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【二】恋を叶える花と出ない勇気

 しかし――学園祭の準備よりも、一般生徒、特に親衛隊の面々は、三年に一度だけ咲くという幻の花を探すのに必死である。そのため、見回り箇所が増え、特に帰寮を促すために、夜遅くまで見回りをすることになり、風紀は大変多忙だ。メンバー総出で、見回りをしている。それでも校則を破って遅くまで残る者や、朝早すぎる登校をする者、危険であるから立ち入り禁止の旧校舎に足を踏み入れる者などが後を絶たない。どころか、花壇の花を片っ端から引っこ抜くような生徒もいる。  全く、頭痛がしてくる。  なんでも花の特徴は、金色の花びらに、薔薇のような茎とトゲ、緑の葉なのだという。  皆、それを探している。  だから俺は、今日も今日とて見回りに必死だ。委員長になると、委員会室で書類仕事や、調書の作成、聞き取りなどをする方が多いのだが、今回ばかりは人手が足りなくて、俺も見回りをしている。俺には武力があるので、本来は二人一組だが、俺は単独で回っている。  今は旧校舎の裏庭にいる。  ここは強姦被害の多発地帯でもある。そちらもチェックしようと考えながら進んでいくと、朽ち果てた小屋が見えた。物置だ。その内部も念のため――不純行為をしている者がいないか確認するべく、俺は扉を開けることにした。  ギギギと立て付けが悪いせいで、軋んだ音がした。今にも潰れそうな小屋の中は、天窓から日の光が入る以外は薄暗く、ホコリがキラキラと舞っている。それを見てから、俺は視線を下げて、首を大きく傾げた。床の上から、一本花が咲いていたのである。 「えっ……?」  まさにそれは、金色の花弁を持っていて、薔薇のような茎とトゲがあり、緑の葉をした花だった。床から、それだけがぽつんと一本生えている。 「まさか……想現草か……? 本当に、存在していたのか……?」  三年に一度咲く、恋を叶える花。   ちなみに一本しか咲かないと言われていて、最初に見つけた者のものになるのだという。俺は惹き付けられたように視線が離せなくなり、おずおずと歩み寄った。そして手を伸ばしてみると、バチンと指先に電流のような衝撃が走り、花から光の粒子が放たれた。鱗粉にも似ていたが、宙にのぼり溶けていく光は、もっと幻想的だった。 「確か花を見つけたら……茎から手折るんだったな」  俺は再び手を伸ばす。するとまだビリビリと指先が痛くなったが――半信半疑ではあったものの、俺の頭の中には高萩の顔がよぎっていて……もう一度、せめて会話を普通にできるようになれたらと言う想いが溢れてきて、花を自分のものにしたいという決意が固まっていた。同時に、理性は、俺が手に入れたと宣言すれば、学園の混乱も静まるはずだという言い訳を唱えていた。  俺は手が痺れるのを我慢して、想現草を手折った。  すると俺の手の中の花に光が収束し、電流のような刺激もすぐに無くなった。 「これで……恋が叶うのか?」  だとすれば、俺は……高萩に告白し、もう一つの約束を思い出してもらうべきだろうか?  成功は、花が保証してくれるらしいのだから。 「……」  しかし、脳裏にいくら高萩の顔がよぎっても、今の険悪な状態で、高萩が俺を受け入れるとは到底思えないし、悪くすれば、俺が告白して会長が振ったという話が学中に出回って、風紀委員会の権威の失墜を招くかもしれない。風紀が生徒会に屈したともとられかねない。いいや、これらもまた言い訳だ。本当は、単純に純粋に、俺の勇気が出ないだけだ。いくら花が俺の手にあるとしても、恋が叶うとは思えない。 「……確か、枯れるまでに告白しないと成功しないんだったな。いつ枯れるんだ? とりあえず花瓶にさすか」  俺は見回り途中であったが、緊急事態であるため、寮に戻った。同時に、花を手に入れたことを、風紀委員会のメンバーで作ったアプリのグループに写真付きで投稿し、学園中の馬鹿騒ぎを、これをもって終わりにするよう副委員長達に宣言を頼んだ。  部屋にあった花瓶に、その花をさす。俺は、しばしの間、花をぼんやりと眺めていた。  ――それから数日間。  まだ、花は枯れない。