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第1話 赤い目

「セツナ、装備は整ったか?」 単調で、低い声。 冷たく、無機質な表情のその男は、俺の仕事の上司に当たる“レイ”だ。 名前も“冷”って感じでこいつ自身を体現しているような名前。 「整ってるよ、とっくに。」 無愛想に返す。 それは俺とレイに上下関係なんかない、そして俺が愛想のないこいつに対して愛想を返す必要がないからだ。 鏡ばりになっている玄関扉に自分の姿が映る。 黒い髪、黒い服、薄赤いレンズのゴーグルに、腿にはしっかり装備した拳銃とコンバットナイフが携えられている。 手で一つ一つ触りながらチェックしていく。 このチェックも、厳しい上司の教えだ。 装備漏れがないないように、だと。 細かいやつだ。 そんな俺の後ろで椅子に座りながら装備を整えていたレイが立ち上がる。 俺よりも厚い胸板、恵まれた身長、人形のように整って無機質な顔。 俺と違って動きにくそうなコートを羽織っている癖に、敵は俺と見比べても、圧倒的に”レイ“を強いと感じるだろう。 「行くぞ。ターゲットは4人だ。」 乱雑に携帯を俺に投げ渡す。 渡された携帯とインカムを繋ぐと、出遅れないようレイの後に続いた。 玄関の扉が自動的に開き、厚さ10cmはあろう扉が、強くぶつからないようにエアーの音を立てながら閉まる。 木々が生い茂る森の中に俺とレイの家はある。 白く先進的なデザインの家は、森の別荘にしては少し派手な見た目をしている。 そんな家の周りだけ木は茂るのをやめて、俺に月を見せるように空が広く円状に顔を出していた。 俺は夜の月を見るのが好きだ。 そんな俺の感傷に浸る間も与えないまま、家の裏の森林へと足を運ぶと、狩人が物置にでも使ってそうな古い木造の納屋にはいる。 その納屋の中、壁にかけられたビンテージなナンバープレートをめくるとスイッチがあり、レイが手をかざすと納屋のボロボロの扉の前に重厚な扉が現れ、その納屋自体がエレベーターになり揺れ始めた。 1、2分待つとゆっくりとスピードが落ち、ずしんと降り立つような重力を感じる。 どこに行くのか、と聞かれれば地獄に行くってのが正しい答えかもしれない。 到着を感じると、レイも俺も扉を開く。 目の前には錆びた鉄扉と錆びたドアノッカー。 ガンガンと錆びて燻んだ音を響かせると、いかにも闇医者って感じの闇医者が現れる。 「今日も仕事か、忙しいもんだな最近は。さあ通れ、何も問題ごと持って帰ってくるんじゃあないぞ。」 ヨボヨボのじじいは俺たちを労うのか、厄介者扱いしたいのかわからないような態度でさっと手を振った。 このじじいと俺には深い縁がある。 命を救ってもらったって縁が。 それはまた今度話そう。 「じゃーなじいさん、死んだら死体拾ってくれよ〜。」 「縁起でもない!どーせピンピンして帰ってくるさ!」 迷惑そうにしっしと手を振るとガチャガチャせっせと医療器具を運びはじめた。 「ターゲットのアジトまでそう遠くない。気を緩ませるなセツナ。」 ピリリとヒリついたレイの冷たい声がじーさんの方を向いた俺の背中を刺す。 優しくねーやつ。 「はいはい、わかってますよ。」 面倒そうなのが分かるように返すと、太腿から銃を取り出した。 この闇医者病院から外は俺らの住んでた世界とは違う。 法も秩序もない“アンダーグラウンド”と呼ばれる無法地帯だ。 レイがボタンを押すとゆっくりと扉は開く。 外に出て、扉が閉まるのを待つと俺たちは歩き始めた。 やけに冷ややかな空気が肌に触れる あたりは狭い箱に無理やり詰め込んだようにぎっしりと家々が詰まっており、その一つ一つが古びて錆だらけだ。 この地下に住んでる奴らは地上では生きられなかった奴か、地上から逃げた罪人やお尋ね者ばかり。簡単に言えば人間のゴミ箱がこのアンダーグラウンドというわけだ。 地上に生きている奴らのほとんどが知らないこの地下世界の人間は、独自で生計を立てなんとか生きている。むしろここに来たことがあるというやつは、後ろめたい事があるやつに限る。 知人以外は全員敵だ。 俺とレイはこの地下に潜んでるターゲットを依頼者の代わりに殺す、殺し屋をやっている。 今回は人身売買グループの幹部4人。 今日新しく補充された“商品”を受け取りに、4人が一ヶ所にあつまるらしく俺らはその機を狙って奇襲する作戦だ。 錆びて汚い建物とは裏腹に、作られた月だけが本物よりも近く大きく見えて美しく見える。 アンダーグラウンドだけに登る、人口の月は光を空間全てに広げるために大きく作られ天井をゆっくりと動いている。 それでも光が足りないこの世界は街灯があるのだが、ろくに電力も発電できていない捨てられたこの世界はいつも薄暗く、ぼんやりとした光だけが道を照らしている。 昼間もかろうじて太陽がわりの大きな光が灯るが、本当の太陽に比べれば電気なしで生活することは叶わない。 この世界は、普通の人間が得られる光すらも得ることは叶わないのだ。 ターゲットにバレないように、俺たちは光を焚かずゆっくりと目標の建物へと近づく。 レイは裏口、俺は正面の扉へとゆっくりと張り付く。 手には銃をしっかりと握り、セイフティを空いた手で外す。 バレないよう窓の隙間から中の様子を覗き見ると、10人ほどの女子供の周りに男が2人。 