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青春地獄
つい今しがたまで腕に絡まっていた温もりは、まるで俺の腕が存在しなかった様にするりと消えてしまった。
まだ暑さが残るとは言え、秋草が生い茂る川辺り、夕方、虫の声、向かいから来るランニングの男。
「あ、真面目スポーツマン」
「友達?」
「そーお前あんま学校来ないもんな。バスケ部の主将だよ」
「へー」
ランニング男はこちらに気が付くと、フードを外して爽やかに笑った。
「おつかれ、部活後まで走ってんの?」
「ああ、今日は部活軽めだったからな」
爽やか男は目線を下げると、制服姿の華奢で青白い肌の男を目に入れて、息を呑んだ。
その顔を向けられた、華奢な男も息を呑む。
恋が通じ合う瞬間を見た。
恋人であるはずの男と、クラスメイトの男の。
「あ、悪い、マジでごめん。俺忘れ物したわ。悪いんだけど、ランニングついでにこいつ家まで送ってやってくれない?」
「え、あ、ああ……良いよ……」
「だ、大丈夫だよ! 待ってるし!」
「いや、ダメ。まだ暑いし。具合悪くなったら困るし。明日も学校来いよ」
心はもう木枯らしだ。
でも、きっと、恋を優先する奴は、恋人という契約をしていても恋を優先する。
こうやって。
きっと、数日後には、手を繋いで神妙な、辛そうな顔で言ってくる。
「話がある。俺を殴ってくれ」
「ごめん……僕が好きになっちゃったから……悪いのは全部僕で……」
「ははは、まあ、良いんじゃねえの。しょうがねえし、引き止めたって怒ったって、人の心は変えられねえだろ」
「ごめん……」
ぼたぼた流すんだ、涙を。
初めてセックスしたときに、俺に向かって好きと言いながら溢していた涙にそっくりだ。
恋をする人間はいつだってこうだ。
そして、何年も経って、何人もとセックスをして、薄まって、好きだと言われて微笑んで、俺もだよと返す。
本当は、健康で、金に困って無くて、四肢が長くて、背中が広くて、しょうゆ顔で、足が臭くなくて、ちんこのでかい、恋をしない男と、家族になりたいだけだ。
健康で、金に困って無くて、四肢が長くて、背中が広くて、しょうゆ顔で、足が臭くなくて、ちんこのでかい、恋をしない男の俺は、そう思う。
「いや、いや、ずっとお互いに恋し続けりゃ恋したって良いんじゃないかな……」
「そのずっとが信用ならねえってなるわけよ」
「まあ、それもそうだけど。もうお尻痛くないの?」
「めちゃくちゃ気持ちいい」
「俺もお前の中気持ちいい。俺は恋しないけど、お前に愛はあるんだよ」
「ああ、愛って手があったか」
「それから、情もある」
「愛が冷めても情は残りそう」
「一緒に住もうよ」
「考えさせて」
同窓会で見かけた奴等は、それぞれ女と結婚していた。恋なんて本当に信用がならないものだ。
少し照れた顔で、あの頃はありがとう、なんて言い合っている二人には、いったい相手が何に見えているのか。
春の川辺り、桜が漫然と咲き誇る。微かな甘い香りと淡く雅やかな色合い。
そして、激しい花粉。
目を腫らして鼻を啜る。
「抗ヒスタミン剤のデリだよ」
「何でいる」
「だって、テーブルに飲み忘れてたし。高校の同窓会なんて、ノンケは結婚してるし子供居たりして、心細くなるんじゃないかと思ってさ。人としてほっとけないよ。よく行くよね」
「いや、ほんと、行かなきゃ良かった……」
「そうだね。かえろーよ」
「うん」
「腕組んじゃお」
絡みつく腕は暖かい。
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