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【三】レベル999へ
序盤はもう俺にとっては敵ではない。だからサクサクと進んでいき、今回は二年と二ヶ月で、最上階まで到達した。扉を開けると、中にいたロイが、驚いたように息を飲んだ。
「また来たのか?」
「あれ、ロイも? 俺達気が合うな。このダンジョン、【孤独耐性】に本当向いてて、レベル上げしやすいよな」
俺が微笑すると、ロイが片目だけを細くして、腕をくんだ。
それを見てから、俺はレベルを確認した。現在の俺は、レベルが786である。
もう数回下から上まできたら、もしかしたら最高値のレベル999になりそうだ。
「じゃあ、また。俺はもう一周してくるよ」
俺はロイに別れを告げて、鏡に触れた。
こうして三度目の攻略に臨んだ。今度は一年と二ヶ月でクリアできた。最上階の扉を開けると、今回は無人だった。確かに二回顔を合わせただけでもかなり偶然だと思うから、ロイがいないのは当然だろう。そう考えていたら、鏡が光り、なんとロイが現れた。
「え? ロイ? その鏡って、ここから一階に降りる以外にも移動できるのか?」
「そういうことだ。俺は別に攻略してこの場に来たわけではない」
「へぇ。知らなかった。今日はどうして来たんだ?」
「お前の気配を察知したからだ。本当に三度も攻略するとはな――さすがは、勇者パーティの魔術師だっただけはあるな。何故一人でここに? 修行中か?」
「っ……なんで俺の事知ってるんだ? 俺、役立たずで追放されたんだ」
「――勇者パーティは有名だ。調べればすぐにわかる。調べなくても大陸新聞に日々の動向が出ている」
ロイがスッと両目を細くして、俺を見た。鋭い眼光に、俺は首を傾げる。
「そうなのか。まぁもう俺には関係ないんだけどな。よし、レベルが843になったから、もう一回頑張ってくる」
「――レベルを上げてどうするんだ? 勇者パーティに戻るのではないのか?」
「レベルは、上げたらどこかで役に立つかもしれないと思ってさ。ここ以外じゃ上げられる気もしないしな。パーティには戻らない。考えてみると、俺は別に魔王に恨みも何もないし、魔王の事もよく知らないからな。倒せと言われても、出来るのかもわからないし」
苦笑してから、俺はロイの横に立った。
「行ってくるよ。俺の気配が分かるなら、次も来てくれるのか?」
「……そうだな、気が向いたら確認に来よう」
「そっか。じゃあまたな」
こうして俺は、鏡で一階へと戻った。次は約半年でクリアし、この時もロイに会った。
レベルは、実に惜しい事に、982だった。もう一回やる必要がありそうだ。
「最後の一回にチャレンジしてくる」
俺が告げると、ロイが無表情で頷いた。美貌の青年は、全く笑わない。
こうして続いて、俺は途中でレベル999になったものの、せっかくなのでクリアすると決めて、今回も半年ほどかけて、最上階へと到達した。これを最後と決めている。果たしてロイはいるだろうか? 孤独耐性のおかげで寂しさはないが、今日でダンジョンを後にするつもりだから、もう会う機会もないので、顔が見たいなと思っていた。
「来たか」
「ロイ! 俺、ついにレベル999のランクSSSになったんだ。資産もたまったし、これで俺のダンジョン攻略はクリアにしようと思うんだ。よかった、会えて。最後にお別れを言いたかったんだ」
俺が満面の笑みを浮かべた時、初めてロイが小さく笑った。端正な唇の両端が僅かに持ち上がっていて、その瞳は楽しそうだ。
「よく頑張ったな。ジークにならば、俺を倒す事が出来るかもしれない。十分なレベルとランクだ。世界で今、レベル999なのは、俺とジークだけだ」
「そうなのか? このダンジョン、【孤独耐性】を持ってると、最高だから俺達のレベルはわかるけど……あれ? 勇者達はまだ999じゃないのか?」
「大陸新聞によると、勇者ハロルドのレベルが、今は231らしい。勇者パーティの中で最も高いな」
「ふぅん。そうなんだ」
