10 / 59

九 モーニングコール

「うわあああぁぁっ! 超良いところで終わったあああっ!」  本を手に、叫びながらベッドに突っ伏す。風呂上がりにさっそく、買ってきた本を片っ端から読み耽って、現在夜中の三時半。焦れったい展開にジタバタとベッドの上で悶え、胸キュンな展開に端から端まで転がる。これが俺の読書スタイルである。 「くぅぅ。『コン持ち』最新刊、良かった……! 続きが気になりすぎるっ……!」 『合コンでイケメンにお持ち帰りされちゃいました』。通称『コン待ち』最新刊が、俺史上最高に萌えた。神。 「鳥町の気持ちがついに和久にバレちゃった、からの幼馴染みの隆也が告白!? ヤバいヤバいヤバい! どうなっちゃうのーーーっ。SNS見よ」  我に返ったようにスマートフォンを取り出し、SNSを確認する。こんな展開、気になって仕方がないよ。なにか呟いてないかな。 「お、作者さんのアカウントだ」  作者様のアカウントじゃん。普段は公式は見ないんだけど、気になるから見ちゃおう。次はいつ刊行になるのかな。 「えーと、なになに……? 近日中に重大発表があります。私もいまだに信じられない、ドキドキしてます。お楽しみに――なんだと?」  この展開からの重大発表!? なるほど。この展開も、てこ入れってことですね先生! 存分に踊らされます! 「えー、なんだろう。ドラマCD決定した直後だし、それじゃないよな? もしや、アニメ化あるかもっ!?」  SNSを見ていると、アニメ化の噂が飛び交っている。これは、アニメ化あるぞ! (うわー、楽しみっ)  攻めの鳥町、雰囲気がちょっと栗原っぽいんだよね。良いわー。推せる。  次の巻も楽しみだけど、一展開あるのかも知れないと思うと、ワクワクが止まらない。  いい加減、真夜中だから寝なきゃいけなかったけど、興奮して眠れそうになかった。    ◆   ◆   ◆ 「……ぱい。鈴木先輩」  遠くで俺を呼ぶ声が聞こえる。身体を揺さぶられ、心地よさに小さく息を漏らす。 「う……ん」 「先輩、朝ですよ。起きて」  耳許に吐息を吹き掛けながら囁かれ、驚いて跳ね起きる。 「うわああぁ!」  ゾクリと背筋が粟立つ。なんなの、マジで。  寝ぼけ眼を開いて、声の主を見る。栗原がニッコリと笑いながら、ベッドに寄りかかっていた。 「栗原っ……!」 「おはよ。鈴木先輩」  朝っぱらから顔面偏差値が高い。耳が幸せ過ぎる。でもやめて? 心臓がいくつあっても足りないよ。 「っ、モーニングコール頼んだ覚えはないけどっ……?」 「普通なら高いんですけど、鈴木先輩は特別サービスです」 「……」  くぅ。このイケメン、自分の価値を解ってる。 「俺、昨日寝たの遅いのに……」  ふあ、と欠伸をして手元を見れば、まだスマートフォンを握っていた。どうやらSNSを見ながら寝落ちしたらしい。 「解ってますよ。だから起こしに来たんです」 「あー、うん、ありがとう。おやすみ」  布団に潜り込んで二度寝しようとする俺に、栗原は布団を引き剥がそうとする。 「おやすみじゃないですよ」 「ヤダヤダ。今日休みじゃん。まだ早いって」 「先輩ー? 添い寝しちゃいますよ?」 「きゃあ」  ふざけて返したら、ギシとベッドが軋んで、マットレスが沈み込んだ。 (え? マジで言ってる?)  振り返ると、栗原がベッドに上ってきていた。驚いて、思わず眠かった目がパチッと開く。 「わ、わ、ちょっ」 「よいしょっと」  よいしょじゃないですよ。  栗原がドサッとベッドに横になる。  超・近い。 「さすがに狭いですね。でも先輩小柄だから」 「小さいって言った!?」 「アハハ。言ってないですよ」  くそぅ。中学に時に成長期で伸びたと思ったら、あっという間に止まってしまって、俺ってばちょっと背が低い。(ちょっとだけだぞ!)こうやって寝そべっていると、栗原の胸くらいの高さしかないのだ。くすん。 「朝っぱらからからどうしたの? ホームシック?」  からかってやろうと、よしよしと頭を撫でてやる。髪の毛ふわふわでサラサラだな。昨日、風呂でも思ったけど、シャンプーが良い匂いだ。  調子にのって撫でていたら、グッと手首を捕まれ、気づいたら栗原が覆い被さっていた。シーツに縫い止められた手首に、思わず目をやる。 「ちょ、ちょっと? BLポーズ集にありそうなポーズですけどっ?」 「なんですかその絶対に読書用じゃないタイトルの本」 「うるさいわい」  妄想がはかどるんですぅ。  反論すると栗原が、耳許に唇を寄せてきた。ぞく、背筋に甘い痺れが疼く。 「先輩、先輩のイケナイとこ、見せて」 「ぎゃあああっ」  耳許で、聞き覚えのあるセリフを聞かされ、咄嗟に栗原の胸を押した。「ぐえ」と蛙が潰れたみたいな声を出して、栗原ベッドに尻餅を着く。 「お前、変な扉が開いたらどうするっ!」 「あはは。その時は責任もって閉じてあげますよ」 「この、おバカ。で、昨日買ってた『年下後輩に迫られてますっ!』のセリフじゃん。読んだの?」 「そうです。それで、続きがあるみたいだったから、鈴木先輩持ってると思って」  栗原は先日ブクメイトで買ったBL本を読んだようだ。気に入ったなら良かったけど、変なことを覚えないで欲しい。俺のライフはもうゼロよ? 「普通に言え、普通に」 「普通に言ったじゃないですか。先輩のイケナイ本を見せて欲しいって」 「言い方よ」  絶対、面白がってる。まあ、良いけどさ。  俺はベッドからピョンと飛び降り、本棚を物色する。確かこの辺りに……。  本を抜き取り、ついでに近くにあった本もピックアップする。 「はい。続きと、他にもお勧め本」 「お。ありがとうございます。思ったよりただのエロ本じゃなかったですね」 「エロ本言うな。BL本はエロ本じゃねーんだよ。エッチまでのプロセスが大事なのっ」 「あー、解ります。なるほど」  しかし、俺は良いけど、イケメンの後輩を腐男子にしてしまって良いんだろうか。まあ良いか。話があった方が楽しいし。  栗原は本を受け取ると、ベッドに座ったままページを捲り始めた。 「おいおい、ここで読むのかよ?」 「鈴木先輩、朝ごはんどうする?」 「無視かい。朝飯かー。んー、コンビニでも行く?」  なんでこの後輩は、俺に対してはこんなにも厚かましいのかね?

ともだちにシェアしよう!