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第1話

 ぎら、と残酷な光が目に映る。  ナイフを持った男の焦点は合っていない。だが思い詰めたような表情をしていて、真っ直ぐその害意を、王妃へと向けていることを感じ取る。  あっ、と思った時に、男はもう王妃に向かっていた。  今、王妃の周りを子供たちが囲んでいる。なので王妃専属の護衛である白百合の騎士は遠巻きに王妃と子供たちの様子を見守っており、男に気がついた様子はない。  王妃の周りにいる子どもたちはレアが暮らしている孤児院の、まだ年齢の低い子供たちだ。みな、優しい王妃の訪れを楽しみにしていた。  このままではレアが本当の弟や妹のように可愛がっている子供たちまで傷ついてしまうかもしれない。  男が何事か叫んだ。そして今度は真っ直ぐ、駆け出してきた。  あたりが騒然となる。ようやく異常に気がついた近衛騎士たちが男を制止しようとするも、その手をすり抜けていく。  青ざめた王妃が子供たちを自分の背に隠し、庇おうとした。 (危ない、このままじゃ……!)  レアは夢中で飛び出した。そして王妃と子供たちの前で大きく手を広げた。  急に飛び出してきたレアを見て、男の動きが鈍くなった。しかしレアの眼前には大ぶりなナイフが迫ってきていて、もうそれは止まれそうにはない。  きっとこのナイフで身体を裂かれたら、痛いどころの騒ぎではないだろう。皮膚が捩れ、血が吹き出し、最悪の場合死んでしまう。  大抵のことは我慢できるが、どうにも痛みは嫌いだった。 (ああ、終わりだ……)  レアが相応の痛みを覚悟し、歯を食いしばった時である。 「何をしている!」  凛とした声が響いた。それと同時にナイフが部屋の隅へ飛んでいく。  目の前が白いマントで覆われた。 (白百合の騎士だ!)  背の高い騎士である。金糸の髪を長く伸ばし、後ろで一つに結っている。純白のマントは汚れひとつなく、美しく翻っており、レアは思わず目を奪われた。  騎士は手に持った剣でナイフをはたき落としたのだ。 「手を上に上げて、膝をつけ!」  騎士の勧告に男は従わなかった。また何事か意味不明な言葉を叫んだ。  どう見ても、男の正気は逸しているように見えた。射殺さんばかりの血走った目をして、騎士に襲いかかり、レアは冷や汗をかく。  緊張が走り、レアは思わず唇を噛み締めた。  あっという間の、見事な手際だった。  騎士は男の右手を掴むと、床にひき倒す。そのまま後ろ手に男の手首を固定したのだ。男は痛みのためか、苦しさからか、何事かうめいているが、先ほどまでの威勢はない。  男は無事に捕まった。そして、すぐに警察に引き渡された。  男がいなくなっても辺りは騒がしい。いつの間にか王妃はいなくなっている。きっと避難したのだろう。  一箇所に集められた子供たちは不安そうに身を寄せ合っていたり、中には泣いている子供もいた。  はっとしたレアは子供たちの側に寄ろうとした。大人たちは手が足りないのか、子供たちにまで気が及んでいない。ならばここで最年長であるレアが子供たちの面倒を見なければならないだろう。  まだレアも緊張と恐怖が抜けていない、落ち着くため、息をゆっくり吐いた後、子供たちに近寄ろうとした。  その時、先ほどの騎士の、辺りをうろうろしている姿が視界に入った。  床に這いつくばったり、テーブルの下を覗いてみたりしていて、傍目から見ても何か探していることがわかる。何やら引き出しを開け、中を確認した後、落胆したような顔をしていた。  レアの足元で何かが白く光った。不思議に思い、光るそれを拾い上げてみる。  白百合の紋章のブローチだった。  これが何かレアは知っている。白百合の紋章は王妃の紋章。これは王妃直属の使用人や白百合の騎士たちにしか着用を許されていないものだ。  レアは密かに白百合の騎士に憧れていた。  神々しく白い立襟の隊服を身に纏った彼らは勇壮で、高潔な騎士の象徴だ。  だがレアは生まれた時に受けたバース検査でオメガだと診断されていた。オメガで白百合の騎士になった者はいない。  白百合の騎士どころか、オメガで騎士になった者はいない。だから、騎士になることを諦めていた。  拾い上げたブローチを見てレアは、彼が探しているものはこれではないだろうか、と思った。男と揉み合っている際にこのブローチを落としてしまったに違いない。  レアは騎士に近づき、手に持ったブローチを差し出した。 「もし、騎士様。これを探しているのでは?」 「ああこれだ、ありがとう。助かったよ」  騎士はほっとしたような声色でレアから受け取った。  逆光になっていて顔は見えないが、柔らかな雰囲気を纏っている。  まるでひだまりのようだと思った。甘い花の香りがし、レアは胸を高鳴らせる。  目の前に男を倒し、王妃とレア、子供たちを守った騎士がいる。その方と会話もしている。  何だかドキドキして、興奮した。  白百合の騎士と話をするのは初めてだった。あの時の騎士はとてつもなくカッコよかったのだ。  レアは無我夢中で目の前に飛び出しただけだ。しかしこの騎士は皆を守るだけでなく、男を取り押さえた。  王妃、子供たち、そしてレアの命を救った恩人なのだ。 「私も、将来、貴方のようなかっこいい騎士になりたいです。まあ私……、オメガ、なのですが……」  緊張した。最後は尻すぼみになってしまった。  誰にも言わずにそっと心に秘めてきた夢を初めて他人に明かし、レアは緊張に包まれた。  ふと、怒られるかも、と思った。オメガなのにそんなことを言って、なんて言われるかもしれない。  大きな手が迫ってくる。殴られるのでは、と身を固くすると、頭をくしゃり、と撫でられた。 「オメガだから騎士になれない、なんてことはないさ」  大きい手だ。怖くはない。ひだまりのように暖かい。  思いがけない言葉にかあ、と顔が熱くなった。 「君なら、騎士になれる」  くしゃくしゃと髪をかき混ぜる手は優しくて心地よい。 「頑張ります、私も貴方のような白百合の騎士になってみせます!」  レアは騎士に宣言すると、さらにもっと強く撫でられた。

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