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第1話
今日の夜ご飯は何かな。
焼きそばがいいな。もちもちポテトも食べたいな。
海崎圭 は、夕食で使う食器やお茶の準備をしながら、考えていた。
家の外では、焼き鳥のタレが焦げる香りやソースの香りとともに、どんどんと太鼓の音が聞こえる。
今日は、家の近くで夏祭りが始まっている。
花火も打ち上がる。
手際よく食器の準備をしていると、ピンポーンとインターホンが鳴り、出迎える。
「圭ちゃん〜。あっつい〜」
「圭、久しぶり」
姉の千聖 と、姉の彼氏である原一颯 がやってきた。
「会場、混んでた?」
「去年よりも人が多かったよ」
「俺、絶対人多いのとかやだ〜」
「あたしたち、さっきまでそこにいたんですけど!そんなことを言う圭ちゃんには、ご飯はあげません」
「そんな〜ごめんって。お姉様」
俺が手を合わせて、謝るポーズを取ってふざけてみせた。
「二人とも仲がいいな」
こちらを見ながら、ふっと一颯さんが笑った。
俺の部屋のベランダから花火が見えると聞きつけた姉が、三人で集まろうと言い出したのが始まりだった。それもかれこれ、三年続いていて、今年で四回目だった。
姉ちゃん達が買ってきたポリ袋の中には、屋台の焼きそばと缶ビール、唐揚げが入っていた。
そして、一颯さんが片手にもちもちポテトを持ちながら、こちらを見て言った。
「圭、食べたかったでしょ」
「うん、なんで分かったの?」
「去年、美味しそうにいっぱい食べてたから。すごい、がっついてたし」
意地悪そうにこっちを見て言う。
「そんな、がっついてないし」
なんで、そんなことを覚えてるんだよ。
思わず口角が上がる。
それから、俺たちは、ビールを片手にご飯をつまみながら、バイト先にきた変なお客さんの話とか、たわいない話をした。
「圭ちゃ〜ん、もう一杯!」
「もうだめだって」
姉ちゃんが俺の手にあった缶ビールを横取りしようとするのを止める。
「お姉様に向かって、なんだと」
完全に、呑んだくれだ。
ひと騒ぎしたのち、そのまま寝てしまった。
「花火を観たいのは姉ちゃんじゃん」
「千聖、花火が始まっちゃうよ」
一颯さんが揺さぶったが、起きなかった。
「ダメだ…仕方ない。俺たちで見ようか」
俺たちがベランダにでたと同時に、ヒュードンと夜空に花火が上がった。
「うわぁ、綺麗」
「やっぱり、よく見えるな。毎年お邪魔して悪いな」
「ううん、全然大丈夫。どうせ、一緒に行く人もいないし」
「また、そんなこと言って。大学生だろ。
一緒に行く相手がいるなら、遠慮なく断れよ」
茶化して言ってくる。
ほんとに、いないよ。そんな相手。
今年もこのために、引っ越さずにここにいるんだから。
それも、来年には就職でここから引っ越す。
花火を三人で見るのも最後。
一颯さんの隣で観る花火は美しい。
けど、ひどく切ない。
このまま全て何もかも、止まってしまわないかな。
ベランダの柵に置くお互いの手が触れるか触れないかの距離にある。
「もう、圭も社会人か。早いな、出会った頃は高校二年生だったのにな」
「そうだね。もう、そんなに経つのか…」
「あの時はかわいかったのに、もうこんなんになっちゃって…」
「こんなって。どんなんだよ」
出会いは、俺の家庭教師を一颯さんが始めたことだった。
それから、両親も共働きだったこともあり、姉と俺と一颯さんと夜ご飯を一緒に食べることが多かった。
少し口は悪いけど、解けた時に思いっきり「できたじゃん」って褒めてくれるところ。
スポーツも勉強も器用でなんでも出来るくせに、自分の家のお風呂に生えたピンクカビをカビって知らずに生やしてたこととか、新しい一面が見られたみたいで嬉しかった。
出会ってから、ずっと惹かれてた。
「何、考えてんだよ」
「え、ううん、お風呂のピンクカビのことを思い出してた」
「おい、それは忘れろよ。恥ずかしいだろ」
「カビって知った時の一颯さん、面白かったな」
「まさか、ピンク色のカビがあるなんて知らないだろ…」
決まりが悪そうな顔をしていた。
そんな顔も姉ちゃんはいつも見てるのかな。
姉ちゃんと一颯さんが付き合い始めたのは、俺が大学入学したと同時だった。
最初から、ゲイの俺とどうにかなるなんて思っていない。
でも、胸の奥が痛かった。
ヒュードン、ドンと次々と花火が広がっては、じんわりと黒い夜空に消えていく。
このまま、思いを伝えて、楽になってしまおうか。
そしたら、こんな思いをせずに済むのに。
ふと、俺と一颯さんのベランダに置く手が近づいた。あと、少しで触れそうなのに。
どことなく、一颯さんの目の奥が悲しいような、愛おしさが混じり合った複雑な色をしてる。
それは、俺の願望なのだろうか。
ドクドクと心臓がうるさい。
何だか、酔いが回って、口がひらいた。
「一颯さん…好 ─」
「けいちゃん…」
俺の言葉を遮るように、姉ちゃんの俺を呼ぶ声が聞こえた。振り向いたけど、返事がなかった。
「寝言だな…久しぶりに圭に会えたから、嬉しくて飲んじゃったんだろうな。会えてないって寂しがってたから」
「え..そんなこと一言も」
「圭は来年には就職で都会に引っ越す。
だから、三人でこうやって花火を見るのも最後って」
姉ちゃんへの複雑な気持ちで何も言えなくなって、俯いた。
「あいつ、そんなことは言わないだろ。
でも、圭のことが大好きな重度のブラコンだからな」
今、俺は何をしようとした。
言って楽になりたい、自分のエゴで二人を裏切ろうとしてた。
言ってしまったら、もう今までみたいに三人で会えない。
最低だ。
思いをかき消すように、缶ビールを飲んだ。もうぬるくなって、苦い。
「さっき、俺になんか言いかけた?」
「ううん、何もない。忘れた」
ベランダの柵をぎゅっと握った。
もう、何も望まないから。
このまま、今だけは浮かれさせて。
あれから、一颯さんにはもう会ってない。
最後に、一緒に花火が見られて良かった。
もう、梅が咲く季節になり、俺は春からの職場近くに借りた部屋に荷物を運び入れていた。
「圭ちゃん、これ、ここに置いていいよね」
ちょうど、最後の荷物だった。
「うん、本当に手伝ってくれてありがとう、姉ちゃん。助かったよ」
「また、ほんと叙々苑で奢ってもらおうかな〜」
「ええ、激安焼き肉食べ放題で勘弁して」
「けち」
さっきのふざけた表情から一変、真面目な表情になった。
「そういえば、圭ちゃんに言いたいことがあって…」
「どうしたんだよ…」
「一颯、今日地方へ転勤で引っ越すよ」
え──。
「お見送りに行かなくていいのかよ…」
「うん。私たち、別れてるから。
それも、おととしの夏祭りの後」
別れてる─── ?
