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アオハルは終わらない

 地方の公立で、定時制もあってそんなに練習できない。  でも過去に一度だけ甲子園に出たことがある野球部に少年は入った。身体はひょろひょろで背もそれほど高くなかったけど、夢は人一倍あって、できればこの高校から甲子園に行けたらと思っていた。  背が高くて細く見える友人(脱ぐとすごいんです)は運動部に入らずブラスバンド部に入った。  何故かそんな友人が朝練で走っているのを見かけてびっくりした。 「ブラバンって文化部じゃないの?」  休み時間に聞いたら、「楽器はそれなりの重さがあるし、肺活量も必要だからな」とぶっきらぼうに言われた。友人の楽器はトランペットだった。  定時制もあるから部活は5時で終えなければいけない。もちろん長期休みは一日中練習できるけどそれだけじゃ足りない。一年生の時は予選の三回戦で敗退した。もうなんていうか、もうこれで夏が終わったのかというかんじだった。  小さな球場に必ず応援に来てくれていたのはブラスバンド部で、相手の学校のブラスバンド部に負けないぐらい演奏をしてくれていたのに、もう自分が情けなくてしかたなかった。  夏が終わったって来年がある。そう信じて練習に励んだ。夏の間に真っ黒に焼けた肌は冬になっても戻ることはなかった。  部員の少ない野球部。小学生の頃からずっと野球をやってきた。父親には「下手の横好きだな」と言われながらもがんばってきた。文句を言いながらもお弁当や水筒を用意し、ユニフォームを洗ってくれる母親にも、口には出さないがありがたいと思っている。そして、たまに遊びにくる友人にも。 「俺、文化部ってそんなに体力いらないと思ってたわ」 「ものによるけどな。ブラスバンドは体が資本だ」 「ふうん」  寝転がってマンガを読んでいたら頭をぽんぽんと軽く叩かれる。 「オマエもがんばってるよな」 「まぁな」  ちら、と見やれば友人は座ったままマンガを読んでいる。時折落ちてくるのか、メガネの弦を直す仕草になんだかどきっとした。  同じ男なのに、自分より背も高くて身体も思ったよりがっしりしているのに、時々友人は色っぽい表情をする。気のせいだと目をそらしたが、なかなかマンガに没頭できなかった。  そして春の選抜を経て、二年生の夏がやってきた。  野球部は実質二年生で引退となる。また春の選抜があることはあるが、みなが目指すのは甲子園だ。  暑い、暑い夏。  なんでこんな日差しの強い、蒸し蒸しした気候の中で行われるのだろうか。スポ根なんてもう流行らないのに。  三回戦は勝利した。友人も「よくやったな」と喜んでくれた。次の四回戦は準々決勝だ。  練習にも熱がこもった。まだ予選とはいえ、四回戦まで行けるのだ。勝ち進んで甲子園に!  そう思って、がんばってきたのに。 「やっぱ私立にはかなわねーのかな」 「応援の規模が違うよ。見ろよ、あのブラバンの数」 「四回戦止まりかー。まーよくやったんじゃね?」  部員の気持ちは、応援の数に圧倒されたのかもしれなかった。中盤までどうにかリードしていたものの、後半はひどいものだった。  十対七。がんばったとは思う。でも、結果は結果だ。 「……明日、反省会な」 「あれー? (ゆう)、今日は?」 「ちょっと、野暮用」  電源を入れたスマホに、友人からメールが入っていた。 ”お疲れさま。家で待ってる”  メールもぶっきらぼうだ。家、というのは友人の家ではなく自分の家に違いなかった。  向こうの学校のブラスバンドの人数はうちの学校の3倍はいたのではないだろうか。だから音も大きくて、正直うちの方の音がかき消されてしまうのではないかと思うぐらいだった。でも、友人のトランペットの音だけが鮮明に耳に届いたように思えたのはなぜだろう。  急いで家に帰ると、果たして家の前で友人が待っていた。 「お疲れ」 「……そっちこそ」  今は共働きの両親は家にいない。 「ちょっ、おまっ! なんでアイス!?」 「暑かったから?」 「どんだけ待つとか考えなかったのかよ!」  友人が下げていたコンビニの袋の中に入っていたのはカップ入りのアイスだった。  棒じゃなくてよかったが、それでももう少し考えてほしかった。  クーラーを入れてもなかなか冷えない家の中、たまらずTシャツを脱ぐと友人は目をそらした。  それに、あれ? と思った。 「あー、負けちまったー。俺の夏がー、青春が終ったー!!」 「……青春まで終わるんだ?」 「……野球が俺の全てだったんだ」 「ふうん?」  テーブルに突っ伏して叫ぶ。こういうことをしても友人は気にしないとわかっているから。  なのに。 「なぁ、裕。青春って部活だけじゃないだろ?」 「え?」  突っ伏した背中に、友人が覆いかぶさってくる。そして、汗臭い身体を抱きしめられた。  すごく動揺した。 「えええ?」 「青春ってさ、恋愛も含むんじゃないか?」  恋愛って。  恋愛って誰と?  怖くてとても聞けなかったが、友人の腕は思ったよりもがっしりとしていて、逃げようにも逃げられなくて。  結論。  流されて、まだ自分は青春真っ只中らしい。  もちろん野球は来年の春まで続ける予定だ。 おしまい。

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