52 / 59
五十一 ぎこちないキス
窓からの侵入に、風馬が驚いて声を上げる。俺は構わず、逃げられてはたまらないと、風馬に覆いかぶさった。反動で、風馬がベッドに倒れ込む。
「っ!?」
「お前っ……、ふざけんなよっ!」
怒りを露にした俺に、風馬が驚いた顔をした。
「何、勝手なこと言ってんだよ! どういうつもりだ!」
「っ……、だって、本当のことでしょ!?」
「ふざけんなって、言ってんだよっ!」
腕は風馬を押さえつけているので、殴ることが出来ない。けれど、一発ぶん殴ってやりたい感情のままに、思いっきり頭突きする。ゴンと、思ったよりも大きな音がした。
「いっ……!」
「このっ……! ふざけるな馬鹿野郎っ! 勝手に振り回して……! 勝手に、終わらせようとすんなよ!!」
「っ……だって」
「お前、そうやって、また諦めんのかよ! 俺のことも、簡単に手放すのかよ!」
「――っ……」
風馬の目が泳いだ。
「そう、ですよ……。俺みたいなやつが、先輩に相手して貰おうってのが、おこがましかったんですよ! 俺はどうしようもないヤツなんです! 良いところなんか全然ないんですよ! 卑屈で、妬んで、羨んで! 恥ずかしくて、先輩の横に立てないんです!」
「俺の彼氏の悪口を言うなあっ!!」
ガン! 反射的に頭を打ち付ける。うっ。頭がクラクラする。衝撃に涙が出た。
「お前のっ! 感想なんかっ! 聞いてないっ!!!」
「っ!」
グッと、襟首を掴む。風馬が一瞬怯んだ。
「いつも勝手だし、強引だし、正直、ムカつくことも多いけど!」
「――」
「可愛いんだよ! 憎めないんだよ! 馬鹿なとこも、好きなんだよ! 俺の推しを、悪く言うなこの野郎!」
「っ――先輩」
「俺が幸せにするって言っただろ。信用しろよ! 俺をっ!」
「先輩――」
風馬の唇が、何かを言いかけた。
「でもはナシ」
掌で風馬の唇を塞ぐ。また何かぐちゃぐちゃ言いそうだ。風馬は泣きそうで――いや、泣いていた。
「――お前、自身がないんだな」
「……」
黙り込んだ風馬の身体を、そっと抱きしめる。
幼いころから、亜嵐と比較され、亜嵐の方が良いと言われて来た。もちろん、風馬だって褒められて来ただろうし、愛されて来ただろうけれど――それでも亜嵐と比べてしまったのだろう。選ばれるのはいつも亜嵐で、亜嵐という光の陰になってしまっていたから。
「俺は、お前を選ぶよ」
「――っ」
ぎゅっと抱きしめた腕の中で、風馬はぐすっと啜り上げた。
「亜嵐が、嫌いなわけじゃ、ないんです」
「解ってる。亜嵐も、お前が大好きじゃん」
「――自分が、嫌いでした」
「……知ってるよ」
「やっぱり……先輩のことは、諦められない」
「諦めて貰っちゃ、困る」
風馬を優しく抱きしめ、ベッドに転がる。風馬は長いこと天井を見つめたまま、唇をぎゅっと結んで、静かに泣いていた。
しばらくして、ポツリと話し出す。
「……俺が何かにハマると、亜嵐もやり出すんですよ」
「亜嵐にとっては、風馬の方がお手本だったんだろうね」
「アイツのが要領良くて……人懐こいし素直だから、教えてもらうのも上手くて」
「世渡り上手なんだなあ……」
何か解るな。亜嵐の方が可愛がられてしまうんだろう。風馬は黙って実践するから、教えを乞う方が可愛く見えてしまうのだろう。風馬は優等生タイプだから、何でもそつなくこなす。亜嵐の方は風馬に憧れていたと言うから、互いにないものねだりだったのだろう。双子の兄弟とはいえ、亜嵐は幼いころから芸能人として働いてきたから、一緒に過ごす時間もなかっただろうし。
(一緒に過ごしていれば、唯一無二の親友みたいになったのかもな……)
でもそうなったら、俺って風馬の恋人として認めてもらえなかったかもしれないしな。うん。亜嵐くん少しブラコンっぽいし。
「――亜嵐に、電話、してみます」
「……うん」
そう言った風馬の横顔は、少しだけすっきりしているように見えた。思わず、笑みを浮かべる。
「亜嵐と仲直り出来たら――先輩」
「ん?」
「……先輩のこと、恋人として紹介しても、良いですか?」
少しだけ不安そうな顔でそう言う風馬に、俺は満面の笑みで頷いた。
「勿論!」
風馬がぎこちない笑みを浮かべる。思えば、風馬の笑顔は武装だったのかもしれない。本当は、笑うのが苦手な子なんだろう。
(もっと、本音で喋ってもらいたいもんだ)
自然と顔を寄せ合い、唇を重ねる。
初めてキスしたみたいに、ぎこちないキスだった。
ともだちにシェアしよう!