話をしながら並んで座って地下鉄にゆられた。
さすがに周りの視線が刺さったけれど、何も感じない。
冬磨と手を繋いで嬉しいという気持ちでいっぱいで、周りの視線なんてどうでもよかった。
「明日は何時頃出れば間に合う?」
「あ、冬磨は何時? 俺、敦司の家にスーツ一式あるから、冬磨と一緒に出るくらいで大丈夫だと思う。名札は臨時の物借りればなんとかなるし……うん大丈夫」
「……なんで敦司んちにお前のスーツがあんの?」
「あ、俺よく飲み会で潰れちゃうから、敦司の家に連れていかれてもいいように一式置いてあるの」
松島さんがいると、大抵いつも飲まされて敦司の家コースだった。
敦司の家のほうが会社に近いから、迷惑ばっかりかけてしまう。でも、敦司はいつも、別にそんなの迷惑じゃないって言ってくれる。本当に最高の親友だ。
「敦司の家に連れていかれるってなんで? 職場の連中にまで敦司のこと知られてんの?」
質問の意味が一瞬わからなかった。
でも、すぐに気がついた。
あ、説明が足りてなかったっ。
「敦司は同僚だよ。大学からの親友で、今は同僚」
「……ああ、そういうこと……」
冬磨は納得したように数回うなずいてから、また複雑そうな顔になった。
「天音」
「うん?」
「敦司に連絡しろ」
「え? なんで?」
「今からスーツ取りに行くって連絡しろ」
「……へ?」
冬磨の声がいつもより低くて驚いて、俺は目を瞬いた。
「もう敦司の家じゃなくていいだろ。今日からは俺の家に置いとけ」
「……えっと、でも飲み会のあとに……」
「今度からは俺が迎えに行くから。ならいいだろ? だから、早く連絡」
「う……うんっ」
今度からは冬磨が迎えに……っ。冬磨が迎えに来てくれるんだ……っ。
敦司にメッセージを打ちながら、心臓が高鳴って仕方なかった。
飲み会の終わりに迎えに来てくれるなんて、すごい恋人っぽいっ。どうしようっ。
「ふ……かわい……」
冬磨のつぶやきがかすかに聞こえて隣を見ると、優しい瞳が俺を見つめてた。
あ、俺いま、すごいニヤニヤしてたかも。見られちゃったっ。恥ずかしいっ。
「お前いま、すげぇ百面相してるって知ってる?」
「ひゃく……え?」
「驚いて、困って、喜んで、いま真っ赤になってんの」
冬磨がクスクス笑って教えてくれた。
俺、いまそんなに表情変わってた? そんな自覚全然なかった。
「そんなんでお前、よくあんな無表情でずっといれたな。ほんとすげぇな」
「……だって。そうしないと冬磨のそばにいられなかったから。そばにいるためなら俺、いくらでも無表情になれるよ」
そう伝えると、繋がれた冬磨の手に力がこもった。
「天音」
「うん?」
「抱きしめていい?」
「えっ」
冬磨を見ると、すごい本気の顔をしていた。
「だ、だめだよっ」
ここ地下鉄の中だからっ。
手繋ぎだって注目あびてるからっ。
もう少しで家だから我慢してっ。
目で訴えたけど、ちゃんと伝わったかな……。
悲しそうな顔をする冬磨を見て心配になった。
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