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第29話 伯爵と騎士
剣を振り上げたセルビシオ伯爵は、アユダルとフルタに向かって振り下ろした瞬間…
「うわぁ―――っ!!!」
「…あああぁぁ――っ!!!」
アユダルとフルタは、2人一緒に誰かの手で硬い床の上に突き飛ばされ…
バシイ―――ッ…!!!!
何かが弾ける音が響く。
「ううっ… くうっ…!」
突き飛ばされた時に、硬い床であばら骨を打ち付け、その痛みでうめき声をあげながらも、アユダルは顔をあげて見上げると…
床に倒れたアユダルとフルタの前に、レウニールが盾になるように立ち、セルビシオ伯爵の剣を、素手 でつかんでいた。
とっさにレウニールは防御の魔法をてのひらで発動させ、セルビシオ伯爵の打ち込みを受け止めたのだ。
守るのが専門の、白騎士ならではの高度な技術である。
「こんなところで、対魔獣戦用の魔道武器を抜いて振りまわすなど… 貴公 は正気か?! それも刃に魔力を乗せて人を切ろうとするとは… 最近の黒騎士は人間も狩るのか?!」
破壊力が強い剣だからこそ、レウニールは自分の剣で攻撃をはじけば、側にいるアユダルとフルタが巻きぞえになるかもしれないと、敢 えて素手で弾かず受け止め、衝撃を吸収することにしたのだ。
「何… 何だと?! この、よくも邪魔をしたな!」
剣を素手で受け止められて、さすがにセルビシオ伯爵も驚愕 し… あわてて剣を引いた。
「セルビシオ伯爵、恥ずかしくないのか?! 武器を持たない丸腰の相手に、剣を抜いて… それでも貴公は騎士なのか?!」
攻撃重視の破壊力のある対魔獣戦用の魔道武器を相手に、防御魔法を発動したとはいえ、素手で受けとめるには無理があったらしく、レウニールの手はザックリと切れて、ポタポタと血がしたたり落ちた。
「男娼のくせに、そいつらの魔法で私はケガをしたから、私は罰をあたえようとしただけだ!」
「ケガだと?! 他の客に聞いたが、頬にあるその小さな切り傷のことを、貴公は言っているのか? ならば、私のこの傷についてはどう説明する?!」
血だらけの手を、セルビシオ伯爵の顔の前に突き出して、レウニールは冷ややかに責めた。
「それはお前が、勝手に私の前に飛び出して来たから、悪いのではないか!!」
「貴公が頬にできた、その小さな切り傷のせいで、虚弱 な令嬢のように大騒ぎをしていると外で会った客に聞き、同じ騎士として恥ずかしくなり、私は貴公を止めに来たのだが?」
いくつも皮肉と侮辱 を込めながら、レウニールは礼儀正しく相手をする。
「同じ騎士だと?! 私は黒騎士だぞ?! お前はこの私と同等の騎士だと言うのか? 何と生意気な!!」
自分はエリート騎士の黒騎士なのが自慢のセルビシオ伯爵は、突然あらわれた見知らぬ騎士レウニールに腹を立てて怒鳴る。
騎士の誇 りも誠実さも何も無い、虚栄心 にまみれたセルビシオ伯爵の言葉を聞き、ピクンッ… とレウニールは器用に左眉だけを跳ね上げた。
「2年前、白騎士団の入団試験で、貴公がなぜ落とされたのか、教えてやろう… セルビシオ伯爵!」
「は? 何だと?! なぜそれを?!」
学園を卒業したばかりの頃、野心家のセルビシオ伯爵が最初に入団を希望したのは、黒騎士団ではなく… 王宮の警備と王族の護衛任務が主な役目の白騎士団だった。
「剣と魔法の腕はまぁまぁでも、性根が腐っていたから、私が貴公の入団を反対したからだ!」
王族と一番近い場所で、護衛をする白騎士は、他人に不快感を与えない性格の良さや賢さも考慮される。
伯爵が入団試験に落ちた理由は他にもある。
外国からの賓客 を護衛することもあり、大勢の人の前に出ることが多い白騎士は、見栄えの良い容姿の美しさも入団条件の1つとなる。
あきらかにその点においてもセルビシオ伯爵は不合格だったが、レウニールは口に出すのをひかえた。
ちなみにセルビシオ伯爵は… 娼館に出入りするきっかけとなった、レウニールを罠にかけ、妻の座を得ようとしたアグハ嬢の兄である。
落ちたことに屈辱を感じていたセルビシオ伯爵は、白騎士団の入団試験について、誰にも話したことが無かった。
その誰も知らないはずの入団試験について語る、謎の騎士レウニールの顔を見つめるうちに、セルビシオ伯爵はふと何かを思い出し、顔を強張らせる。
「アナリシス公爵…?!」
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