30 / 64
想いの変化15
***
聞き慣れたスマホのメロディで目を開けた。ベッドヘッドに置いてるであろう自分のスマホに手を伸ばす前に、僕の背後から大きな手がそれを阻む。
「へ?」
「音の原因、聖哉ほら」
先に僕のスマホを手にした人物が、目の前にそれを掲げる。画面をタップして目覚ましをとめたのだが――。
「これから仕事なんだろ?」
その人物がスマホをもとに戻し、僕の躰をぎゅっと抱きしめた苦しさで、夢見心地から現実へと一気に引き戻された。
「あ……」
「聖哉?」
耳朶にやんわり唇を押しつけてキスした石崎さんの裸の下半身が、僕のお尻にくっついているせいで、すっごく落ち着かない!
「いっ石崎さん、あのすみませんが、離れていただけると……」
「離れる?」
「だってほら、えっとあの、石崎さんのが僕のに触れているせいで、危ないというか」
たどたどしく説明した途端に、あっけなく離れてくれたのに、気づいたら僕は仰向けにされて、その上に石崎さんが跨るという、もっと危ない体勢になっていた。
「聖哉、おはよう」
「おおお、おはようございます」
「おはようのキスしていい?」
いつもより低い声で告げられたセリフが耳に聞こえた瞬間、胸が早鐘のように躍る。
「き、キス!?」
「だって聖哉ってば、すごく寝ぼけてるだろ。さっきからぼんやりしてる」
「そんなことは、ないというか」
「そんなことあるって。キスよりも目が覚めることをしてもいいけど、どうする?」
言いながら顔を近づけた石崎さんは、なんの前触れもなく僕の唇にキスをした。
「つっ!」
「聖哉の大事なところを激しくシェイクして、ミルクを出してもいいんだけどさ」
「なっ!?」
「それとも、俺のと一緒に合わせてシェイクしてもいいけど、やってみるか?」
「う~~~っ……」
朝から考えもつかないことを言われたせいで、顔からぶわっと火が出た。
「聖哉、冗談だよ。時間は大丈夫なのか? 目覚ましが鳴ってから、それなりに時間が経ってるけど」
「きっ今日の午前中は、ピアノ教室で1件だけの受け持ちなので、少しだけ時間の余裕はあります」
「とはいえ、このまま俺がさっき言ったことをすれば、たちまち時間はなくなるな。残念!」
目の前で肩を竦めた石崎さんは、言葉とは裏腹な表情で僕からおりて、隣で大きな伸びをした。気持ち良さそうなそれを黙って見つめていたら、不意に話しかけられる。
「朝飯はどうするんだ?」
「指にケガをしないように自炊していないので、いつも定食屋でご飯を食べてます」
「そうか、俺も一緒に行っていい?」
「別にいいですけど。たいしたものを食べてませんよ」
「俺だっていつも、たいしたものを食べてないって。聖哉と一緒に朝飯を食えることが、なんか嬉しくてさ」
(石崎さんは本当に、僕のことが好きなんだな。出逢ったときも自分の気持ちをぶつけて僕に意見していたし。言いたいことをちゃんと相手に伝えられるのって、なんか羨ましいかも――)
自分との違いを比較していたら、いきなり頭を撫でられた。大きな手が容赦なく、髪の毛をぐちゃぐちゃにしていく。
「わっ!」
「いつまでも寝転がっていたら、時間がなくなるんじゃないのか?」
その言葉で慌てて起き上がり、壁掛け時計に視線を飛ばしながら、大きなため息を吐いた。
「聖哉、昨日は疲れさせることに、無理に付き合わせて悪かったな」
同じように起き上がった石崎さんが、小さく頭をさげた。
「あー、大丈夫です……」
「なにが大丈夫なんだ?」
返答に困って適当に出たセリフに、石崎さんが僕の肩にぶつかりながら問いかけた。
「なにがって、その……躰は全然平気っていうか」
俯きながら答えた僕の頬に触れる、大きなてのひら。皮膚にそのあたたかみを感じて顔をあげたら、音もなく顔が近付き――。
「んぅっ」
石崎さんの唇を、僕が認識した瞬間を狙ったかのように離れていくその面持ちは、ほほ笑んでいるのに、どこか切なさを醸し出す。
「聖哉が平気なら、それでいい」
僕の視線を断つ感じで立ち上がった彼の背中を、複雑な気分で眺めるしかなかった。
ともだちにシェアしよう!