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第42話

 オメガだったら良かったのに。  僕がそれを、どれだけ思っただろうか。  彼が隣にいなくても、ずっとずっと、望んでいた。  僕がオメガだったら、彼も振り向いてくれる。僕を大切にしてくれる。胸を張って、彼の隣を歩ける。ずっと一緒にいられる。  だから、僕はオメガになりたかった。  それなのに、運命とは、なんと残酷なのだろう。  彼が、気まぐれで僕を弄んだ。  それをきっかけに、眠っていた僕のオメガが目覚め、動き始めたのだ。  隣で眠ったあの時も。  見つめ合って口づけをしたあの時も。  甘く名前を囁いたあの時も。  激しい快楽の中へ誘ったあの時も。  抱き寄せて笑い合ったあの時も。  僕のオメガは芽吹いていたのだ。  それなのに。  もう、彼は僕の隣にいない。  それは、僕がベータだったから。  ただの、おもちゃでしかなかったから。  その時に気づいていれば、僕たちは変わっていたのだろうか。  でも、もう、そんなことを考えるは、全て無駄なことなのだ。 「社長、こちらです」 「ありがとう」  気づけば車の中にいた。  医師から宣告された時から、僕はずっとうつろなままでいた。秘書が渡した薬を柊は受け取り、すぐに窓を閉めて、車を走らせた。 「急げ」  運転手に鋭く命令する柊は、先ほどから足をずっと揺らしていて落ち着きがない。そして、荒い手つきで薬袋を破き、中から大きなタブレットを取り出した。それを僕の口元へ押し込む。 「飲んで」 「ぃ、いやっ」  それが、柊が医師に強請った薬だとすぐにわかり、その腕を押しやった。しかし、その腕は屈強でびくともしなかった。もう片方の腕が伸びてきて、僕の顎を掴んだ。 「なんで飲まないの?」  そう言いながらも、柊はぐいぐいと唇に押し当ててくる。それを必死に唇を引き結び、顔をそっぽ向けようと微力ながら力をこめる。それに柊は眉を寄せていらだちを見せながら、鋭く僕を睨んだ。 「ひーちゃんは、僕のオメガになりたくないの?」  本気なの、と聞き返そうとしたが、柊は真剣な顔つきで、汗を垂らし焦燥しているようだった。  ベータなんて関係ないって、柊が言ったのに。あれは、嘘だったの?  やっぱり、アルファにはオメガしか価値がないの?  柊の冷たい瞳に身体が震えて、力が入らなくなる。その隙に、親指が口をこじ開けて、薬が放りこまれた。吐き出そうとすると、柊がすぐに唇を覆うように、唇をあわせてきた。 「んっ、んううっ!」  胸板をどん、と強く叩くと、その手を大きな手のひらに拘束されてしまう。嫌だと、吐きだそうとすると、熱い舌が、ぐいぐいとそれを奥に押しやる。それでも、飲み込まないようにしていると、舌が別の目的を持って蠢き出す。弱い顎裏を湿らせた舌で撫でられると、きゅう、と身体の奥が絞られるように反応し、背筋がざわめきたつ。舌の側面を尖った舌で、こしょこしょとなぞられると、内腿を擦り合わせてしまう。とろ、と、柊からバニラの香り立つ甘い唾液が流され、かさついた指先で喉仏を撫でられると、恍惚とする身体は、教え込まれた通り、こくん、と飲み込んでしまう。  喉を大きなタブレットが通っていく感覚がはっきりとあり、急いで顔を背け、咳き込むが、それはすっかり胃の中に落ちてしまったようだった。爪先から体温が消え去り、身体がかたかたと震え出す。  僕、オメガになるんだ。  まさか、その瞬間が、こんな絶望的なものになるなんて、思いもしなかった。 「…柊は…」  かすれた吐息でつぶやく。 「僕が、ベータでもいいって、言ってくれたのに…」  どうして、と顔を上げた瞬間、涙が頬を伝った。柊は、僕の顔を見ると、頬を染めて微笑んだ。 「番になったら、ひーちゃんは、一生僕から離れられなくなるでしょ?」  うっとりと囁いた柊に頬を撫でられると、ぶわ、と強く彼の甘い匂いが僕に流れ込んできた。どくん、と大きく心臓が跳ねると、こめかみを血流が強く流れて痛み出す。胸が苦しくて、息が絶え絶えとなってくる。汗が至る場所から溢れ出てくる。そして、何よりも、腹の奥が切なくうずいて、たまらなくなる。その場にうずくまって、身体の変化に耐えていると、柊が僕の肩を思い切り掴んで、車のドアにぶつける。