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21:「アレ」の時間

「ラティ、今日の分」 「っあ、そうだったね」  そして、肌着に隠れた腕の部分を僕の前へと差し出してきます。この時のケインの目は、いつもより少しだけ熱いです。 「ラティ……舐めろよ」 「ん」  僕はケインの体に出来た鞭の痕にソッと唇を寄せました。最初は舐めたりせずに、ソッと口付けをします。これは、僕の中の決まり。「早く良くなりますように」という願いを込めて、最初と最後に口付けをするのです。 「っふ……んっ」  最近、ケインは鞭の痕だけでなく訓練で出来る傷も多くなってきました。このキレイな顔にも傷を作ってくるのだから、僕はもう堪りません。  ケイン、ケイン、ケイン。お願いだから、怪我しないで。危ない事をしないで。僕の知らない所で危ない目になんて合わないで。 「っはぁ、ちゅ……っふ」  舐め上げるケインの腕は、幼かったあの頃ように柔らかくも細くもありません。どこもかしこも固くて太い。今では立派な兵士のソレです。 「ん、ンぅ……」  十年と少し前。ケインが初めて鞭に打たれた日の夜から、僕は毎晩ケインの傷を「治療」します。調べたら、唾液には本当に治療効果があるとの事でした。騎士達の言う「舐めていれば治る」というのは、迷信でも何でもなかったのです。 「ン……はぁっ、ちゅっ、じゅるっ」  なので、出来るだけ舌に唾液を絡ませてケインの肌を舐めます。ジュルジュルと僕の口元からはしたない音が部屋に響きます。でも、コレが大事。口内を唾液で満たし、微かに膨れ上がる傷痕を刺激しないように柔らかく、柔らかく舐めるのが「治療」のポイントです。 「っは」  すると、頭の上からケインの微かに熱を帯びた呼吸音が聞こえてきます。うん、この声は大丈夫。痛がっているワケではなく、気持ち良く思ってくれている時の声ですから。右腕が終わり、僕はどんどんケインの体中に舌を這わせていきます。 「っはぁ……ン。ねぇ、ケイン、この胸の傷。どうしたの?」 「今日の訓練で……避けきれなかったやつ」 「痛そう」 「ああ、痛いよ……っく」 「ちゅっ……っふ、はぁ、ん。……ッン」  ケインの胸元に出来た大きな打撲の痕を、僕はペロペロと舌を大きく舐めていきます。ケインの体からは石鹸と……ほんの少し、汗の匂いがします。舌に触れるケインの肌は少し汗ばんでいてしょっぱい味がしました。 「っはぁ、ぁ。ラティ。も、そこは……も、いいっ」  声変わりを経て、あの頃のような鳥のさえずるような高い声ではなくなったケイン。低く、唸るようなバリトンの声は、成長したケインの精悍な顔と相まって深い魅力を増しています。なんだか最近、治療中のケインの熱っぽい声を聞くと、体中がゾワゾワと優しく撫でられているような感覚になります。 「……っはぁ、ケイン。あんまり、怪我しないで」 「別に、好きでしてるワケじゃねぇし」 「こないだは顔に傷があった。やっと薄くなってきたけど……」  そう言いながら、僕はケインの口元に微かに残る打撲の跡に、ソッと舌を這わせました。ついでに、ここにも早く治るようにキスをしておきます。  ちゅっ、と小さく響いた音に、僕は少しだけ物足りない気持ちになりました。あぁ、物足りないって何でしょう。これは「治療」の筈なのに。もっと、ケインの体に触れていたい、なんて。怪我して欲しくないなんて言いながら。僕は、とても愚かです。 「なぁ、ラティ」 「ん?」  ソファに深く腰掛けるケインの体の上に、僕は膝立ちで跨るような格好でケインを上の方から見下ろしました。いつもはケインに見下ろされてばかりなので、僕はコッソリこの体勢を気に入っています。 「今日の鞭打ちで、俺口の中を切ったんだ」 「えっ、そうだったの!?」 「ああ」  僕がケインの言葉に目を見開いていると、いつの間にか腰にケインの太い腕が巻き付いていました。 「打たれた瞬間に、とっさに歯を食いしばったせいだと思うんだ。痛いんだよ。何食べても滲みるし……だから、ラティ」  そう言って下から僕を熱い視線で見つめてくるケインに、僕は続きの言葉が発せられる前にコクリと頷きました。あぁ、僕のせいなのに。僕が間違うから、ケインに痛い思いをさせてしまっているのに。  僕は、ハッキリと歓喜していました。 「舐めろよ」  そうケインが口にした時には、僕の唇はケインの口を塞ぎ、微かに開いたケインの温かい口内へと舌を這わせました。コレも初めてではありません。これまで、何度もしてきました。 「っふ、んッ……んっ、ふぁ」 「ん……」  ケインから突き出された舌に、僕は自らの舌を絡め、傷痕を探します。歯列をなぞり、ヌルリと蠢く側壁をなぞっても、傷がどこにあるのか分かりません。そうこうしているうちに、腰にまわされていたケインの腕にグッと力が加わり、僕の体は、固いケインの胸板にピタリと押しつけられます。互いに肌着なせいか、直に体温を感じてとても気持ちが良いです。 「っふ、っぁ……んんっ」  くちゅくちゅと耳元に響く唾液の絡み合う音に、僕は胸が熱くなるのを感じると、無意識のうちにケインの鎖骨に指を這わせてしまっていました。この、ゴツゴツしていて温かい感触を、僕は気に入っています。ここに触れると、なんだかとてもお腹の底がキュンとするのです。 「っはぁ、っは……けいん?」 「ラティ」  少しだけ息苦しくなって唇を離すと、そこには不満そうな目で此方を見ているケインの姿。その顔に、僕は思わずフフッと笑うと、ケインのもう片方の手が僕の後頭部に回されました。 「まだ、全然治ってない」 「ん」  僕は微笑みながら頷くと、互いに視線を合わせながら、もう一度ケインの唇に吸い付きました。重なり合うケインの温かい体に、僕は思うのです。  あぁ、やっぱり僕にはケインしか居ない、と。ケインさえ居てくれれば、僕は何もいらないのです。

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