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「リシェス様、今日も一日お疲れ様です」 「……ああ」 「……リシェス様?」 「…………」  八代杏璃のことばかりを考えていたときだった。不意に、正面からハルベルに覗き込まれてぎょっと立ち止まる。  ――校舎内、通路。 「ハルベル、お前いつから……」 「今しがたお声かけしたばかりですよ。……随分と上の空ですね、歩きながら考え事するのは危険かと」 「……そうだな、気をつける」 「リシェス様……」  ハルベルの言うとおり、一分一秒が惜しくて俺はずっとアンリの能力のことについて考えていた。  自分で思ってるよりも余程思い詰めていたのかもしれない、なんだか心配そうな顔をしてこっちを見るハルベルに「俺は大丈夫だ」とだけ返しておく。 「お言葉ですが、大丈夫なようには見えませんよ」 「……お前は相変わらず過保護だな、ハルベル」 「あくまで、貴方をお守りするのが私の役目ですから」  何故だか誇らしげなハルベル。なんだかこんな些細なやり取りも酷く久しぶりのように思えた。  最期、険しいハルベルの顔が脳裏に焼き付いていたからこそよりそう思ってしまうのかもしれない。 「なにかお悩みでもあるのですか」 「……いや、大丈夫だ。気にするな」 「リシェス様」 「これは俺の問題だからな」  これ以上ハルベルを巻き込みたくないという気持ちも大きかった。けれど、そんな俺の言葉はハルベルを傷つけてしまったようだ。  しゅんと眉尻を下げたハルベルは「そうですか」と寂しそうに一歩下がる。 「申し訳ございません、出過ぎたことを」  うなだれる長身の男にちくちくと罪悪感を刺激される。酷いことを言ったつもりではなかったが、自分は選択肢を謝ったようだ。  このまま会話を終わらせるのも後味が悪い。「そうだ」と俺はハルベルに向き直る。 「……ここ最近、寝付きが悪いんだ」 「寝付き、ですか?」 「ああ。……寝付きがよくなる香油でもあれば教えてほしい」  いつかの世界でハルベルが俺のために用意してくれた香油のことを思い出す。  そして心当たりがあるのだろう、ぱっと顔を上げたハルベルは「分かりました」と先程とは打ってかわって明るい声色で堪えるのだ。  どこでなにが影響してくるのかわからないが、試す価値はあるだろう。俺は「頼んだ」とハルベルに声をかけた。  恐らく今夜辺りにでもハルベルは街へと向かうだろう。  その後を追う――それが俺の本来の目的だった。  無論、気分転換させるという名目もあるが、ずっと頭のそこに引っかかっていたユーノという男、あいつとハルベルの関係性を見極めることができればまた変わるのではないかというひとつの賭けでもあった。

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