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第39話 6章 過去の悪夢
「三日も歩き詰めで、ほんに疲れたろうの。お腹も空いたじゃろうて」
母お万の方が、粥を持って部屋にきた。
「母上、これはお手ずからかたじけのうございます」
「明日は、そなたの帰った祝膳と思うておるが、今日はもう遅いしな、寝る前には粥が良かろうと思ったのじゃ。温まってよう眠られるじゃろうて」
温かい湯気の立った芋粥だった。それを見て仙千代は佑三を思い出した。初めての凌辱の後、食べる気力もない仙千代に、佑三は芋粥を作ってくれた。その後も、身も心もぼろぼろの仙千代に、佑三はよく芋粥を食べさせてくれた。食べやすいし、滋養もつくからと言って。佑三が言う通り、食べる気力もない時、芋粥は食べることができた。いつも、すーっと体に染み渡るのを感じていた。
芋粥を前にして、無言の仙千代に母は、芋粥の椀を仙千代に渡す。
「さあ、冷めないうちにおあがりなさい」
母の優しい気持ちはありがたかった。しかし、芋粥を食べながら、仙千代が思うのは、佑三のことだった。
佑さんの芋粥が、早く食べたいと、仙千代は思った。
翌日、乳母のきくが早速登城してきた。きくは、仙千代が駿河に行ってからは、役を引き自宅で暮らしていたのだった。
「きく! 元気そうじゃないか!」
「はい、おかげさまでこのように元気にしております。若様の此度の無事のご帰還まことにおめでとうございます」
「ああ、このように無事戻ってまいった。それでだな、そなたには、また世話になりたいがよいか?」
「勿論でございます。きくはまた若様にお仕えできますこと、ほんに嬉しゅうございます」
無役に身を持て余し気味にしていたきくにとっても、仙千代に再び仕えられることは、嬉しいことだった。
身の回りの世話をきくが、請け負ってくれたことで仙千代の懸念が一つ消えた。
次は、体の鍛錬だった。三年何もしていない。強いられたことではあったが、武門の身にあるまじきことだと、自らを恥じていた。
三郎を相手に早速取り掛かることとする。仙千代にも城主の嫡男としての誇りがある。故に、ある程度出来るまでは、他の者に相手はさせられない。三郎だったら事情を理解している。
「若様、久しぶりですので、今日は軽く手合わせといたしましょう」
「そうだな」
仙千代は三年ぶりに握った刀の重みを感じる。こんなに重かったか? 己の非力さを恥じると共に、漸くこうして握ったことに感慨深い。
松川では、握ることはおろか、触れることさえ、一度も許されなかった。
先ずはと、素振りをした。三年の空白があっても、型は覚えていたので、それには安堵した。その後三郎を相手に、打ち合った。
仙千代には、三郎が、相当手加減していることが分かった。
本来の仙千代なら「手加減などするな!」と言うところだが、手加減されないと、相手にならないことは自分自身一番分かる。情けない……悔しい。
少しでも早く、三年の遅れを、取り戻さんと仙千代は懸命に打ち合った。
「若様、もうそろそろ」
「いや、まだじゃ!」
息が上がり、へとへとになるまで続けた。へとへとに疲れた体、滴り落ちる汗。しかしその汗は、仙千代には、とても気持ちの良いものだった。
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