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あなたとのキスに蕩けよう①
五月二十三日。は『キスの日』らしい。
そんな不思議なキスの日の、俺と成宮先生のアイスクリームみたいに甘いお話……。
――キスの日。
そんな知識を得てしまえば、妙に意識してソワソワしてしまった。
俺は単純だから、そう言われるとドキドキして、あからさまにその緊張を醸し出してしまうらしい。
そういうところが、好きな子程虐めたい、自分の恋人を悪戯に刺激してしまうことなんてわかりきっている。
『そんなに期待してるなら、キスしてやろうか?』
意地悪く、口角を吊り上げるその姿が目に浮かぶようだ。
駄目だってわかってるのに、『キス』を意識して、期待してしまう。
だって、キスなんて……いつまでたっても慣れないし、恥ずかしい。
本当に、迷惑な日を作ってくれたものだ。
ううん。ごめん。素敵な日をありがとう。
「うまぁい!」
成宮先生がお土産に持ってきてくれた、少しだけ高級なアイスに舌鼓をうつ。
抹茶にバニラに、クッキー&オレオ。ストロベリーも美味しかった。幸せな、甘い一時に俺は少なからず酔いしれてしまった。
「小山 部長に感謝しろよ? 小山部長からの差し入れなんだから」
「はい! 後でちゃんとお礼をいっておきます」
今日休みだった俺は、成宮先生がこうやって持ってきてくれなければ、このアイスを食べることさえできなかった。
そう思えば、アイスを差し入れてくれた小山部長にも、俺の為にわざわざアイスを持ち帰ってきてくれた成宮先生にも、心の底から「ありがとう」と言いたい。
「全部美味しかったなぁ」
「良かったな? 葵、アイスが好きなんて、本当に子供みてぇ」
俺の満足そうな笑顔を見て、成宮先生が嬉しそうに微笑む。
本当に、お腹を空かせて成宮先生の帰りを待っていてよかった……って思った。
「どれが一番美味しいかなんて、決めらんないですよね」
「本当だな」
今まで食べた、アイス全てのパッケージを眺めながら俺は呟く。だって、どれもそれぞれに特徴があって順位なんてつけられない。
あまりの満足感に、笑顔まで蕩けてしまいそうだ。
「本当に可愛いな」
少し離れたソファーに座っていた俺の腰を抱き寄せて、成宮先生が悪戯っぽく笑った。
『逃がさない』
成宮先生が獣のそれに変わったのを感じる。彼の悪戯心に、火が着いた瞬間だった。
「なぁ、葵。アイスキスチャレンジって覚えてるか?」
「え? この前テレビでやってたやつですよね? どんな内容かまでは覚えてないですけど」
俺の言葉を聞いた成宮先生が、嬉しそうに微笑んだ。
世の中には、本当に様々なチャレンジがある。
それは、成宮先生と偶然見ていたテレビ番組がやっていた、思わず「なにそれ?」とツッコミを入れたくなるものだった。
でも、大概のチャレンジは、きっとクダラないもんだろうな……と、俺は頭の片隅で思う。
「アイスキスチャレンジってのはさ、今SNSで凄く流行ってんだけど、キスをすることで相手が何のアイスを食べてるかを当てるんだよ」
「何ですか、それ? ただキスがしたいだけじゃないですか?」
「アハハハハ。まぁそう言うなって」
俺が言っていることは正しいと思う。なぜなら、別にアイスでなくても結局は何でも、キスをする口実があればいいんだろうから。
チョコでも、ジュースでも何でもありだろう。
でも、そんな艶っぽいゲームがあるなら、是非やってみたい……と思ってしまっても仕方ないのかもしれない。
「いいから、やってみようぜ?」
「え? なんで突然……」
「ゴチャゴチャ言うなよ、面倒くせぇなぁ。理由なんかねぇよ」
「だって、なんか恥ずかしいじゃないですか……」
「はぁ? 今更だろ。キスくらいで」
「でも、恥ずかしいです」
「うるせぇよ。やるって言ったらやるんだよ」
「で、でも……」
「はぁぁぁ……」
なかなか「うん」と言わない俺にイライラしたのか、成宮先生が大きな溜息を付く。
それから、俺の手をギュッと掴んで、顔を覗き込んできた。
「お願いだ、葵。やろう?」
「成宮先生……」
「お願いだから」
突然の切なそうな表情を見れば、それ以上言い返すことなんてできない。あまりのイケメンぶりに、俺の胸がキュンッと締め付けられた。
「わかりました」
「本当に? やった」
無邪気に喜ぶ成宮先生を見れば、やっぱり嬉しくなってしまう。
所詮は、惚れきっているのだ。
「じゃあ一問目な? さっき食べてたアイスだから簡単だと思う」
「わかりました」
「じゃあ、葵。目閉じて」
「はい」
成宮先生とのキスなんてもう慣れっ子なのに、俺は酷く緊張してしまう。ギュッと力一杯目を閉じた。
「ふふっ。行くぞ」
成宮先生に肩を優しく抱かれただけで、ビクンと跳び跳ねるくらい体が反応してしまった。それを見た成宮先生もクスクス笑っているのがわかる。
フワリ。
温かくて柔らかい成宮先生の唇が触れたから、思わず唇を薄く開いて迎えてしまう。
「柔らかい……」
俺の全身を優しい電流が駆け抜けた。
唇自体は凄く温かいのに、アイスを含んだ成宮先生の口内は、当たり前だけど冷たくて……その温度差が俺の感覚を擽っていく。
甘い……。
キスってやっぱり甘いんだ。
ボンヤリ頭の片隅で思う。
俺は成宮先生の首に両腕を回して、夢中でその口付けを受け入れた。
その内に、温かくて柔らかい成宮先生の唇だけでは物足りなくなって、冷たい口内も堪能してみたいという好奇心が芽生えてくる。
意を決して、チュルンと舌を忍び込ませた。
あ、これバニラだ……。
甘いバニラの味を夢中で味わえば、チュッチュッというリップ音が部屋に響き渡る。
成宮先生に腰を強く抱き寄せられれば、唇だけでなく体までが、蕩けて一つになってしまいそうだ。それなのに、最後に唇を強く吸われた後、成宮先生の唇は離れて行ってしまった。
「んぁ? ねぇ、もっと……なんで唇離すの?」
「え? だってクイズの答えは?」
「意地が悪い……バニラです」
「正解!」
「それより、もっと、成宮先生とキスしたい……」
珍しく甘えたの俺が嬉しかったのか、成宮先生が満足そうに微笑んだ。
「なんで? クイズは?」
「あんまり虐めないで……」
「はいはい。じゃあ、目ぇ閉じろよ」
「んっ……」
俺が目を閉じた瞬間に、フワリと温かくて柔らかい成宮先生の唇と重なる。
次に成宮先生のキスが降ってきた時には、ねっとりと唇を押し付けられ、温かな彼の舌が俺の口の中を遠慮なく這い回る。
そのままそっと、ソファーに押し倒された。
「ねぇ、成宮先生」
「ん?」
「どんなに高価なアイスより美味しいもの、俺、わかっちゃいました」
「え? 何それ?」
「ふふっ。成宮先生のキスです」
「バァカ。お前は本当に可愛いな」
成宮先生の、甘いキスに蕩けきっている俺は知らなかった。
彼の指が、俺の洋服の中に忍び込んでいたことを。獲物を崖っぷちまで追い込んだ狼のように、舌なめずりをしていたことを……。
全部全部、気付かなかった。甘いキスで蕩けてしまったから。
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