「去年だって、三人で集まって…」
「うん。私が頼んだの。
最後の夏は三人で花火が観たいって。」
「どうして。あんなに仲が良かったじゃないか」
そんなそぶり、一切なかった。
「もともと、好きな人がいてもいいからって告白した身だし、仕方ない。
さすがに誰が好きかは知らなかったけど」
初めて、聞いた。
言葉とは裏腹に姉ちゃんは吹っ切れたようだった。
「そりゃ当時は落ち込んだけど、別れて2年もたったし、もう私には新しい彼氏もいるし」
「え、まじで...」
情報量が多すぎて追いつかない。
「圭ちゃんこそ、素直になりなよ。
好きなんでしょ。一颯のこと」
「俺は一颯さんのことなんて…」
「いいの。隠さなくて。圭ちゃんの気持ちに気がついたのは、去年の夏。
酔っ払いながらも、二人が花火を見てる姿見てたら、圭ちゃんも好きなんだって」
姉ちゃん、気がついてたんだ。
もう、認めるしかなかった。
「ごめん。好きになってごめん。伝えるつもりはないんだ。俺の片思い、勝手に好きになった」
「この期に及んで、またそんなこと言って。圭ちゃんのバカ。
私こそ、ごめんね。気持ちに気が付かなくて。私、うざかったよね」
少し、姉ちゃんの目元が涙で滲んでいた。
「そんな事はない。ほんとごめん、姉ちゃん…」
「ありがとう…。とりあえず、今からなら間に合うから一颯のところへ行ってきなよ」
姉ちゃんが玄関の方へぐいっと背中を押す。
「会うまで帰って来ないでよ。
それから、幸せになって、圭」
バダっとドアを閉められてしまった。
「...この似たもの同士が…」
それから、千聖はボソッと呟いた言葉は、俺には聞こえなかった。
「圭。」
外にでると名前を呼ばれた。
振り返ると、そこには一颯さんがいた。
「…一颯さん。どうしてここに」
「千聖に呼ばれて」
何だか、気まずい空気が流れる。
「俺、今日、転勤で引っ越すんだ」
「うん、聞いた」
「そっか。行く前に言いたいことがあって」
別れの言葉なんて、聞きたくない。耳を塞ぎたくなる。
「千聖のこともいっぱい傷つけたし、俺は最低な人間だけど、どうしても言いたくて。
圭、好きだ。高校のときから、今も」
その瞬間、俺は一颯さんに強く抱き締められた。
なんて、言ったの。言葉が理解出来ない。
「最初は弟みたいだなって思ってたけど、大食いなところとか、笑顔がかわいいところとか全部。かわいい」
夢を見てるのかな。都合が良すぎて。
「俺…」
「答えなくていいんだ。もともと、生徒と家庭教師だったし、言う気はなかった。でも千聖に『このままでいいのか』って背中を押された」
伝えたい、俺の気持ち。
「一颯さん、俺も…好き…。好きです」
「ほんとか…嬉しい…」
一颯さんの俺を抱きしめる手が強くなる。
そう言った瞬間。ドアから勢いよく姉ちゃんが飛び出してきた。
「やっと、くっ付いたわ。これで私の荷が降りた」
「姉ちゃん…ごめん」
「千聖…」
「2人とも思いを言う気はないっていうからさ。
お節介を焼いちゃったわ。特に、一颯なんて、私を振った時に、圭ちゃんに気持ちを言うつもりないとかヘタレなこと言って。ずっと、好きだったくせに」
「おい、ヘタレって」
「それと今度婚約するから。この借り、御祝儀でよろしく」
手をお金のポーズにして言った。
「だから、私のことは気にせず、幸せになりなよ」
あまりにも優しい顔で笑う姉ちゃんには、もう頭が上がらない。
「圭…逢いに行くから」
「うん」
優しく微笑む。
春の穏やかな風が流れる。温かい。
俺、今日は浮かれてもいいかな。
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