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67 音符は飛んでませんっ

 キャンプ場に着いた。  受付を済ませ、テイクアウトのジンギスカンを予約する。   「これか、お前が言ってたの」  これを予約するために、スーパーでは肉をほとんど買わなかった。  ジンギスカンはサフォーク、ミルクラム、ホワイトラム、の三種。普段スーパーでは見ることができないサフォークが俺は大好きだ。 「うん、すっごい美味しいよっ。三種類あるから食べ比べしよっ。俺も久しぶりだから嬉しいっ」 「……ん、俺も楽しみ」 「また笑ってる」 「だって、音符がな?」 「音符は飛んでませんっ」 「ふはっ」    受付が終わると、オーナーさんがゴルフカートでサイトを案内してくれる。  子供の頃は、これに乗ってサイトを回るのがすごく楽しみだったっけ。  しっかりと区画分けされているサイト。俺たちは星が一面見渡せる星サイトの区画を選んだ。  夕日も眺めるには丘サイトのほうがいいけれど、こっちを選んだ理由は他にあった。 「すげぇなここ。完全にプライベート空間じゃん」  区画のまわりを腰丈くらいの草木が覆って、プライベート空間が確保されている。 「ね、秘密基地みたいでしょ?」 「だな。そんですげぇ広いな?」 「うん。丘サイトよりこっちの方が他のキャンパーの人たちと距離があるから、こっちがよかったんだ」 「でも、夕日も見たかったんじゃねぇの?」 「見たいけど……ここからも見れるし……」 「ん?」    俺は冬磨に近づいてそっと手を繋いた。   「ここのほうが人目を気にしなくていいかなって……」    多少は見られるかもしれないけれど、それでも少しでも気兼ねなく冬磨とすごしたかった。   「あ……天音。ほんと、不意打ち好きだよな?」 「だ……って。早く冬磨にくっつきたかった……」  冬磨の腕が背中に回った。ふわっと優しく包み込まれる感じ。 「……今朝お前を抱いといてほんとよかったわ」  ものすごく感情のこもったその台詞に、思わず笑ってしまう。 「俺も……今そう思ってた」  そうじゃなければ、こうして冬磨とくっついていても、切なくてどうにかなっていた。絶対。自信ある。 「……来年からはバンガローだな」 「えっと……テントいっぱい使うんじゃなかった?」 「……くっそ。なんで買ったんだ俺……テント」 「ぷはっ」  冬磨が可愛い。すごく可愛い。  テントとタープを二人で張った。ただそれだけでも、冬磨と一緒だと楽しかった。  テーブルと椅子を並べて、バーベキューコンロを設置。  でも、まだバーベキューをするには時間が早い。  俺たちは散歩がてらキャンプ場をぐるっと見て回り、最後に羊とウサギの小屋で癒された。 「そうか、この羊が夜の肉になるんだな」 「違うよっ」  笑いながらツッコむと、冬磨も笑って返してくる。 「なんだ、違うのか」 「子供たちがびっくりするからね、だめだよそういうの」  周りには羊とウサギにエサをあげているキャンプに来た子供たち。 「やべ。そっか。聞かれなかったかな」  肩をすくめて立ち上がる冬磨に俺も続く。 「冬磨、コーヒー飲む?」 「コーヒー? 缶コーヒーか?」 「ううん。ね、戻ろ?」  冬磨の手を引っ張ってサイトに戻った。  俺は、キャンプ用バーナーとコーヒーセットを取り出してテーブルに用意する。 「うお、なんだ、すげぇな。本格的じゃん」  小ぶりのアタッシュケースを開いて出てきたコーヒーセットを、冬磨が興味津々で手に取った。 「父さんが、絶対持っていけって」 「お父さん……が?」 「うん。キャンプに行くって言ったら、色々届けに来てね。冬磨がこのキャンプ場を選んだんだよって話したら、すっかり気に入られちゃってたよ」  それを聞いた冬磨はすごく驚いた顔をする。 「えっ、俺のことってなんて話したんだ?」 「えっ……と、か……彼氏……って」 「……あ、そっか。親にはカムアウトしてるんだったな」 「うん。俺、ずっと彼氏なんていなくてそんな話したことなかったから、父さんすごい喜んじゃって……」  バーナーに火をつけてコーヒーを入れる準備をしながら、父さんがどんなに喜んでいたかを冬磨に話して聞かせた。 