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54 冬磨、美香ちゃん知ってるの?
敦司のアパートに着くと、冬磨が気を使って手を離そうとした。
でも、俺は絶対離さない、と強く握って敦司の家のインターフォンを押した。
「遅くにごめん、敦司」
「こんなの遅いうちに入んねぇよ。いま美香送るとこだったからちょうど良かった」
「あ、美香ちゃんいるの?」
敦司に見せたくて繋いだままの手。……どうしよう、と悩んだ俺に冬磨が気づいて、そっと手を離してから頭をくしゃっと撫でられた。
その様子を見ていた敦司が笑顔をみせる。
「よかったな、天音」
「……うん。敦司のおかげ。本当にありがとう」
俺のお礼に冬磨も続く。
「ありがとな、敦司」
「こっちこそ。天音を止めに走ってくれてさんきゅ。冬磨」
親しげに会話をする二人に、なんだかジンとして目頭が熱くなった。
「敦司。酒は何派?」
突然冬磨にそう問われた敦司がポカンとなった。
「へ? 突然なに?」
「いいから。何派?」
「え……っと、ビールか酎ハイかな?」
「ん、わかった。今度箱で買ってくる」
「は?」
きっと今日のお礼に買ってくるんだろうな、と思った。
ちょっと照れくさそうなぶっきらぼうな物言いが可愛くて笑ってしまった。
「笑うなよ、天音」
「ふふ、ごめ……」
俺たちのやり取りを見て、敦司が安心したように息をつく。
「ちゃんと素、出せてんじゃん。よかった」
「うん。本当に感謝してる……敦司。今度なにか美味しいものでもおごるね」
それを聞いた敦司が、なぜかちらっと冬磨を見る。そして、いつものように寿司でいいぞ、焼肉でいいぞ、とは返って来なかった。
「……そんときは冬磨も一緒にな」
「え? う、うん」
そう返ってくるとは思わなくて驚いた。
そんなに冬磨と仲良くなったの?
「……別に今まで通り二人で行け。親友なんだろ。俺なんか気にすんな」
「そんな顔でよく言うわ」
ぶはっと敦司が吹き出した。
そんな顔ってどんな顔?
そう思って冬磨を見ると、完全に眉が寄っていた。怒ってるような、いじけてるような、悲しそうな、そんな複雑そうな顔。
そうだった。敦司に一番嫉妬してるってさっき言われたばかりだった。
「ご、ごめん冬磨っ」
「いい。わかってるからいい。俺だってサシで飲むダチくらいいる。そんなの普通だろ。だから今まで通りでいい」
「でも、冬磨も一緒がいいっ。三人で食べに行こ?」
「いいって」
「だって、冬磨に会えるなら毎日でも会いたいもんっ」
俺がそう声を上げると、冬磨が固まった。そして、ゆっくりとうつむいて、はぁ……と深く息を吐く。
「冬磨?」
またぶはっと敦司が吹き出した。
「天音が本気出したらそうなるんじゃねぇかなって予想はしてたけど、予想以上だな」
「なに、俺が本気出したらって」
クックッと笑う敦司とうなだれる冬磨に、何がなんだかわけがわからなかった。
「てかまた目立つとこにキスマ付ついてんな。……また全身か?」
「あ……ううん。今日は一個だけ」
「へぇ?」
意外そうな顔をする敦司に冬磨が言った。
「天音の身体を見るのは俺だけだからな。牽制はもう、見えるところに一個でいい」
「って、言い方……っ」
身体を見るのは俺だけ……っ。その言葉に顔が熱くなった。
そっか。いままではセフレに見せるために全身で、もう冬磨しか見ないってわかったから、見えるところに一個……。どうしよう。一個のキスマークの重みがすごく幸せだ。
「マジで会うたびに付けそうだな?」
「付けるけど?」
「……って言ってるけど、いいの? 天音」
「えっ? うん……すごい嬉しい」
「……あっそ」
敦司があきれ顔で肩をすくめた。
「敦司ー。これで全部かな? 大丈夫か確認してー?」
奥から紙袋を持って美香ちゃんがやって来た。
「お、サンキュ」
美香ちゃんから紙袋を受け取った敦司が、中を覗き込んで確認する。
「天音くんっ。久しぶりっ」
「美香ちゃん久しぶり。元気だった?」
「元気だよー。天音くんイメチェン素敵! いつ茶色くしたの?」
「えっ、あ、えっと……」
とっさに、まずいと思った。
イメチェンしたこと冬磨に知られちゃったっ。どうしようっ。と焦ってから、もう吹雪の子だとバレても大丈夫かもしれない……そう思い直す。
「ずっと真っ黒だったからすっごく雰囲気変わったね。もっと優しい感じになった」
「優しい? え、そうかな」
「うん。でも、黒髪の天音くんも素敵だし、どっちも素敵っ」
「あ、ありがとう」
いつもまっすぐな美香ちゃんに褒められると、お世辞じゃないんだろうなと思えて、嬉しくて胸がむずがゆくなった。
「あ、さっきの」
冬磨を見た美香ちゃんが反応した。
「え?」
びっくりして冬磨を見ると、二人が「どうも」と軽くあいさつをし合う。
「やっぱり天音くんの知り合いだったのね」
と美香ちゃんが俺にふわっと微笑んだ。
「冬磨、美香ちゃんと初めてじゃ……」
「夕方、敦司と話してるときに会ったんだよ」
「あ、そうだったんだ」
なんだそっか。と納得していると、冬磨が美香ちゃんに言いづらそうに口を開いた。
「あー……あのとき俺、ちょっと感じ悪くしちゃって、ごめんね」
「あ、いえ。大丈夫です。ケンカかなと思ってちょっとびっくりしたけど違ったみたいだし、よかった」
冬磨と敦司の顔を交互に見ながら、美香ちゃんは微笑んだ。
二人はいったいどんな会話をしたんだろう。
冬磨は敦司をセフレだと思っていたはずだし、美香ちゃんがケンカだと思うくらいだからおだやかな会話じゃなかったんだろう。
でも、さっきはもう友達みたいに親しげに話していたし、大丈夫……かな。
冬磨が俺の心配を察したのか、背中をぽんと叩いて優しく笑ってくれた。
敦司に「ほいよ」と渡された紙袋を、お礼を伝えて受け取った。
なぜスーツを取りに来たのか、理由は話さなかったのに敦司は何も聞いてこない。美香ちゃんがいるからかな。
でも、意味深にニヤッと見てくるから、きっと全部わかってるんだろう。
敦司が冬磨を認めてくれたことが本当に嬉しくて、俺は顔がゆるんで仕方なかった。
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