「――俺を倒すか?」
「なんでだよ? 俺はロイを倒したりしないぞ?」
「繰り返すが、『この部屋に俺以外の生き物はいない』――そしてダンジョンには普通ボスがいるんだぞ? 分かっているのか?」
「でもボスってモンスターだろ? ロイは違う」
「……ダンジョンに限っては、最深部にいるのは魔王城に関わる存在もいる」
「そうなのか? じゃあここにも、ロイが倒す前は、魔王城の関係者がいたのか?」
「……」
「ロイ?」
「魔王の名前を聞いていないのか? この世でたった一人、世界のすべてのスキルを持つ魔王の名前を」
「そういえば魔王の名前もロイだったな」
「……」
「ロイって名前、意外と多いんだな!」
俺が笑顔で言うと、ロイが長めに瞬きをし、そして目を開いてから、再び楽しそうに笑った。
「ジーク、お前は面白いな。努力家でコツコツ頑張っている姿は好感が持てるが、どこか抜けているな」
「そ、そうか? それ、褒めてるのか?」
「悪い、言葉が過ぎたな。純粋にほめている。ただ、これからどうするんだ? ダンジョンの外には人間がいる。人間の中には、悪意がある者もいる。孤独の場合は、それらには晒されない。だが、今後は騙される事も嘘をつかれる事も、何も話されない事も、様々な場合があるだろう。そんな時、ジークはお人よしそうだから、心配になる」
「これから……とりあえずは、宿を見つける! その後は……俺に出来る事を探しながら、旅でもしようかなって思ってるんだ」
「旅か。もう一度聞くが、魔王討伐の旅には戻らないのか?」
「それはない」
「――そうか」
「じゃあな。俺はそろそろ行くよ。お別れだ」
「いいや、別れの言葉は不要だ。ジーク、きっと俺とお前はまた会える」
「本当か?」
「ああ」
「もしかして、ロイも旅をしているのか? 普段は」
「どうだろうな。秘密だ。では、俺も戻る。また」
「うん、またな!」
こうして俺はロイと別れて、鏡を用いて一階へと戻った。そして十一年前にくぐったダンジョンの門を見る。考えてみると、俺はもう二十九歳だ。来年には三十歳である。ロイと数回話した以外は、誰とも会話をしなかったから、中身は成長した気はしないが、もういい年のおっさんだ……。そういえばロイは本当に若々しいままで、最後にあった時は、俺と同じ歳くらいに見えた。
「外に出たら、恋人も欲しいな……」
そんな事を呟いてから、俺は永久ダンジョンを後にした。なんとなく、ロイの麗しい顔が脳裏をよぎった。まぁ平凡な俺とは釣り合わないだろうが、俺は話しているのが楽しかったから、恋人関係になるならロイみたいな優しそうな人がいい。ちなみにこの世界は、大多数が男性だ。大多数というのは、俺が知らないだけで、どこかにいる可能性がゼロではないという意味だ。世界に満ちている魔力の関係らしく、公的に女性はもう何百年も生まれていないため、神話上の存在と言われている。子供は、妊娠魔術で生まれてくる。
『【孤独耐性】の効果が終了しました。以後、特定の場所では自動発動します』
その時脳裏にそんな言葉が響いてきたので我に返った。
するといきなり、寂しくなってきた。俺はダンジョンへと振り返る。そうだった、俺は完全に今、独りぼっちだ。これから、やっていけるのだろうか。レベルは上げたけれど、一人旅の経験もない。
「い、いいや、やるぞ! ロイとも、また会いたいしな。旅をしていたらきっと会える!」
俺は自分を鼓舞して、冒険者ギルドへと向かった。そして宿を手配し、部屋に向かった。久しぶりに魔導具のシャワーを浴びると、これまで入浴不要だった事が不思議になった。また、空腹を感じたり、清浄化魔術のかけられたトイレにいったりする今の方が、なんだかなじみが薄い。ただ食事はおいしかった。夜、寝台に横になり、俺は久しぶりに睡眠をとった。翌日は、眠くて眠くて、起きられなかった。こうして俺の新しい日常が始まった。
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