痛みに顔を歪めると、顔を手のひらで固定される。細い目で柊を見ると、涎を垂らしながら、捕食者の目で僕を見て舌なめずりをした。 「ひーちゃんの匂い…おいしそうな匂い…」  今まで、柔軟剤か香水か何かだと思っていたが、柊のバニラの匂いはアルファのフェロモンだったのかと初めてわかった。  赤い舌とつややかに潤む唇の間から、真っ白で鋭い犬歯がぎらりと光った。首筋に柊が顔を寄せて、すん、と息を吸う。その空気の流れだけで、身体はびくん、と大きく跳ねてしまう。 「嬉しい…ひーちゃん…僕の、運命のオメガ…」  大好きだよ。  そう囁きながら、柊は、僕の首筋に歯を立てた。  柔らかなベッドに放り投げられて、柊は夏用の背広とネクタイを放り投げて、僕にのしかかった。唇はすぐに舌が挿入されて、僕の唾液を舌と共にすすり上げる。  柊の腕を押しやるが、少しも力が入らなくて、ただシャツを握りしめて縋るだけだった。 「ひーちゃ、んぅ、ひーちゃんっ」  柊は性急に僕のシャツをはだけさせて、唇を離した。ちゅ、ちゅ、と首筋と谷間に吸い付きながら、赤く勃ちあがった乳首を口内へ含んだ。 「んぁあっ、あっ、やあっ」  その瞬間、びりびり、と強い電流が脳内を刺激して、爪先をシーツに突っぱねた。唾液をたっぷりと垂らして、乳輪ごと吸い上げられるとはしたない音が部屋に響き、僕を乱す。 「やめ…てぇっ、ああっ」  声をかけると、その敏感な先端に歯を立てられて、身体が大きく跳ねる。柊が顔をあげた瞬間、僕の赤く染まった乳首と柊のぬらぬらと光る唇とが銀の糸で結ばれていてその淫靡さに、めまいすら感じる。柊は、眦を染めながら頬を緩めて、呼吸を荒くしながら囁く。 「ごめんね、苦しいよね」  そういうと手早くバックルが外されて、下着の中にかさついた手のひらが差し込まれて、臀部をわっしりとつかまれる。 「今、よくしてあげるからね…」 「え、っ、やあっ」  簡単に下半身を裸にされてしまい、足を大きく開かれる。柊にすべてをさらけ出す格好にさせられてしまい、ただでさえくらくらとする頭が羞恥でさらに熱を集める。足を閉じようにも、柊の手によって固定されてしまい、びくともしない。その手のひらが、皮膚の薄い内腿を撫でると、柔い刺激すらも身体は悦んで腰を浮かしてしまう。 「や、やぁ…やめ、てぇ…」  耐えられなくて、顔を隠して涙が溢れてくるのを押さえる。心も頭も、嫌だと叫んでいるのに、身体は正反対に目の前のアルファを求めて、腹の奥をきゅうきゅうとうずかせている。その身体の変化に、ありありと自分がオメガなのだと思わされてしまう。 「ああ…」  後孔をそっと撫でられて、ぎゅう、と下腹部に力が入る。すると、柊が感嘆の溜め息を漏らす。すると身体を起して、僕の目の前で、撫でた人差し指を親指と擦り合わせて、離す。そこには、ねっとりと粘度の高い液体が糸を引いていた。信じられなくて目を見張っていると、興奮で潤んだエメラルドがすぐそこにあって、唇が吸われた。 「ひーちゃんが、オメガになってる証拠だね…」 「そん、なぁ…あっ」  僕の手を握りしめて、後孔を触らす。そこは、ぐずぐずに濡れていて、触れた指先が鈍く光っていた。その指を目の前で見せられて、血の気を失っていると、柊はうっとりと微笑み、僕の濡れた指を口に含んだ。ゆったりと舌を這わして、一本ずつ舐めとっていく。 「んぅ、…ん…っ」  欲に塗れたその翡翠の瞳から僕は目を離すことができなくて、羞恥に震えて涙が止まらない。柊は恍惚としながら、僕の爪の形に沿って舌を這わせて、ぢゅ、ぢゅ、と吸い付いて離れた。 「えっちだね…」 「やぁ、ちがっ、んううっ」  熱い吐息と共に囁かれると、その湿度に耳から全身へと耽美な刺激が走り抜ける。その間に長い指が、ずぬり、と後孔に侵入してきた。くぱ、と左右に開かれると、外気が入ってくるとどれだけナカが熱く熟れているかがわかってしまう。 「ぁ、あ、あ…」  その瞬間、ナカが蠢いて全身が痙攣して背中がしなる。何かが、変わっていく。怖い。助けて…。  見開いた目からばらばらと涙が溢れて、息が苦しくなってくる。何かを探して手を差し伸べると、そっとうながされて、熱い身体に包まれる。

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