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告白8

 そのことを悟ったのか、忍ママは意味深な表情を浮かべながら肩を竦める。 「美味いハイボールを飲んだら、とっとと帰るって。このコを連れてな」  ニヤッと笑って俺が手渡したグラスを目の前に掲げ、反対の腕を聖哉の肩にまわした。まるで、忍ママが聖哉をモノにしたというふうに見えなくもない。 「彼はウチのピアニストだ。ゲイバーなんかに連れられたら困る」  苛立ちながら忍ママの二の腕を掴み、聖哉の肩から手荒に外す。抵抗されると思ったのに、あっさり腕を外してくれたことに、内心ホッとした。 「このコが安心して店にいられる理由は、智之がこうしてちゃんと守っているからなんだな」  俺にじゃなく、聖哉に視線を飛ばして忍ママが告げたことで、彼はなにかに気づいたのか、右手で口元を押さえて俯く。考え込む聖哉の頭を、忍ママの大きな手がガシガシ撫でた。 「酒を嗜むのがうまい客ばかり来店するわけないのは、長く店をやってる俺だからわかるって。こんな場所に、人の手垢がついてなさそうな美青年がいたら、酒を飲んで理性を忘れたアホな客が絡むに決まってるだろ」  忍ママは大きな声で長々と説明を終えたら、ハイボールを美味そうに一気飲みし、喉を潤してほほ笑む。 「はぁあ、やっぱ美味いな、智之の作る酒は。また暇ができたら顔出すわ」  持っていたグラスを俺に返し、カウンター席に置きっぱなしにしていたカツラを被り直して振り返る。 (本人はきちんと被ったと思っているようだが、半分くらいカツラがズレていることを、きちんと指摘したほうがいいのだろうか……) 「聖哉くんだっけ? 困ったときは、智之にアイコンタクトして意思の疎通をはかれるくらいに、信頼関係が築けていることを大事にしなさいな」  結局俺たちふたりは、忍ママに返す言葉がなく、そのまま見送った。 「聖哉悪かったな。古くからの友人が変に絡んできて」 「いえ、大丈夫です。ちょっとだけびっくりしましたが」 「ちなみにさっき、なにを耳打ちされたんだ?」  聖哉の顔が赤くなった理由を知りたくて、迷うことなく訊ねた。すると眉根を寄せながら俯いて、小さな声で答える。 「誰とも付き合っていないなら、試しに俺と付き合わないかと言われました。今までそんなふうに誘われたことがなかったですし、ものすごく良い声で言われたので、ドキドキしてしまったんです」 (忍ママめ、俺が告白したのを知ってるくせに、なんで聖哉に誘いをかけかけやがったんだ。めっちゃムカつく!)  ピアノを弾く関係で耳のいい聖哉に、俺が真似のできないイケボで、わざわざ耳打ちして誘ったという行為に、どうにも無性にイラついてしまった。 「俺が同じことを言っても、あんなふうに顔を赤くしてくれることはないんだよな」  ボソッと愚痴ってしまう、心根の小さい俺。自分のダメなところがわかっているのに、ひょんなことで出てしまう。 「え?」 「だって俺、聖哉が好きだし。付き合いたいって思うのは、当然だろ?」  自分よりも頭ひとつぶん小さい聖哉は、俯かせていた顔をあげて、俺を見るなり、ぽっと頬を赤らめた。 「僕はその……、石崎さんのことはいい友人というか、職場の上司というか、そんな感じでしか見ることができないんですけど」  やんわりと拒否されたが、昨日心の中で決めたことを口にしてみる。 「それでもいい、聖哉の傍にいられるのなら。だけど俺は自分の中にある想いを、聖哉に告げていくつもりだから」 「石崎さん……」 「ウザいって思うかもだけど、自分の中にある気持ちを押し殺してまで、聖哉の傍にいたいとは思わない。それが嫌になったら、ここから出て行ってもいいし」  俺がこれからおこなうであろう行為を聞いた聖哉は、困惑の表情を滲ませながら、黙ったまま顔を横に背けたのだった。

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