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18:運命だから②
『お前には、もう生徒会長は無理だろう』
『え?』
『お前は……その、番を大切にしろ』
『……ああ、分かった』
そう、運命に身を狂わせ過ぎた俺は「社会的地位」に見合うだけの責任を果たしきれなくなっていたのだ。
『ジル、ごめ……ジルの匂いが欲しくて』
『あぁ、かまわないさ。でも、本物が居るんだ。そんな俺の服なんかより俺の所へ来てくれないのか?』
『うんっ!』
けれど、まだその時の俺は、それを不幸だとは一切思っていなかった。番が愛おしい。俺が居ない間に、俺の私物をかき集めて、全身で俺を求めてくる様も、可愛くて堪らなかった。
運命を前にした俺は、それまでの人間性を一切失っていた。その頃の俺は、獣と何も変わりなかった。
俺は「運命」によって、本来の人間性を「麻痺」させられていたのだ。
『愛してる』
『俺もだよ、ジル』
確かに、当時の俺は幸福だった。
しかし、その麻痺も少しずつ、少しずつ。日常という静かな川の流れに穿たれて鋭利さを失くしていった。
しばらくして、俺は学生の身分を脱ぎ捨て、就職し、新しい世界へと飛び出した。そして、少しずつ俺は思い出した。
『今年度の営業成績の目標は、前年度比4.8%増だ!絶対に、コレを下回るな!』
『っはい!』
大人の世界は、過去、俺が夢中になっていた、困難や、数字や、勝負事が……ゴロゴロと転がっていた。
『……あぁ、楽しい』
俺は久々の感覚に、運命では感じられない喜びに、その身を震わせた。
◇◆◇
『あの、部長!俺も、そのプロジェクトに入れてください』
『……ジョー、でもお前。そろそろアレが来るだろ』
『あ、でも……』
『今回のプロジェクトは社を上げた大規模なモノだ。その、なんだ。大事な時に、居てもらわなければこちらも困るんだよ』
『……でも。あの……迷惑はかけません。お願い、します』
『分かった。何かあったら、すぐ相談しろよ』
-----すぐに、メンバーから外すからな。
本当は、もっと積極的に参加したい仕事が山のようにあった。でも、無理は出来ない。
『二次会へは、俺は行けない。皆だけで楽しんでくれ』
『そうか、おつかれ。じゃあな』
『……ああ』
パートナーの発情期。
それが、本来の俺の心が沸き立つ場所へ向かう事を拒んだ。俺ならもっとやれる。もっと上手くやれる筈なのに。しかし、俺には発言に伴う責任を果たせない。だからこそ、口をつぐむより他なかった。
悔しくて堪らなかった。
『ジル、ごめんね。俺、これからは抑制剤を飲むようにするから』
『パートナーの俺が居るのに、そんなモノ必要ないだろう。俺は何も気にしちゃいない』
『……ジル、でも。俺も』
『この話は終わりだ。自然に来るモノを、薬で止める必要なんてない』
『そう、だね』
しかし、それは俺自身が望んだ事でもあった。
どんなに悔しくとも、運命を前にすればその気持ちは全て吹き飛ぶ。庇護欲を誘う愛らしさ。全てをかなぐり捨てても幸せにしてやりたいと思うアルファの本能的真理。その中で、発情期を迎えたパートナー前に、俺は一瞬でそれまでの思考を吹き飛ばす。
『部長、俺も沖縄プロジェクトに参加させてください!俺なら必ず数字を上げられます!』
『何言ってるんだ。ジョー。お前、もうすぐ結婚するんだろう?あそこは今地獄だ。行ったら最後、家族との時間なんて持てない。悪い事は言わない。今は、プライベートに専念しろ』
本能と意思。
『……くそっ!』
その齟齬が年々大きくなっていく。正直、どうしたら良いのかわからなかった。あれほど熱く甘美に感じていた『運命』が、成長した俺にとっては、決して開けられない『檻』になってしまっていた。
そんな、ある日の事だった。
『……ジル、一緒に占いに行かない?』
『占い?俺はそう言ったモノは、あまり』
信じない。
そう言おうとした俺の言葉を、アイツは最後まで聞かなかった。
『お願い、一緒に来て。ジル』
初めてだった。俺の運命が、強い意思を持った目でそんな事を言ったのは。
その目に、俺はただ頷くしかなかった。
『……分かった』
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