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第16話

「『九曜様』、翼弦様がお呼びです」  木龍の声がかかり、今宵もまた月の光に照らされて、九曜は呪縛から解かれた。  木龍の胸に倒れかかった九曜は、木龍に受け止められて顔を上げる。  なに食わぬ顔の木龍が、九曜は憎らしくなった。  木龍こと幻以は人の心が読めるので、九曜は悟られぬように、木龍を密かにとがめる。 (女官たちと話ができて、さぞ楽しい日中を過ごしたのだろうな) 「どうかしたか? 九曜」  それでも琥珀色の瞳に険があるのを感じ取ったのか、幻以はいぶかしむ。 「……」  九曜は無言で頭をふりかぶった。  九曜と木龍は、まず湯殿へ立ち寄り、九曜は体を清めてから夜着をまとうと、木龍に抱きかかえられて寝室へと向かった。  月明かりが照らす寝室にはすでに翼弦が待ち構えていた。 「待ちかねたぞ」  翼弦は微笑をたたえて、二人を迎えた。  九曜は状況がどうであれ、不満を禁じ得なかった。  木龍からベッドに降ろされた九曜は、ベッドの端にたたずむ木龍の目をじっと睨みつける。  私というものがありながら。  他の女と話に花を咲かせていたのか?  愛想をふりまいていたのか?  親切の大安売りをして何の得になるというのだ?  心の中にそのような問いがいくつも浮かんだが、九曜はそれらを明確な言葉にはしなかった。   九曜のとがめる視線に、木龍はわけがわからぬといった様子で、ただ眉を上げただけだった。  頭に血がのぼった九曜は、思わず木龍の服を引きつかむとベッドに引きずり込み、彼を押し倒していた。  油断していた木龍は、体格差のある九曜相手に押し倒され、あっけに取られた表情で九曜を見つめる。  どうかしたのか、と問うような視線が、九曜の癇にさわった。  もう置かれている状況も翼弦の存在も、どうでもよくなってしまっていた。  ただただ腹立たしい気持ちでいっぱいになった。  決してよそ見はさせない。  九曜は激烈な感情に身をまかせて木龍の衣服を引き剥がした。 「おい」  焦った木龍が九曜の手をとどめようするが、九曜の感情は止まらない。  今頃になって、木龍は九曜の様子がおかしいことに気がついた。  しかし、この場では心で会話することはできない。そんなことをすれば、神仙の翼弦に簡単に九曜と木龍の真の関係性が看破されてしまう。  木龍は言いたいことを心の中ですら言語にせずに、瞳で訴える。   それに対し、九曜は一切応じなかった。  月明かりの下で繰り広げられる、逞しい大男が何の抵抗もできないまま美しい獣から貪られる光景。  凍てついた顔で眺めていた傍観者の翼弦は、やがて眉をひそませて扇子で顔を隠した。    

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