「マジか。そっか。俺、気に入られたんだ……」  隣に座っていた冬磨が不意に立ち上がって、後ろからふわっと身体を包まれた。 「とぉ……っ」 「でもさ。今までの俺のこと全部話したら……きっと嫌われるよな……」 「全部って……?」 「セフレのこととかさ」 「そんなのっ。父さんに関係ないもん、話さないよ。それに会うことなんてないよきっと」 「会うだろ。てか会いに行くし」 「……なんで?」 「なんでも」 「冬磨……?」    なんで冬磨が父さんに会いに行くの?  まさか……違う。変な期待が膨れ上がって慌ててブレーキをかけた。でも、どくどくと暴れた心臓だけブレーキが効かない。  ……あ、そっか。キャンプ道具を返しに行くときの話かもしれない。うん、きっとそうだ。   「すげぇいい匂いしてきた」 「あ、うん。でしょ? 俺、キャンプって言うとこのコーヒーの匂い思い出すんだ」 「俺、キャンプでコーヒーって発想なかったわ」 「父さんがね、キャンプは時間がたっぷりあるし、のんびりゆったりコーヒーを入れるのに最適なんだっていつも言ってた」 「ああ、なんか俺の父さんと似てるかも」 「え、本当?」 「うちはキャンプは行かないけど、毎年外でバーベキューできるとこに行くのが恒例でさ。ゆっくり流れる時間が好きだって、父さんも言ってたわ」 「本当だ、似てるかも」 「な?」  冬磨がお父さんの話をしてくれた。今日までいろいろな話を二人でしてきたけれど、ご両親の話はほとんど出てこなくて少し心配だった。  でも、穏やかな表情でお父さんの話をする冬磨にホッとした。   「冬磨、コーヒーできたよ」 「ん……もうちょっとこうしてたい」  椅子に座る俺にもたれるように、冬磨がぎゅっと抱きしめる。 「……キス……したくなっちゃう、から……」 「んー……じゃあ……」  ちゅっと頬にキスをされて、ふるっと身体が震えた。  一気に顔が熱くなる。 「これで我慢する。俺も」  はにかむように笑って、冬磨は俺から離れていった。  二人並んで座って、ゆっくりとコーヒーを飲む。  そっと繋いだ手が、あたたかくて幸せすぎた。 「薪いりませんか〜?」    二人でのんびりしていると、可愛い声が聞こえてきた。   「ひとカゴ五百円でーす!」    軽トラの荷台に子供たちが乗って、薪売りを手伝う。このキャンプ場のおもてなし。   「なんだあれ、めちゃくちゃ可愛いな」 「ね、可愛いよねっ」 「もしかして、天音も昔あれやった?」 「うん、やったっ。すごい楽しかったっ」 「じゃあ、ちょっとタイムスリップして天音から買ってくわ」  そんな冗談を言いながら、冬磨が立ち上がってトラックに向かう。 「あ、ふたカゴ買いたいっ」  と、俺も駆け寄った。  子供たちから薪を買って、サイトに用意されている直火炉で焚き火。 「直火で焚き火ができるっていいなー。すげぇキャンプって感じ」 「ね。それにすごく静かでゆっくりできるの。このキャンプ場、本当に大好き」  家族のみの利用か、友人同士は大人二名まで。グループキャンプ禁止のこのキャンプ場は本当に星をゆっくり観たい人達だけが利用するキャンプ場。静かでゆったり流れる時間が心地いい。 「冬磨がここを選んでくれて、すごく嬉しかった」 「そっか。天音にとっては特別な場所だったんだな」 「うん。それに……」 「それに?」 「恋人になってここに来れて……すごい幸せ」  もしセフレのままここに来ていたら、どうなっていただろう。  俺はずっと無表情で、楽しいって音符も飛ばせなくて、こうして手だって繋げなかった。 「ほんと、それな。やっぱ敦司にもっとビール送るかな」 「冬磨、敦司とすごく仲良くなったよね」 「あいつマジでいい奴な? 天音の親友ってすげぇ納得」 「うん。本当に最高の親友」 「ん、だな」  恋人繋ぎで焚き火にあたりながら、たわいもない話をしてのんびりと過ごす。  本当に夢のような、幸せな時間だった。    

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