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好きだから、アナタのために5
「聖哉、いきなりどうした?」
「どうしたじゃありません、急いでオーダーこなしてください。今月の限定品と、限定品が掲載されてる隣のページの紫色のカクテルです」
オーダーを伝え終えて、すぐさまピアノに戻った。余計な言い合いをして、智之さんの仕事を遅らせるわけにはいかない。
(僕のお節介で、少しでも店の売上に貢献できたらいいな――)
両手を組んでにぎにぎしたあとに、鍵盤の上に静かに置き、次の曲を奏ではじめる。お客様の少ない夜だからこそ、ちょっとだけ明るい曲をチョイスした。
鍵盤の上で指が踊るように跳ねたら、智之さんがシェーカーを振りはじめたのが耳に聞こえる。奏でる曲に合わせるようにシェーカーの音が聞こえるおかげで、合奏している嬉しさに、口元が緩んでしまう。まるで、共同作業をしているみたいな錯覚を覚えた。
「っと、指が跳ねすぎて、間違えるところだった。集中しなきゃ!」
その後もピアノを弾きつつ、常連のお客様を中心に声をかけていき、地味にオーダーをこなしていく。
最初は皆がそろって、僕に話しかけられたことに驚きを示していたけれど、会話を重ねていくうちに、世間話に花が咲くくらいにお喋りすることができ、そこからふたたび注文が入るという嬉しいオーダーにつながった。
「なぁ聖哉……」
それは僕がお客様に話しかけて、ちょうど1週間くらい経った頃だった。閉店作業を終えて、一緒に帰る途中で智之さんが話しかけながら立ち止まる。
「どうしたんですか?」
小首を傾げて同じように立ち止まると、いきなり抱きしめられた。
「えっ?」
深夜帯で誰もいないとはいえ、外でこういう接触をしたことがなかった智之さん。驚く僕の頭の中で、疑問符が溢れた。
「ここのところ、客と楽しそうに喋ってるよな」
「僕はただ、オーダーをこなしてるだけですよ」
「俺と喋ってるよりも、楽しそうに見える」
「そんなことないですって」
速攻否定したのに、智之さんの腕の力が一向に緩む気配がない。痛いくらいに抱きしめられることに、いい知れぬ嬉しさを感じてしまった。
「ふふっ」
「なんだよ?」
「智之さんってば、結構ヤキモチ妬きなんですね」
「実は俺も驚いてる。こんな気持ちになったの、はじめてなんだ」
戸惑いを含んだ声に導かれて顔をあげたら、覆いかぶさるように智之さんの顔が近づき、唇が重ねられた。
お店にいても、オーナーとピアニストという立場上、普段は離れて仕事をしている。一緒にいられるのは、こうして帰るときと寝るときだけ。朝になれば、僕はピアノ教室の仕事をしに出て行く。
「聖哉、好きだ」
唇が解放されると同時に告げれられたセリフに、胸のドキドキがとまらない。
「僕も智之さんが好き……」
「聖哉――」
ふたたび顔が近づいたことで、キスされるのがわかったものの、外でこれ以上の接触はダメだと咄嗟に思い、右手で智之さんの唇に触れてそれをとめた。
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