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九 モーニングコール
「うわあああぁぁっ! 超良いところで終わったあああっ!」
本を手に、叫びながらベッドに突っ伏す。風呂上がりにさっそく、買ってきた本を片っ端から読み耽って、現在夜中の三時半。焦れったい展開にジタバタとベッドの上で悶え、胸キュンな展開に端から端まで転がる。これが俺の読書スタイルである。
「くぅぅ。『コン持ち』最新刊、良かった……! 続きが気になりすぎるっ……!」
『合コンでイケメンにお持ち帰りされちゃいました』。通称『コン待ち』最新刊が、俺史上最高に萌えた。神。
「鳥町の気持ちがついに和久にバレちゃった、からの幼馴染みの隆也が告白!? ヤバいヤバいヤバい! どうなっちゃうのーーーっ。SNS見よ」
我に返ったようにスマートフォンを取り出し、SNSを確認する。こんな展開、気になって仕方がないよ。なにか呟いてないかな。
「お、作者さんのアカウントだ」
作者様のアカウントじゃん。普段は公式は見ないんだけど、気になるから見ちゃおう。次はいつ刊行になるのかな。
「えーと、なになに……? 近日中に重大発表があります。私もいまだに信じられない、ドキドキしてます。お楽しみに――なんだと?」
この展開からの重大発表!? なるほど。この展開も、てこ入れってことですね先生! 存分に踊らされます!
「えー、なんだろう。ドラマCD決定した直後だし、それじゃないよな? もしや、アニメ化あるかもっ!?」
SNSを見ていると、アニメ化の噂が飛び交っている。これは、アニメ化あるぞ!
(うわー、楽しみっ)
攻めの鳥町、雰囲気がちょっと栗原っぽいんだよね。良いわー。推せる。
次の巻も楽しみだけど、一展開あるのかも知れないと思うと、ワクワクが止まらない。
いい加減、真夜中だから寝なきゃいけなかったけど、興奮して眠れそうになかった。
◆ ◆ ◆
「……ぱい。鈴木先輩」
遠くで俺を呼ぶ声が聞こえる。身体を揺さぶられ、心地よさに小さく息を漏らす。
「う……ん」
「先輩、朝ですよ。起きて」
耳許に吐息を吹き掛けながら囁かれ、驚いて跳ね起きる。
「うわああぁ!」
ゾクリと背筋が粟立つ。なんなの、マジで。
寝ぼけ眼を開いて、声の主を見る。栗原がニッコリと笑いながら、ベッドに寄りかかっていた。
「栗原っ……!」
「おはよ。鈴木先輩」
朝っぱらから顔面偏差値が高い。耳が幸せ過ぎる。でもやめて? 心臓がいくつあっても足りないよ。
「っ、モーニングコール頼んだ覚えはないけどっ……?」
「普通なら高いんですけど、鈴木先輩は特別サービスです」
「……」
くぅ。このイケメン、自分の価値を解ってる。
「俺、昨日寝たの遅いのに……」
ふあ、と欠伸をして手元を見れば、まだスマートフォンを握っていた。どうやらSNSを見ながら寝落ちしたらしい。
「解ってますよ。だから起こしに来たんです」
「あー、うん、ありがとう。おやすみ」
布団に潜り込んで二度寝しようとする俺に、栗原は布団を引き剥がそうとする。
「おやすみじゃないですよ」
「ヤダヤダ。今日休みじゃん。まだ早いって」
「先輩ー? 添い寝しちゃいますよ?」
「きゃあ」
ふざけて返したら、ギシとベッドが軋んで、マットレスが沈み込んだ。
(え? マジで言ってる?)
振り返ると、栗原がベッドに上ってきていた。驚いて、思わず眠かった目がパチッと開く。
「わ、わ、ちょっ」
「よいしょっと」
よいしょじゃないですよ。
栗原がドサッとベッドに横になる。
超・近い。
「さすがに狭いですね。でも先輩小柄だから」
「小さいって言った!?」
「アハハ。言ってないですよ」
くそぅ。中学に時に成長期で伸びたと思ったら、あっという間に止まってしまって、俺ってばちょっと背が低い。(ちょっとだけだぞ!)こうやって寝そべっていると、栗原の胸くらいの高さしかないのだ。くすん。
「朝っぱらからからどうしたの? ホームシック?」
からかってやろうと、よしよしと頭を撫でてやる。髪の毛ふわふわでサラサラだな。昨日、風呂でも思ったけど、シャンプーが良い匂いだ。
調子にのって撫でていたら、グッと手首を捕まれ、気づいたら栗原が覆い被さっていた。シーツに縫い止められた手首に、思わず目をやる。
「ちょ、ちょっと? BLポーズ集にありそうなポーズですけどっ?」
「なんですかその絶対に読書用じゃないタイトルの本」
「うるさいわい」
妄想がはかどるんですぅ。
反論すると栗原が、耳許に唇を寄せてきた。ぞく、背筋に甘い痺れが疼く。
「先輩、先輩のイケナイとこ、見せて」
「ぎゃあああっ」
耳許で、聞き覚えのあるセリフを聞かされ、咄嗟に栗原の胸を押した。「ぐえ」と蛙が潰れたみたいな声を出して、栗原ベッドに尻餅を着く。
「お前、変な扉が開いたらどうするっ!」
「あはは。その時は責任もって閉じてあげますよ」
「この、おバカ。で、昨日買ってた『年下後輩に迫られてますっ!』のセリフじゃん。読んだの?」
「そうです。それで、続きがあるみたいだったから、鈴木先輩持ってると思って」
栗原は先日ブクメイトで買ったBL本を読んだようだ。気に入ったなら良かったけど、変なことを覚えないで欲しい。俺のライフはもうゼロよ?
「普通に言え、普通に」
「普通に言ったじゃないですか。先輩のイケナイ本を見せて欲しいって」
「言い方よ」
絶対、面白がってる。まあ、良いけどさ。
俺はベッドからピョンと飛び降り、本棚を物色する。確かこの辺りに……。
本を抜き取り、ついでに近くにあった本もピックアップする。
「はい。続きと、他にもお勧め本」
「お。ありがとうございます。思ったよりただのエロ本じゃなかったですね」
「エロ本言うな。BL本はエロ本じゃねーんだよ。エッチまでのプロセスが大事なのっ」
「あー、解ります。なるほど」
しかし、俺は良いけど、イケメンの後輩を腐男子にしてしまって良いんだろうか。まあ良いか。話があった方が楽しいし。
栗原は本を受け取ると、ベッドに座ったままページを捲り始めた。
「おいおい、ここで読むのかよ?」
「鈴木先輩、朝ごはんどうする?」
「無視かい。朝飯かー。んー、コンビニでも行く?」
なんでこの後輩は、俺に対してはこんなにも厚かましいのかね?
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