俺は、朝起きる度にそれを確認して安堵しながら、出ない勇気に思い悩んでいた。廊下で偶発的にすれ違う度に、俺の視線は高萩を追いかける。追いかけてしまう。しかし視線が合うことはない。高萩は、基本的に俺を無視している。視界に入れないようにしているのが分かる。俺が編入してから、ずっとそうだ。例外は一度だけ、あちらから声をかけてきた際の口論時のみだ。 「……」  嫌われている相手に恋い焦がれることほど、辛いことはないと俺は思う。  いくら花が保証してくれているとしても、結果は見えている。  絶対に、断られる。花の効果より、高萩の意思と決意の方が、きっと効力があるだろう。高萩は、どこまでも信念にまっすぐであり、伝承になんて囚われないはずだ。  俺はここ数日、思い悩みすぎて眠れない。それに何度も溜息を零している。  誰かに恋してるんですか? なんて、聞かれることもあるが、俺は苦笑して濁してばかりだ。  そうこうしていたら、学園祭の打ち合わせから丁度一週間が経過し、高萩に呼び出された日になった。ああ……今日も口論するのか、と、俺は改めて生徒会の企画書に目を通してから、風紀委員会の資料を手に、約束の18時に四阿へと向かった。  すると既に高萩が来ていた。 「待たせたか?」 「――いいや、時間通りだ。まぁ、座れ」 「ああ」  この四阿には、対面する席にベンチが一つずつあるのだが、片側に学園祭に使う荷物が置いてあったので、俺は高萩の隣に並んで座った。そうして顔を向ける。 「風紀委員会としては、何度検討しても結論は変わらない」 「? おい、砂緒。なんの話をしてんだよ」 「っ、今、名前……」 「ん? 二人なんだから、そう呼んだっていいだろ。人目がある場では、迂闊に呼べば、お前は親衛隊から制裁を受けると思って苗字で呼ぶようにしてたんだ、が、今必要ない。違うか?」 「……」 「俺の事も、昔みたいに七彩でいい」  顎を持ち上げて、偉そうに高萩が言った。俺は戸惑いつつ、高萩の放った言葉を咀嚼するのに必死になった。今の言葉が本当ならば――俺のために、距離を取っていたと言うことなのだろうか? 思わず俺は、俯いて考えた。 「俺は親衛隊よりも権限が上だ」 「今でこそだろ」 「それ、は……」 「風紀に入って、唯一良かった点だろうな、風紀委員長様」 「……」 「それよりも、話があるんだ。砂緒」 「なんだ?」  俺はおずおずと顔を上げて高萩を見る。どうやら学園祭の話ではないようだから、俺には話の内容は見当もつかない。 「好きだ」 「ん?」 「砂緒のことが、好きだ。俺は、お前が好きだ。お前と付き合いたい」 「!」 「はっきりいう。これは告白だ。この俺様に惚れられるなんて光栄に思え」  いつも通りの自信に満ちあふれた表情で、高萩が宣言した。  呆気にとられた俺は、目を見開く。 「砂緒、返事は?」  そこで俺は気づいた。  これは――これが、きっと、恋が叶う花の力なのだろうと。  俺が告白するまでもなく、相手の気持ちを変えるものだったに違いない。  だとすれば、今の高萩の言葉は、本来は高萩が抱いていた感情ではなく、花が歪めた結果だと言うことだ。俺は、そんな偽りの恋心が欲しかったわけじゃない。 「断る」 「っ、なんで?」  俺の返答に、高萩が眉間に皺を刻んだ。 「……俺は、想現草を見つけたんだ」 「ああ、らしいな。学園中で噂になっていたな。勿論、恋を叶える相手は俺だろうな?」 「……ああ、そうだ。今、叶った。でもそれは、花の力だ。だから、俺は七彩とは付き合えない。七彩は、花の力で……俺を好きだと思っただけだろう。だから、だから……そんなのは……」  俺の声は、どんどん消え入りそうなほどに小さくなっていった。  すると高萩は、怪訝そうな顔をした。 「砂緒、お前はなにを言ってんだよ?」 「なにって、真実を――」 「巫山戯るな。花の力だと? ちょっと来い、行くぞ」 「どこへ?」 「俺の気持ちを証明してやる。きちんと砂緒に信じさせる用意がある。俺の部屋へ来い」  そう言って高萩は立ち上がると、強引に俺の手を取った。  俺は驚きながらも、それに従うことにした。

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