この角度からでは残りの2人が見当たらない。 インカムでレイに状況を伝える。 「品物は見える限り10人。そばに男が2人。後2人は見当たらない。」 「あぁ、こっちからは見えてる。商品で遊んでるみたいだな。」 商品で“遊んでいる”。 それを意味するのは強姦、暴行。 俺が1番嫌いで憎んでいる行為だ。 ムカムカと苛立ちが立ち込め正気でなければ発砲してしまいそうなほどには指に力が入る。 応答しない俺にレイは言葉を続けた。 「余計な事は考えるな。俺が先にあのバカ2人を殺る。お前は残りの2人を殺れ。」 レイは至って冷静、落ち着き払った声で指示を出すと「いくぞ。」の声と共に俺の返事も待たずに扉が激しく爆発する音がインカムの外から聞こえる。 「くっそ、もう行きやがった!はぇーんだよ!」 悪態つきながらもドアをブリーチングすると、ドアノブ付近は粉々に砕け飛び、蹴りを1発入れると大きく開く。 すでに入ったレイに気を取られた男たちがギョッとした顔でこちらに目をやる。 「ばーか、2人ともこっち見てっと横から撃たれんぞ。」 すぐに1人の男に銃を向けると、もう1人奥にいた男は額から血を出しながら崩れ落ちる。 レイが撃ったんだろう。撃つ余裕があるって事は、見えてない2人はもうとっくに死んでんだろう。 「だから言ったろ。1人はあっち見てねぇとなぁ。」 悪いやつを殺す瞬間、フツーの奴らはどう思うか知らないけど、俺には楽しいと思える瞬間だ。 勝ちを確信し、自然と笑みが溢れる。 引き金を引けばおしまい....だった筈だが、反射で適当に撃った相手の弾が俺のゴーグルをかち割った。 「ってぇ!くっそ...!」 咄嗟に目を瞑ると破片が砕けて瞼にぶつかる。 片目を閉じながら照準をもう一度合わせると男はポツリと呟いた。 「ヴァンパイアだ...!」 部屋の明かりは俺の顔を照らし、割れたサングラスの隙間から右目が覗く。 俺の赤い目が。 「残念、ただの赤い目のガキンチョだよ。」 撃った銃弾はは男の額を貫き、ぐにゃりと力なく地面に体を投げ出した。 ばさっと落下音と共にあたりは突如静けさを取り戻す。 「クリアだな。念の為辺りを調べろ。生き残りがいるかもしれない。」 レイの声に顔をあげると、あたりの女子供は恐ろしいものを見るように端に身を寄せあって震えていた。 そんな奴らに優しい声の一言もかけずに、殺したターゲットを落ちている物のようにぞんざいに扱うと、人が隠れられそうなドアや角を全て確認し始める。 レイは不要な事はしない主義だ。 不必要に人に優しくしたりなんかしない。 俺もレイがまだ見てないところ確認して回るが、人影はない。 「こっちもなし。」 「そうか、オールクリアだ。赤い目の商品がいないか探せ。」 携帯で光を焚くと、不安そうな顔がずらりと並ぶ。 青い目黒い目、茶色い目。 どこにも俺と同じ赤い目はいない。 「こっちにはいない、そっちは?」 レイのいる方を振り向くと死体のそばで泣きじゃくっている裸の女が2人。 おおよそ何をされていたかなんて簡単に想像できる。 「こっちもいないな、これで全員だ。仕事は終わりだ。帰るぞ。」 レイは薄情だ。 何度も言うが“不要”と思う事は絶対にしない。 置いていくのは心苦しいが、俺と同じ赤い目がいなければこの作戦は終了だ。 「...あの!助けてくださってありがとうございます....。私たちこれからどうすればいいんですか?」 1人の女が声を発する。 レイは振り返る事なくその場を去ろうと歩みを進める。 「レイ!」 背中に声をかけるがレイはそのまま部屋から出ていってしまった。 どうするつもりもないらしい。 「ここの近くに闇医者の家がある。Fの6番だ。壁に書いてある。そこに行けば助けてくれるかもしれない....。」 そうとだけ伝えると「ありがとうございます。」と女性は頭を下げた。 あのじーさんは、アンダーグラウンドにいる行き場のない孤児地上の孤児院へと送ったりと色々と繋がりの多い人だ。 なんとかしてくれるだろう。 レイに遅れないよう足早に外に出ると、レイは建物を見ながら立っていた。 「余計な情をかけるな、セツナ。俺たちは人を救う仕事をやってるんじゃない。人を殺す仕事をやってるんだ。」 「わかってるよ....でもこのままここに居たら、またあいつら捕まって売られる。」 「俺たちの知るところじゃ無い。」 踵を返しすぐに背を向けるレイ。 今までどんな状況でも人を救うなんて所、見たことがない。 でも俺はそんなレイの気まぐれか、レイに命を救われて今ここに立っている。 思い出すだけでもゲロ吐いて死にたくなっちまうくらい、地獄だった日々。 頭に一瞬掠めるだけで頭痛がしてくる。 早く家に帰って煙を吸いたい。 嫌な記憶を忘れようとぼんやりニセモノの月を眺めているとレイの声が現実へと引き戻す。 「俺はイツキに今回の仕事の詳細を報告してから上に戻る。お前は先に帰ってろ。」 俺の精神が不安定になっているのを察してか、それともただの指示なのか、そんな言葉でさえレイの優しさなんじゃ無いかと錯覚しそうになる。 「んなわけねぇか。」 と1人呟くとエレベーターのボタンを押し込んで地上へと帰った。

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