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五十一 ぎこちないキス

 窓からの侵入に、風馬が驚いて声を上げる。俺は構わず、逃げられてはたまらないと、風馬に覆いかぶさった。反動で、風馬がベッドに倒れ込む。 「っ!?」 「お前っ……、ふざけんなよっ!」  怒りを露にした俺に、風馬が驚いた顔をした。 「何、勝手なこと言ってんだよ! どういうつもりだ!」 「っ……、だって、本当のことでしょ!?」 「ふざけんなって、言ってんだよっ!」  腕は風馬を押さえつけているので、殴ることが出来ない。けれど、一発ぶん殴ってやりたい感情のままに、思いっきり頭突きする。ゴンと、思ったよりも大きな音がした。 「いっ……!」 「このっ……! ふざけるな馬鹿野郎っ! 勝手に振り回して……! 勝手に、終わらせようとすんなよ!!」 「っ……だって」 「お前、そうやって、また諦めんのかよ! 俺のことも、簡単に手放すのかよ!」 「――っ……」  風馬の目が泳いだ。 「そう、ですよ……。俺みたいなやつが、先輩に相手して貰おうってのが、おこがましかったんですよ! 俺はどうしようもないヤツなんです! 良いところなんか全然ないんですよ! 卑屈で、妬んで、羨んで! 恥ずかしくて、先輩の横に立てないんです!」 「俺の彼氏の悪口を言うなあっ!!」  ガン! 反射的に頭を打ち付ける。うっ。頭がクラクラする。衝撃に涙が出た。 「お前のっ! 感想なんかっ! 聞いてないっ!!!」 「っ!」  グッと、襟首を掴む。風馬が一瞬怯んだ。 「いつも勝手だし、強引だし、正直、ムカつくことも多いけど!」 「――」 「可愛いんだよ! 憎めないんだよ! 馬鹿なとこも、好きなんだよ! 俺の推しを、悪く言うなこの野郎!」 「っ――先輩」 「俺が幸せにするって言っただろ。信用しろよ! 俺をっ!」 「先輩――」  風馬の唇が、何かを言いかけた。 「でもはナシ」  掌で風馬の唇を塞ぐ。また何かぐちゃぐちゃ言いそうだ。風馬は泣きそうで――いや、泣いていた。 「――お前、自身がないんだな」 「……」  黙り込んだ風馬の身体を、そっと抱きしめる。  幼いころから、亜嵐と比較され、亜嵐の方が良いと言われて来た。もちろん、風馬だって褒められて来ただろうし、愛されて来ただろうけれど――それでも亜嵐と比べてしまったのだろう。選ばれるのはいつも亜嵐で、亜嵐という光の陰になってしまっていたから。 「俺は、お前を選ぶよ」 「――っ」  ぎゅっと抱きしめた腕の中で、風馬はぐすっと啜り上げた。 「亜嵐が、嫌いなわけじゃ、ないんです」 「解ってる。亜嵐も、お前が大好きじゃん」 「――自分が、嫌いでした」 「……知ってるよ」 「やっぱり……先輩のことは、諦められない」 「諦めて貰っちゃ、困る」  風馬を優しく抱きしめ、ベッドに転がる。風馬は長いこと天井を見つめたまま、唇をぎゅっと結んで、静かに泣いていた。  しばらくして、ポツリと話し出す。 「……俺が何かにハマると、亜嵐もやり出すんですよ」 「亜嵐にとっては、風馬の方がお手本だったんだろうね」 「アイツのが要領良くて……人懐こいし素直だから、教えてもらうのも上手くて」 「世渡り上手なんだなあ……」  何か解るな。亜嵐の方が可愛がられてしまうんだろう。風馬は黙って実践するから、教えを乞う方が可愛く見えてしまうのだろう。風馬は優等生タイプだから、何でもそつなくこなす。亜嵐の方は風馬に憧れていたと言うから、互いにないものねだりだったのだろう。双子の兄弟とはいえ、亜嵐は幼いころから芸能人として働いてきたから、一緒に過ごす時間もなかっただろうし。 (一緒に過ごしていれば、唯一無二の親友みたいになったのかもな……)  でもそうなったら、俺って風馬の恋人として認めてもらえなかったかもしれないしな。うん。亜嵐くん少しブラコンっぽいし。 「――亜嵐に、電話、してみます」 「……うん」  そう言った風馬の横顔は、少しだけすっきりしているように見えた。思わず、笑みを浮かべる。 「亜嵐と仲直り出来たら――先輩」 「ん?」 「……先輩のこと、恋人として紹介しても、良いですか?」  少しだけ不安そうな顔でそう言う風馬に、俺は満面の笑みで頷いた。 「勿論!」  風馬がぎこちない笑みを浮かべる。思えば、風馬の笑顔は武装だったのかもしれない。本当は、笑うのが苦手な子なんだろう。 (もっと、本音で喋ってもらいたいもんだ)  自然と顔を寄せ合い、唇を重ねる。  初めてキスしたみたいに、ぎこちないキスだった。

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