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告白6
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聖哉はもう店に顔を出さないだろうと、頭の片隅で悲しい予想がついているのに、開店準備をしながら、意識はどうしても店の扉にいってしまう。彼が現れる時間になると、そこばかり何度も視線を飛ばしてしまった。
そんな気持ちを払拭しようと、掃除に精を出したときに、カランとドアベルが店内に鳴り響き、「こんばんは……」というセリフと共に、聖哉が顔を覗かせた。
俺はモップを持ったまま、その場で固まる。
(聖哉が店に来てくれた――)
「あの、今夜もよろしくお願いします」
頭を丁寧に下げて挨拶する姿を見ることができるだけで、胸の中がじわりと熱くなった。
「こ、こちらこそ、よろしく……」
滲み出る嬉しさが、声色に表れてしまう。顔がニヤけそうになったのに気づき、慌てて首を横に向けた。
聖哉は靴音を立てて店内を歩き、いつものようにピアノの前に立ちつくす。その後ろ姿を見、俺も同じように接しなければと、気持ちを引き締めた。
「石崎さん、掃除が終わっていないのなら、お手伝いしますよ」
「も、すぐ終わるんだ。きっ、気にしないでくれ」
(いつもどおりにしようとすればするほど、言葉がたどたどしくなってしまうとか、どんだけ不器用なんだよ!)
「ほかになにか、やってほしいことはないですか?」
ピアノの蓋を開けながら、俺に淡々と訊ねる聖哉がなにを考えているのか、さっぱりわからない。まるで告白されたことが最初からなかったみたいに、いつもどおりすぎて、少しだけ悲しくなる。
「えーっと、じゃあ開店の札をさげて来てほしいかな」
「わかりました」
開店するにはまだ15分ほど早かったが、聖哉とふたりきりでいるのがどうにも微妙すぎて、一秒でも早くお客様を迎い入れたかった。
その後俺は氷を砕く力仕事をし、聖哉は指慣らしをするためにクラシック曲を奏ではじめる。聞き覚えのあるクラシックが、ダイナミックに奏でる部分に差しかかったとき、扉が勢いよく開けられた。
ドアベルがガチャンという、聞いたことのない音をたてる。
「いらっしゃいま――」
はじめてのお客様だろうなと思いながら、顔を扉に向けた瞬間、口が開けっ放しになってしまった。
「気になってきちゃった♡」
「し、忍ママ……」
昨日よりも化粧を濃くし、目が痛くなるような赤いドレスに身を包んだ忍ママの姿に、嫌な予感しかできない。
困惑する俺を他所に、忍ママはカウンター席の真ん中に「よっこいしょ」なんて呟きながら腰かけて、ピンク色の唇を手で隠しつつ話しかける。
「智之くんの好きな相手って、ピアノを弾いてる清楚なあのコなんでしょ? 店に来てくれてよかったわね」
空いた手の親指で聖哉を指し示し、ニヤっと含み笑いした。俺は声を発することなく、首を縦に振る。
「あのね忍ママとしては、なにも言わないって言ったけどぉ♪」
一旦ここで言葉を切ったと思ったら、被っている黒髪のカツラをいきなり外して、スキンヘッドを露にした。濃ゆいフルメイクにスキンヘッドという、絶対に相容れない顔を目の当たりにして、気を失いたくなる。
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